【 さびしいどうし 】
◆NEETwgvYaU




7 :No.3 さびしいどうし1/5 ◇NEETwgvYaU :08/01/12 01:11:35 ID:Vme+Ills
 とある城下町に、一人の旅人が訪れた。
 旅人は器用な男で、アコーディオンの音を旅の話と共に響かせ、紙と鉛筆があれば絵を描き、
それで足りなければ日雇いの仕事で路銀を稼いでいた。
 旅人は人通りの多い場所を見つけ、慣れた様子で芸を始める。この日はいつになく客が喜んだ。
おかげで銭入れの袋はいっぱいになった。
 旅人は久々に酒場に行くことにした。すっかり日の暮れた街、騒がしい屋内。旅人はそこで人の温もりを感じる。
 旅は孤独を纏い、どこまでもついてくる。しかも慣れることは無い。
だが、旅人は旅を止めない。旅の経験こそ、自分の存在価値であると信じている。
 だから、旅人は歩き続ける。それを運命だとでも言うように。

「おお、ラックじゃないか」
 旅人は自分の名前を呼ばれて振り向く。そこには知り合いである行商人の男がいた。
「久しぶりだな、三か月ぶりだっけ?」
言いながら男は隣の席に着いた。この男と知り合ったのは男の言うとおり三か月ほど前で、
そのとき旅人の芸に感動し、宿まで貸してくれた。ラックという名前もそこで教えたのだ。
「聞いたぜ。また腕を上げたんじゃないか?」
 ラックは首を横に振って、まだまだだよ、という仕草をした。そこからは仕事の愚痴や芸の感想、
その他の雑談を酒を飲みながら交わした。
「でよお、ラック。お前さんに預かってほしいものがあるんだ」
ここには無いということで、会計を済ませて男の馬車へと向かった。
石畳の道を歩くたびに喧騒が遠のく。街は酒場以外は深い静寂に包まれていた。
 馬車に辿り着くと男は荷台から何かを取り出した。始めは暗くてよくわからなかったが、
その正体に気づいたとき、ラックは言葉を失った。
 心臓だった。しかもそれ単体で脈を打っている。

8 :No.3 さびしいどうし2/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/12 01:12:28 ID:Vme+Ills
 男の話によると、始めは別の行商人の荷台の中に紛れ込んでいて、
粗末にするわけにもいかないからと、彼らの間を行き来していたそうだ。
「だが、このままってわけにもいかんだろう?旅人のあんたなら、なにか知っているかもと思ってな」
 夜が明けて、ラックは城下町を後にした。得体のしれない心臓と共に。
 歩くだけで一日が終る。それはラックにとってよくあることだった。
 この日も沈みそうな夕陽を背にテントを張っていた。
 テントの中、ラックは心臓をずっと眺めていた。
生きているのか、これ自体が生き物なのか、それすらわからない。
 だが触れてみると確かに体温はある。独りの夜、ラックは心臓を胸に抱いて眠りについた。
 旅は続く。得体のしれない温もりと共に。
街で芸をしている時も、胸ポケットに心臓を入れながら行った。
 さびしい夜は優しく抱いて鼓動を確かめた。
 心臓は、ラックにとってかけがえのないものへと変わっていった。

 ラックの旅の話は客を満足させることが第一であったため、
ある程度の嘘や過大な表現は含まれているが、
事実のみを基本として作っている。
 ある夜、テントの中で心臓を抱きながら旅の話を何の気なしに口ずさんでいると、あることに気づいた。
「悪魔の町」という話がある。
 心やさしい女の子が悪魔に魅入られたせいで、心を持っていかれてしまった、という話。
 この心臓と関係があるかもしれない。
 ラックは地図を広げる。話の出所は書き込んでいる。
 あまり思い出せないが、なにか手がかりがあるかもしれない、そう思った。

9 :No.3 さびしいどうし3/5 ◇NEETwgvYaU :08/01/12 01:13:47 ID:Vme+Ills
 ラックは心臓を胸ポケットの内側に入れてから、目的の町に足を踏み入れた。
 町の人の話を聞いていると、どうやらただのおとぎ話ではなく、本当に心のない少女がいるらしい。
 言われたとおり、ラックは教会を訪ねることにした。
 神官に心臓を見せると、驚いた様子で、
「私は先々代から伝え聞いたものですから……まさか、これが鍵なのか……」
と、心ここにあらず、といった感じで言った。
 とにかく、数十年の時を持ってしてなお、伝説は続いているのだそうだ。
 神官はラックについてくるように言い、礼拝堂の奥へ続く廊下を抜け、
さらに階段を降りて、ランプを灯しながら古い地下道を進んだ。
 埃っぽい道を抜け、錆びた扉を目の前にする。神官は
「心臓をかかげてください」
と言った。言われたとおり心臓を持ち上げると、扉の外から光が漏れた。
『お前は……彼女を……守れるか…………』
 そんな声と共に扉は開かれた。


10 :No.3 さびしいどうし4/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/12 01:14:25 ID:Vme+Ills
 室内は光で満たされていて心臓は手を離れて宙に浮いた。
そしてその向こうには年月を思わせない凛とした姿で、少女が台の上に仰向けになっていた。
やがて心臓は少女の体の中へと入っていく。

 少女が目を覚ました。
 少女はラックを見て、
「あなたが私を起こしてくれたの?」
と言った。ラックは頷く。彼はもう心臓はもう自分のものではないと思った。
「わたし、あなたと一緒に居たい」
 少女は起き上がり、ラックの手を取ってそう言った。
「悪魔さんがね、ここには君の敵しかいないからって言ってここに連れてきてくれたの。
悪魔さんは『いつか君を迎えに来てくれる勇者様を待つんだ。それまでお休み』って言った。でも」
 少女は一呼吸おいて、
「でも、私は悪魔さんが言わなくても、あなたとずっと居たい。そう思ったはずなの。だって、この心が教えてくれるもの」
 少女は胸に手を当てた。
「あなたはいつもあったかくて、うたも上手で、やさしくて、
でも、さびしがり屋さんで、口下手で、だから、だから」
 ラックは少女の泣きそうな顔を見、震える声を聞き、その心臓を感じてみたくて、
少女を抱きしめた。少女ももう、何も言わなかった。

11 :No.3 さびしいどうし5/5 ◇NEETwgvYaU:08/01/12 01:15:07 ID:Vme+Ills
「悪魔の町」という話は、身寄りのない少女が働きながらも
懸命に生きる姿を見て放っておけなくなった悪魔が、
自らの力のすべてと引き換えに少女の時間を止めて、
ふさわしい人物が現れるまで扉を開かなかった、という話が本当のところらしい。
 その伝説の少女を隣に置いて、地図に印をつける。
やさしい悪魔の顔のマークを描くと、少女は嬉しそうに笑った。
(守ってみせるさ)
 少女にせがまれて、ラックはアコーディオンを手に取り、語りだす。
 語り続ける、二人のストーリー。



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