72 :NO.20 小林君の告白1/4 ◇LBPyCcG946 :08/01/14 00:46:37 ID:GNVBbaTt
我ながら、寝起きは良い方だと思う。目覚ましをセットしていなくても、毎朝7時にはき
ちんと起床し、パッと目が開けば、すぐにベッドから起き上がれる。しかし、この体質は少
しだけ厄介でもある。なぜなら今日は日曜日、学校は休みだからだ。
しかし目が覚めてしまったからには仕方が無い。私は朝日の光が漏れるカーテンを、少し
だけ右に開いた。するとそこには、よく知った顔があった。クラスメイトの、小林君だ。
「おはようございます! 僕は君の事が」
そこまで聞いて、カーテンをピシャッと閉めた。私の部屋は2階だ。それにしても、車線
とほぼ同じくらいの幅のクレーン車が、朝からこんな住宅街に現れて、近所の人はさぞ迷惑
している事だろう。
きちんとカーテンが閉まっている事を確認した後、パジャマを脱いでジーパンとTシャツ
に着替えた。携帯の受信メールボックスを見ると、小林君から100通も届いている。内容
は見なくてもわかっているので、そのまま全て消去する。
自分の部屋から1階に下りた。トースターで食パンを焼きながら、何気なくリモコンでテ
レビの電源をつけると、星座占いがやっていた。
『今日の1位はおひつじ座。運命の人から愛の告白があるかも〜!? ラッキーパーソンは、
同じクラスの小林君』
1つの番組を買収するにはいくらくらいお金がかかるのだろうか。そんな事を考えながら、
ジャムを塗ったトーストを頬張る。食べ終わるとすぐに出かける支度を済ます。
お財布と携帯電話、それだけ持って、まずは玄関から靴を回収。リビングの方から小さな
庭に出て、ブロックの塀を乗り越えた。玄関から出れば、赤いじゅうたんで迎えられる事は
わかっているから、自分の家だというのに後ろから脱出しなければならない。玄関の郵便受
けに刺さった何十通ものラブレターは、後できちんと焼却処分。
73 :NO.20 小林君の告白2/4 ◇LBPyCcG946:08/01/14 00:47:04 ID:GNVBbaTt
とりあえず今日は、本屋へ行こう。好きな漫画の最新刊と、毎週読んでるテレビ雑誌が出
ているはずだ。道中、選挙ポスターに混じって小林君の爽やかな笑顔のポスターを何度も見
かけた。『僕と付き合ってください!』というキャッチフレーズは、いかがな物か。近所の
子供達に変な落書きされない事を、祈るばかりだ。
駅近くの本屋。雑誌コーナーにさりげなく小林君が表紙の雑誌があった。もしかして、と
気になって手にとって開いてみれば、なんとインタビューを受けている。
「――好きになったきっかけは?」
「そうですねぇ……。中学校に入って偶然同じクラスになって……ええ、ひとめぼれでした
ね(笑)まさに運命の出会いを感じた瞬間でした」
「――それでは最後に一言」
「ぼ……」
と、その辺で雑誌を閉じて、肝心の漫画を探す。あった。それとテレビ雑誌も。レジに持
っていくと、3つあるレジの内、左右の2つにはびっしり人が並んでいるというのに、真ん
中1つだけぽっかりと空いている。そこにいる店員は、何やら深く帽子を被っている。嫌な
予感しかしないので、右のレジに並ぶ。が、一向に列は進まない。エキストラの皆さんお疲
れ様です。
渋々と真ん中のレジに並べば、案の定小林君の登場だ。
「やあ! 奇遇ですねえ……僕、ここでバイトしてて」
なんとわざとらしい。雑誌の表紙にまで登場しておいて、バイトも何も無いだろう。
「いやぁ、これって……運命、感じますよね。本当に」
呟きながら本を紙袋に入れる小林君。馴れていない手つきだ。
「ところで、」
財布からぴったりお金を出すと、本をとってそそくさと本屋を後にした。
今日は休日、時間はいくらでもある。私が次に向かったのはレンタルビデオ屋だ。駅近く
には、大きなレンタルビデオ屋と、小さなレンタルビデオ屋が隣接してあり、いつも私が使
うのは、大きなレンタルビデオ屋の方だった。私はいつものように大きなレンタルビデオ屋
の自動ドアをくぐると、すぐに踵を返し、早歩きで小さなレンタルビデオ屋に入った。大き
なレンタルビデオ屋に何か仕掛けを打ってある事は、自明の理、という訳だ。
74 :NO.20 小林君の告白3/4 ◇LBPyCcG946:08/01/14 00:47:28 ID:GNVBbaTt
店は小さいながら、作品数自体はそれなりに豊富。私は好きなアクション映画のコーナー
を物色し、1本のDVDを手に取った。
『デパートの警備員ジョン・ケフナーは、元グリーンベレー。業務中、謎のテロ組織にデパー
トが乗っ取られる。警棒を武器に一人で果敢に立ち向かうケフナー。果たして彼の運命やい
かに!?』
B級の臭いがプンプンするそれを、私はレジへと持って行った。レジの店員さんは、いたっ
て普通の店員さんだった。今頃大きなレンタルビデオ屋の方で、今か今かと待っているであ
ろう小林君を思うと、僅かながら心が痛んだが、3秒程でそんな思いも飛んでいった。
帰りも勿論家の裏からだ。ブロック塀を乗り越える所を隣に住むおばさんに不審な目で見
られたが、そんなの気にしない。気にしないったら気にしない。
家に入るとすぐにDVDをセット。再生ボタンを押し、映画の本編が始まった。思った通りの
ストーリー展開。そしてドーピングでもしてるのかと思う程にムキムキのケフナー。流石は
元グリーンベレーだ。
映画は1時間半を過ぎた頃、いよいよクライマックスシーン。人質を持って立て篭もるテ
ロリスト達が、ついに爆弾を作動させる。果たしてケフナーは脱出する事が出来るのだろう
か。ドカーン! 派手な爆音と共に、画面が煙に包まれる。煙の中から出てきたのは、小林
君。あれ!? ケフナーは? というか人質……。などと思っていると、画面内の小林君が
カメラ目線で喋りだす。
「ふふ、君の趣味はリサーチ済みさ。君の心を警備……」
プチ、とリモコンでテレビの電源を切った。日本語喋ってるのに日本語の字幕いらないだ
ろうに。
75 :NO.20 小林君の告白4/4 ◇LBPyCcG946:08/01/14 00:47:47 ID:GNVBbaTt
仰向けにねっころがって、今日買ってきた漫画に手を伸ばす。パラパラと最後の方のペー
ジを見たところ、小林君はいない。もしや、と思い著者近影の写真を確認するが、大丈夫だ。
ホッとしつつ、漫画を読み進める。……普通だ。おかしい事が無いなんておかしい。いや、
言ってる事がおかしいかもしれないが、おかしいのが普通になっていて、おかしい事が無い
とおかしく感じる。という意味だ。断じて私はおかしくない。普通だ。
もう休日も夕方に差し掛かっている。ふと騒がしいと思い、テレビを見てみると、野球中
継が盛り上がっていた。9回裏満塁、ホームランが出れば一発逆転サヨナラという場面。バッ
ターがバッターボックスに入る。
「4番、ピッチャー小林君」
小林君はバットでスタンドの方向を指す。かの有名な、予告ホームランのポーズだ。ここ
でカメラがバッターボックスのアップになり、アナウンサーが駆け寄る。野球中継にあるま
じき演出だ。
「もし予告ホームランに成功したら……僕の人生のキャッチャー役になってくださ……」
カメラ目線でそう訴えかける小林君、当然のように別のチャンネルに変える。
さて、そろそろ寝る時間だ。明日も7時には起きるだろう。私は灯りを消して、布団に深
く潜り込んだ。いつになったら小林君は、普通に告白してくれるのだろう。