【 秘密の関係 その終わり…… 】
◆zWHRu9TEOI




37 :No.10 秘密の関係 その終わり…… 1/5 ◇zWHRu9TEOI:08/01/20 15:48:55 ID:YlS5K4gx
 俺には、血の繋がっていない妹がいる。名前は小波。杉崎小波。俺より二歳年下で、ちょっとドジな、可愛い
妹だ。俺が高校一年生の時に母親が再婚して、相手の男が連れていたのが、この小波だった。あれから二年。最
初はぎこちない雰囲気が俺達の間に漂っていたけれど、今では本物の家族のように楽しく暮らせている。

 深いまどろみの中から、ゆっくりと意識が浮き上がって行く。目を薄く開くと、自分の部屋の天井が見えた。
蛍光灯が放つ淡いオレンジ色の光をしばらく見つめていたら、思い出したかのように、自分の胸にかかる重さに
気が付いた。裸で仰向けになっている俺の胸のところに、同じく裸の妹が腕を回し、頭を預けて寝ていた。俺が
呼吸をして胸を上下させると、それにあわせて妹の顔も僅かに上下する。その様子をしばらく眺めていると、妹
が小さく呻き、目を覚ました。
「んっ……あ、お兄ちゃん。おはよぉ……」
 妹は上体を起こすと、大きく伸びをしてベッドから下りた。床に無造作に置かれていたパジャマを着て、その
まま部屋の入り口へと向かう。ドアノブに手を掛けたところで、妹は振り返りこちらを向いた。
「それじゃあね」
「あぁ。母さん達に見つからないように気をつけろよ」
 妹は俺の言葉に軽く笑顔を浮かべて頷くと、音を立てないようにゆっくりとドアを開け、廊下に誰もいないこ
とを確かめてから、こちらに一度手を振って部屋を出て行った。
 妹との関係は、当然のことながら親には内緒にしてある。俺は妹のことが好きで、妹も俺のことを好きでいて
くれている。この感情が、世間一般からは間違ったものと解釈されることは、重々承知している。けれど、俺達
は自分達の想いを抑えることができず、ずっとこの関係を続けていた。
 そしてこれからも、できることならずっと、この関係が続いてくれればと、俺は望んでいた。

 冬になると、体育の授業は長距離走になる。クラブ活動をしている奴らにとっては、長距離走なんて日常茶飯
事なことなんだろうけど、帰宅部の俺にとっては疲れることこの上ない。授業が終わると、俺は食堂で買ったパッ
クジュースを片手に、渡り廊下でほてった体を冷やしていた。隣には、同じクラスで仲の良い滝本がいた。特に
話すこともなく、二人が沈黙したまま時間だけが過ぎていく。滝本は背中を手すりに預け空を仰ぎ、俺は胸を手
すりにもたれさせ中庭を見下ろしていた。そんな俺達の横を、二人の生徒が通り過ぎて行く。男女のペア。雰囲
気から察するに、カップルだろう。手を繋いで、周りの目も気にせず、いちゃつきながら俺達の横を歩いていく。
楽しそうな二人の後姿を羨ましそうに見つめながら、滝本が呟いた。
「くそぉ。いいなあ。俺も彼女欲しいなあ。なぁ、そう思わないか、ヒロ」
 俺は無視してジュースを一口飲んだ。ちなみにヒロは俺の名前、道広からとった俺のあだ名だ。

38 :No.10 秘密の関係 その終わり…… 2/5 ◇zWHRu9TEOI:08/01/20 15:49:30 ID:YlS5K4gx
「無視かよ。お前は欲しいと思わないのよ、彼女」
「別に」
 俺は手すりから体を離し、そう答えた。俺の返事に、滝本は大きく落胆したらしく、わざとらしく溜息をつい
てから額に手を当てた。
「なぁ、誰かいい娘紹介してくれー。あ、そういや確か、お前一年に妹がいたよな?」
「絶対に嫌だ」
「小波ちゃんだったっけ? 確か、結構可愛かったよな。そういや、あの娘って義理の妹だったけ? あ、お
前、彼女要らないって、まさか小波ちゃんと――!」
「んなわけないだろ」
 勝手な想像をする滝本に、俺は呆れた表情を向けたが、滝本はそれを無視して続けた。
「一つ屋根の下。血の繋がっていない兄妹。夜中にノックされる兄貴の部屋の扉。越えてはいけない一線を、越
えてしまった冬の夜。羨ましいぞ、ちくしょーっ!」
「殴っていいか?」
 そう言いながら、俺は有無を言わさずに滝本の頭を殴った。
「いでっ! 殴ることはないだろ……っと、噂をすればなんとやらだ。あれ、小波ちゃんだろ?」
 滝本が、頭を擦りながら指さした先。中庭の通路を、遠目にも分かる、妹の小波が歩いていた。教師にでも
頼まれたのか、妹は両手いっぱいにプリントを抱えていた。プリントは山のように積まれていて、あれでは前が
しっかりと見えないだろうに。普段から後先を考えずに行動する奴だ。このままだと、きっと誰かにぶつかって
プリントをぶちまけてしまうだろう。そう思った俺が、下りて手伝ってきてやろうとした、その時だった。
「あ、コケた」
 妹は、何もないところで盛大にズッコケていた。プリントがあちこちに散らばり、それを見て慌てふためく妹。
俺は大きく溜息をついた。プリントを拾うのを手伝ってやろう。俺は中庭に行こうとしたが、その前に、妹に近
づく人の姿が見えた。男子生徒だった。上から見ているから正確にはわからないが、背が高くて、なかなか格好
よさそうな男だった。男子生徒は妹と二言三言会話をすると、散らばったプリントの回収を手伝い始めた。俺は
階下に行くことを忘れ、滝本と二人でじっと、その光景を見ていた。プリントは、男子生徒の助けがあったおか
げか、数分で回収することができた。その後、プリントは男子生徒が七割ほどを持ってくれて、二人はそのまま
校舎の中へと消えていった。
 妹の顔が、妙に嬉しそうだったのが、心の隅で少しだけ引っかかた。

39 :No.10 秘密の関係 その終わり…… 3/5 ◇zWHRu9TEOI:08/01/20 15:50:07 ID:YlS5K4gx
 放課後、帰宅部の俺は、やることもないのでさっさと下校する。と、その前に俺は携帯電話を取り出して、妹
に電話をかけた。数回のコール音の後に、妹が電話に出る。
『はい。お兄ちゃん?』
「ああ、俺だ。今日、お前塾ないよな」
『うん。一緒に帰るよね。いつもみたいに、駅前で待ってるからね』
「ああ、それじゃ」
 電話を切り、俺は携帯をポケットにしまった。と、今の会話を聞いていたのか、滝本がじとっとした目で俺の
ことを睨んでいた。
「今の電話、誰としてたんだよ? まさか、彼女じゃないよな」
「まぁ、そんなとこ」
「何っ! どういうことだヒロ。詳しく説明しろ! おい、裏切る気か!」
 騒ぎ立てる滝本は無視して、俺は教室を出て行った。

 駅前に着くと、妹はすでにそこで待っていた。長い間待っていたのだろう。妹はマフラーに顔を埋めて、寒さ
に身を震わせていた。
「遅いー」
「ごめんごめん。帰りにクレープ買ってやるから」
「本当! じゃあ、許してあげる」
 途端に笑顔になる妹。嬉しそうな姿を見ていたら、こっちもなんだか嬉しくなってしまう。
 しかし、その反面、果たしてこのままでいいのかと、たまに思うことがある。自分達の関係が、倫理的に間違っ
ているという考えと、このままでいたいと思う欲求とが、無邪気な妹の笑顔を引き金に葛藤を始めてしまうのだ。
けれど、この葛藤はいつも同じ結論に辿り着いてしまう。
 今が楽しければ、それでいいじゃないか。そんな、逃げにも似た答えで自分を納得させ、今日もまた、俺は妹
と楽しい時間を過ごしていった。

 その日は、妹は塾があるので、俺は一人で家路についていた。駅を出て、商店街のアーケードを通る。そこで、
俺は見知った顔を見かけた。
「……小波?」
 妹が、商店街の服屋の前に立って、商品を物色していた。妹の隣には、これまた見覚えのある男が立っていた。
男は、いつの日か、妹がプリントをばら撒いた時に、回収するのを手伝ってくれた男子生徒だった。俺は、慌て

40 :No.10 秘密の関係 その終わり…… 4/5 ◇zWHRu9TEOI:08/01/20 15:50:38 ID:YlS5K4gx
て近くにあった商店の看板の陰に隠れた。妹が商品の一つを手に取り、自分の体に当てて、男子生徒の方を向い
た。男子生徒が何かを言うと、妹は嬉しそうに頬を赤らめて、笑顔で男子生徒の肩を叩いていた。二人の間に漂
う雰囲気は、ただの仲の良い友達には見えない。十人に質問すれば、おそらく十人全員が、あれは付き合ってい
る奴らが発する雰囲気だと答えるだろう。
 俺は、二人に見つからないようにして家へと帰った。

 少し遠回りをした上、ちょっと考え事をしていたせいか、家に着いた時間は、いつもの帰宅時間よりも大分遅
くなっていた。リビングに入ると、何故かそこに妹の姿があった。妹はソファーに座って、煎餅を齧りながら
ファッション雑誌を眺めていた。
「お前、今日塾じゃなかったっけ」
「あ、お兄ちゃんお帰り。えっとね、何か担当の先生が風邪ひいたとかで、休みになったの」
 ふーん、と生返事をして、そこで俺は、妹の塾が駅前にあったことを思い出した。
「お前さ、今日、帰りに駅前の商店街に行かなかった?」
「商店街? 行ってないよ。家と逆方向じゃん。なんで?」
「いや、行ってないんだったら、いいんだ……」
 煎餅を咥えながらはてなマークを浮かべる妹は置いといて、俺は二階の自分の部屋へ行こうとした。けれど、
階段を上ろうとしたところで、妹が声を掛けてきた。首だけ振り向くと、妹は少し恥かしそうな顔をして、小声
で言ってきた。
「お兄ちゃん。今夜、行ってもいい……?」
「……ごめん。今日は、体育の長距離走で疲れてるから、ゆっくり休みたいんだ」
 妹は少し悲しそうな顔をした。けれど、すぐに「わかった。しっかりと体を休めてね」と言って諦めてくれた。
 自分の部屋に入った俺は、一度、大きく息を吐いてから、ベッドに腰掛けた。床に置いた鞄を手に取って、中
を探る。取り出したのは、一本の彫刻刀。先端の刃はとても小さい。けれど、それでも人に刺されば十分危険な
刃物だ。窓から射し込む夕陽で暗い橙色に光る刃先を見つめながら、俺が考えていたのは妹ととのことだった。

 夕飯になって、俺は一階へと降りた。食卓には既に家族全員が揃っていて、もうご飯を食べ始めていた。俺も
席に着いて食べ始める。そして、しばらくしてから頃合を見計り、妹に話を振った。
「あのさ、小波。今日、お前駅前の商店街にいなかったか?」
「えっ? えっと、どうして、そんなこと訊くの?」
 俺の質問に、妹は明らかな動揺を見せた。

41 :No.10 秘密の関係 その終わり…… 5/5 ◇zWHRu9TEOI:08/01/20 15:51:18 ID:YlS5K4gx
「今日さ、学校の帰りに商店街寄ったんだ。そこで、お前が男と買い物してるの見てさ。あれって、もしかして
彼氏か?」
「え、何、小波ちゃん彼氏できたの?」
「ぬわにっ! 彼氏だと! 小波、どういうことだ。父さん聞いてないぞ!」
 父さんがご飯粒を飛ばしながら叫んだ。母さんは興味津々といった感じで、黙って小波を見ている。
「あちゃー、見られてたんだ。そうだよ、あの人は私の彼氏。ちょっと前から付き合い始めたんだ。けど、別に
今言わなくてもいいのに。ていうかお兄ちゃん、なんで商店街寄ったの? 帰り道じゃないでしょ」
「いや、彫刻刀を買いに。高校の授業で使うとかで。しかし、お前も彼氏を持つようになったのか」
「お、お父さんは認めないぞ! ま、まだ小波は高校一年生なんだからっ。か、彼氏だなんては、早すぎるっ」
「お父さん、落ち着いてください。ほら、かぼちゃの煮物がおいしいですよ」
 母さんが煮物をすすめると、父さんは言われるままにそれを食べた。
「うん。中までしっかりと味が染みていて、とても美味しいよ。って、そうじゃなくて――」
 その後も、父さんは気が気でない様子で、やたらと彼氏について小波に質問をしていた。
 それにしても、小波に彼氏か。最初はあまり信じられなかったけど、本人から直接確認を取ってから改めて考
えてみると、小波は外見は結構可愛い方だし、ドジだけど性格は優しい。そんな小波に彼氏が出来るというの
は、至極当然のことなのだろう。
 小波が彼氏を持ったことに関して、俺は兄として素直に嬉しいと思った。けれど、同時に不安も胸に生まれて
いた。妹とのことだ。やはり、妹は兄と離れて、他の男性と付き合うべきじゃないのか。そんなことを、小波を
見ながら思ってしまう。自分の欲と、道徳。どちらを取るべきか。俺の中で、再度葛藤が始まった。

 俺には、血の繋がった妹がいる。名前は明音(あかね)。杉崎明音。俺より三歳年下で、愛する妹だ。俺達が
小さい時に両親は離婚して、親は母さんだけになった。母さんは毎日仕事で家にいないから、妹の明音の世話は
俺がずっとしていた。そしていつの頃からか、俺は妹に対して兄妹の愛情を越えた恋情を抱くようになっていた。
妹も同じだった。初めて妹とキスをしたのは、俺が中学二年の時。その時以来、明音との関係は兄妹ではなく、
恋人になっていた。
 この関係がいつまで続くのか、どうやって終わるのかは俺自身にも分からない。もしかしたら、終わらず続く
のかもしれない。終わって欲しくないと願う俺がいる。終わるべきだと悟ろうとする俺がいる。どちらが正しい
のか、今の俺にはまだ判らない。

おわり



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