【 悪趣味 】
◆xg3VcqAPFw




66 :NO.18 悪趣味(1/5) ◇xg3VcqAPFw :08/01/14 00:43:21 ID:GNVBbaTt
放課後、私は今日も相変わらずに屋上でグラウンドを眺めていた。
 そこには運動部の連中が駆け回っているのが見える。勇ましく走る姿は私とは違う人種なのではないかと思わせた。
 そういえばこの間サッカー部が全国大会に出場したとか。担任が機嫌がいいのはそれと関係があるに違いない。
 校内もお祭り騒ぎだった。普段目立たない奴らが瞬く間にスターに祭り上げられていたのは最近のことだ。
 しかし、それも私には関わりの無いことだった。もともと運動には興味の無い人種だったし、そもそも私が彼らを褒め
称えようものなら、彼らのほうから逃げていくことは目に見えていた。
 私はクラスで一人浮いた存在だった。高校生にもなるとわざわざいじめに走る連中はいなかった。
 異端の人間は関わらないのが一番だということを彼らも悟ったのだろう。
 カサブタを剥いでいたい思いをするのは幼いころに繰り返した、そういうことなんだと思う。
 考えてみると私が人から避けられるようになったのは高校に入ってすぐのことだった。
 異端の極みである私の趣味を公開するようになり、それが知れわたったのが原因なのだから自業自得だろうか。
 中学生のころの私は至って普通で、人に見せるべきでないものを理解し、隠すことを知っていた。
 そして、もともと顔もかわいい系で、性格に難も無かった私は、それを見せさえしなければ人に好かれることもできた。
 一時期の私は人生に三度のモテ期を存分に活用し、異性にもてはやされていた。
 思い出せば告白されることは一度や二度ではなかったし、付き合ったこともある。
 しかし、さすがに同性に好きだと告白されたときには困惑したし、もちろん断った。
 残念ながら私に同性愛者の資質はないのだ。こんな趣味を持った私が言うのもなんだが悪趣味だ。
 あの時の相手の、小さな体を震えさせて泣いていた顔や声は今でも覚えているのだけれども。
 もっとも、その名前は今ではもう思い出せない。
 久しぶりに昔のことを考えていると、すでに日が落ちかけていたことに気付いた。
 鞄の中の携帯を取り出して時間を確認する……なんともう五時を過ぎているじゃないか。
 先ほどまでぐるぐるとトラックを駆け回っていたはずの彼らはいつのまにかサッカーの試合をしている。
 彼らはサッカー部だったのか。そういえば教室で一躍アイドルグループになった彼ららしき顔も見えなくも無いか。
 私は地味に視力がよかった。それなのにメガネを身に着けているのはかわいいと思ったからだ。
 いい加減帰ろうか、そんなことを思った頃、がさっと足音が聞こえた。
 こんな時間に、こんな場所に来るのは誰だろう。

67 :NO.18 悪趣味(2/5) ◇xg3VcqAPFw:08/01/14 00:43:43 ID:GNVBbaTt
うちの学校の屋上は、基本的にいつでも鍵は開いていた。だから人が入って来ること自体は不自然ではない。
 しかしながら放課後の屋上に用があるような人間は私のような孤独な人間くらいじゃないだろうか。
 もしかしたら私のような孤独な人間が、仲間を求めて来たのかもしれない、そんなことも考えた。
 だからだろうか、すたすたと歩いて私の傍まで来てしまった彼を邪魔だと払いのけられなかったのは。
「二組の本条さんだよね?」
 先に口を開いたのは彼だった。すらっと伸びた背、二番目まで開けられたボタン、男にしては長めの茶髪。いわゆる
チャラい男という風貌に先ほどまで抱いていた願望を捨てる。
「なんの用ですか」
 これは介入の拒否。疑問ではなくこれ以上近づかないでほしいという意思を込めた言葉。
 それなのに目の前の優男はあっさりと言葉を続ける。
「用は、後でいいんだ。暇そうにしてるからさ、おしゃべりでもしたいな、なんて思ったんだ」
 そういいながら彼は私の隣に立つ、まるで恋人かのように、他人だというのに。
「いつも君、ここにいるよね? 何やってるの?」
「……別に、ただ暇だからここにいるだけ。赤の他人の貴方には関係のないことなんじゃないかしら?」
 やけに笑顔な彼が、少しだけ笑顔を崩す。そしてすぐに笑顔を作り直す。
 いっそそのまま気分を悪くして帰ってはくれないかしら。
「赤の他人じゃないよ、一度会ったら友達で毎日あったら兄弟なんだよ? 小さい頃そういう歌があったと思うんだけど……
だから僕たちは友達だと思うんだ。言い忘れてたけど僕は河野、下の名前は大輔。呼び方は君の好きでいいよ」
「……それじゃ赤の他人さん。私は貴方と友達になるつもりはないの。だから今すぐ帰ってくれないかしら?」
「はあ、困ったなあ……僕は君と仲良くなりにここまで来たというのに。それに僕はまだ帰るわけには行かないんだ」
「用が済まないから? だったら早く済ませて帰って。私は貴方の存在が不愉快だわ」
 私の言葉に彼は黙った。そのまま黙って私の屋上から出て行ってほしい。
 どうせ彼も私を避けるに決まっている。なら始めから近づかないで欲しかった。
 しばらく時間が過ぎ、先に口を開いたのはまたも彼だった。
「あのさ、用を済ませることにした。一瞬で終わらせるから付き合って。僕が不愉快なのはわかった。でも……お願い」
 彼は先ほどとは変わり、少し強張った顔でそう言った。今にも泣きそうな彼の言葉に、私はに逆らえなかった。
 それでも、素直に従いきれなかったのは最後の反抗だろう。
「……いいけど。何だっていうの?」
 それでもやはり素直に言葉にはならない。不愉快だと思いたかった。
「ありがとう。あのさ、えっと……あ、貴女が好きです。付き合ってください」

68 :NO.18 悪趣味(3/5) ◇xg3VcqAPFw:08/01/14 00:44:04 ID:GNVBbaTt
 彼女を好きになったのはもう一月も前のことだ。ある日廊下を歩いているときに窓から見えた人影。彼女はその日も
屋上に居た。
 そのとき見えたのは黒く長い髪だけだった。けれどもなぜか僕は彼女が気になっていつの間にか屋上に来ていた。
 僕はいきなり声をかけられるほど大胆ではなかった。その日はこっそり彼女を覗くだけに留まった。
 僕は彼女に一目ぼれしていた。それから何度も放課後に彼女を覗いた。覗くだけだった。
 しばらくして思い立ち、顔の広い友人に彼女について尋ねたところ、色々なことがわかった。
 彼女の苗字は本条、下の名前は教えてくれなかった。自分で聞いてみろよ、と言った友人がにやついていたのが憎たらしい。
 彼女は成績優秀であったがクラスでは孤立していたこと、部活には入っていないこと、クラスは友人と同じ二組であること。
 彼女はあまり周りと関わりを持たないらしく聞き出せた情報は期待よりもはるかに少なかった。
 最後に彼は、今にも笑いすぎで腹筋を壊しそうなのを堪えながら付け加えた。
「あいつはぁ、やめといた方が、いいと、思うぞっ、お前の、ためだ、あはは、いや、むしろ、頑張れ、俺は、面白いから」
 お前に言われなくても僕の恋の思いは止められないなんて格好をつけておいたが友人の真意は知れない。
 僕が覗いていた限り、彼女が避けられる理由はわからなかった。顔もかわいいし、とくに奇行を行うような雰囲気ではない
というのに。
 そういえば僕が生まれて初めて告白したあいつの事を思い出した。あっさり振られてしまったが。
 思い出してみると彼女の苗字は不思議にもあいつと同じだった。彼女とあいつがダブる。まったく似ても似つかないけれ
ど、初恋の相手と今好きな相手が同じ苗字というのは感慨深いものがあるな、振られたのだから不吉なんだけど。
 そしてしばらくの間、日課となった、人から見れば変態行為である覗き見を繰り返したある日、僕は堪え切れなくて飛び
出していた。
 全力でいい男を演じ、知らない男に警戒心を隠せない態度を取る彼女に対し、僕は諦めず食らいつく。存在が不愉快だ
なんて言われたのはさすがに堪えたが、それでも僕は諦めたくは無かった。今日必ず想いを告げるのだ、それだけを考えていた。
 そして僕は、告白してしまった。


69 :NO.18 悪趣味(4/5) ◇xg3VcqAPFw:08/01/14 00:44:31 ID:GNVBbaTt
 貴女が好きです、そんな言葉を言われたのは随分と久しぶりだった。最後に言われたのは確か入学してすぐの頃だった。
 しかし、その相手も私の趣味を知るとすぐに離れていった。
 きっと、こいつも私の趣味を知れば私から離れていく。恐らくはこいつも偶然私の趣味を知らずに私に近づいたのだろう。
 だから私は、はっきりと私の趣味を告げて、こいつとお別れしよう。
「貴方とは付き合えない。私はこんな格好をしてはいるけど、男だから。悪いけど同性愛に興味はないの。貴方もオカマと
付き合うなんてできないでしょう? とっとと消えなさいよ」
 一瞬の時間が、長く感じた。長身の優男は唖然としていた。そりゃあそうだ。告った相手が男だったなんて思ったら
どうしていいかわからないだろう。ざまあ見ろ。さあ、早く消えてくれ。
「……ああ、そういうことだったのか。だからあいつは俺僕を止めたのか。そしてあの笑い方か、ああそうか……」
 そう、絶望して、消えろ。二度と私に近寄らないでくれ。
 でも彼は、消えてはくれなかった。そして話を続けていく。
「あのさ、もしかして君の下の名前って、孝じゃないかな? きっとそうだと思うんだけど……」
「え……?」
「君は僕のことをもう忘れてしまっただろう。背も伸びたし髪形も変わった。そもそも時間もたったしね」
 どういうことだ? 私にはわからない。前にも会ったことがあるような素振りじゃあないか。私にはこんな奴と会った
記憶はない。
 まてよ、河野……大輔……大輔……もしかして……
「まさか……」
「僕は大輔。苗字は変わったけど、中学二年の七月二日に君に告白した、大輔だ……」


70 :NO.18 悪趣味(5/5) ◇xg3VcqAPFw:08/01/14 00:45:06 ID:GNVBbaTt
 つまりはあのときの同性愛者がこいつだったわけだ。こいつは私を女だと思っていたみたいだけどまさか二度も同性から、
しかも同じ人間から告白されるなんて思わなかった。
 私の最大のモテ期の黒歴史、まさかの同性愛者と、ここでまた会うなんて。
 そういえばこいつはあの告白のしばらく後、転校していたから私がこの学校にいることは知らなかったのだろう。
 私がこの学校を選んだ理由も、地元から離れていて、元同じ中学の連中に出くわさないからだったし。
 私は高校に入ると同時に、今まで誰にも見られないように行っていた女装という趣味を外でも試してみることにした。
 もともと私は女っぽい顔をしていたし、変声期にもほとんど声は変わらなかった。女装の技術には自信があったし、人に
見られてみたいという願望も、その頃にはピークに達していた。
 結局、孝という名前のせいであっさり男であることはバレ、あっという間に孤立したわけなんだけど。
「あのさ、僕は……ぶっちゃけ男でもいいと思ってる。君は女の子じゃなかったけど、それでもこの気持ちは変わらない」
 は……? 何を言っているんだ……? 男でも……良い?
「僕と付き合ってくれ」
 彼は真っ赤な顔でさっきと口調は違ったけど、同じ言葉を繰り返した。どうしよう、少し恥ずかしくなってきた。
 もしかしたら顔も赤くなってるかもしれない。認めたくないけど。
 大輔の顔があの時と被る。見た目はまったく変わってしまった彼だけど、やはり面影は残っているのかもしれない。
 私はしばらく考えて、結局こう言うことにした。
「ごめん、やっぱ付き合えないよ」
 大輔は落胆する。こうなることはわかっていただろうに、大輔は同じことを繰り返した。
 だから私は同じように繰り返さざるを得なかった。でも、あの時と気持ちは少しだけ違っていることに気付いてしまった。
 だから私はあの時は言わなかった言葉を付け加えた。真っ赤になっていることも気付いてしまったから。
「でもさ、もう私たち友達だよね。友達なら、良いよ。むしろ嬉しい」
「え……?」
 沈黙。私はさらに繰り返す。
「だからさ、一度会ったら友達なんだから。もう友達でしょ? 友達なんだから明日もここに来てよね」
「それは……えっと……?」
「いいから、明日も来るの。今日は私もう帰るからっ」
 それだけ言って、私は鞄を持って立ち上がり、走って屋上から逃げ出した。
 最後に見えたのは大輔の唖然とする顔だった。
 あり得ない事をしたと思ったけれど、もう独りじゃないかと思うと、少しだけ心が弾んだ。



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