【 一週遅れのプレゼント 】
◆7BJkZFw08A




88 名前:時間外No.03 一週遅れのプレゼント 1/5 ◇7BJkZFw08A 投稿日:07/12/31 01:55:38 ID:rHZOWD0d
「よお、明日は大晦日だなあ」
「なんだい、またこのメンツか。しょうがねえだなあ」
「そうは言ってもこのご時世。どいつもこいつも自分の居場所から動けるほどの力は持っとらんのじゃろう」
岩手は遠野の山奥。焚火の周りに集まった異形が三人、鬼と河童と天狗である。
「まったく、ワシら妖怪なんぞ人に知られてナンボだからな。存在は信じられなくとも、とにかくそういうのがあるってことだけは知っといてもらわにゃあの」
鬼がドッカと腰を下ろしながらそう呟く。
「あーでも、ホレ、最近の、何と言ったか、犬と女子の……なんとか言ったのがいたろう。あいつらはどうなったんじゃ」
「天狗の爺さまは忘れっぽくて困る。人面犬と口裂け女のことだっぺ。奴らはもうとっくに忘れられちまってらあよ。それにまだいたとしてもあいつらはこんな山奥までは来やしねえよ」
河童が笑いながら答えた。天狗はそれもそうかと頷いて、顎をさすった。
「最近はおいら達くらいのもんじゃあ、一応人間に存在が知れ渡ってるのわよ。知っとるかあ? おいら、ヌイグルミまで売られてるんだぞ?」
得意げに河童が言うと、
「何、ワシなぞテレビゲームから漫画だのなんだのまで、引っ張りだこじゃい」と鬼が負けじと言い返す。すると天狗が胸を張って
「まあでも、人間達も天狗のわしが一番格上だってえのはわかってるみたいじゃがの」と言い放った。
「なにを……」河童が口を開きかけた。
「……いや、まあ、よそう。ワシらがそんなこと言い合って何になるんだ」
まだ何か言おうとした河童を鬼が制し、その後にはなんだか奇妙な沈黙が訪れた。
「……そういえばそうじゃ、ほら、あれはどうしたんだ」
沈黙が気まずいものになる前に、鬼はそう切り出した。
「ああ、そうそう、あれがあっただな。確か天狗の爺さまが持っとるはずだけえ」
「ああ、あれのことかい」
あれ、と言うのは、この前森の中に落ちてきたおかしな包みのことである。
やけに明るい色使いの包装紙に包まれ、丁寧にリボンがかけてあるそれは、一目で贈り物とわかる物だった。
はてどうしてこんなものが森の真ん中にあるのだろうと森の住人達は首をかしげたが、まあ人間のものに違いない、とりあえず天狗の爺様に預けようということになったのだった。
「今、わしの使いの烏天狗に調べさせとる。もう結構立つはずじゃから、そろそろ戻ってくるじゃろう」
「そんなら烏のやつにそのまま届けさせりゃあよかったんでねえのか?」河童がもっともなことを尋ねるが、天狗は頭を振った。
「やつも力はもうそれほどないからのう。わしから力をもらって動いとるようなもんじゃ、人間のものを運ぶような力は無い」
天狗が悲しげに言ったその時、ひゅうと風が吹き、木々から漏れる月の光を遮りながら、黒い翼に黒い体の天狗が三人の前に降り立った。
「大天狗さま、ご報告に参りました」
烏天狗である。口調から見るに三人おりずっと若々しい感じがする。
「なんじゃい、火が消えてしまうところだったぞ」鬼が笑いながらそう言ったが

89 名前:時間外No.03 一週遅れのプレゼント 2/5 ◇7BJkZFw08A 投稿日:07/12/31 01:56:03 ID:rHZOWD0d
「申し訳ありません」
実直すぎる口調で答える烏天狗に、鬼は少々白けたような顔つきだ。
「お前、相変わらず堅いな……」
「ええ、すみません」
そんなことより、と河童は身を乗り出して、
「それで、どうだったのじゃ、例の包みの事は」と尋ねた。
「はい、あれはどうやら人間の子供に贈られるプレゼントだったようです」
そして烏天狗は、一週間前のクリスマスの日、森の上空を通ったサンタクロースがプレゼントをひとつ落っことしたこと、
それを調べるのに自分がいかに苦労したかと言うことを長々と喋った。
「ええい、お前の苦労話はもうええ。とにかくその親父が届けるはずのもんを落っことしていったちゅうことじゃろ」
河童がまだまだ続きそうな烏天狗の話をさえぎり、
「どうするのんじゃ、天狗の爺さま」と天狗に聞く。
「親父ではなく、サンタクロースですよ」烏天狗が訂正を入れる。
うるさいわかっとるわと河童が答え、何か口論が始まりそうなところで
「ほれやめえ、全くお前らと来たらすぐになんだかんだ言い合いおって」と天狗が制した。
「んでもどうすんだ。プレゼントが届かなかったら童は悲しむじゃろ」
子供のことを心配しながら、鬼が何か期待した風に天狗に問う。天狗はしばらく腕組みして考えていたが、その期待に応えるように
「そうじゃのう……やはりわしらが届けるしかないじゃろ。こういう機会は、うんと利用せんとな」
と顎をさすりながら結論を下した。
「だども、子供の家はわかっとるのか?」
「ええ、わかっています。ここから南、仙台の方ですね。そこの……」
烏天狗はどうやら子供の家もしっかり調べたらしい。
「ほう、やっぱり烏は真面目じゃのう」と手を叩きながら河童が揶揄するように言葉を投げた。
フン、と鼻を鳴らして胸を張ったところを見ると、どうやら烏天狗は本当に賛辞と受け取ったらしい。
だがその直後、ふらと烏天狗は地面に崩れた。
「すみません、疲れが出ました。何せここ数日間必死に飛び回りまして……」
それだけ言うとクタと頭を下げ、そのまま眠ってしまったのか頭の下からいびきが聞こえ始めた。
「ほんに疲れたらしいの」
「全く、糞真面目なやつだからの。そこが良いところではあるが」
「まあそのままにしておけ、人間であるまいし、風邪をひくこともなかろう」

90 名前:時間外No.03 一週遅れのプレゼント 3/5 ◇7BJkZFw08A 投稿日:07/12/31 01:56:34 ID:rHZOWD0d
天狗はそう言うと包みをひょいと取り上げて、懐にしまった。
「どうれ、じゃあひとっ飛び行ってくるかのう!」
立ち上がって翼をはためかせる天狗の足を、ガッシと何かが掴む。
「天狗の爺さまだけってのはずるいべなあ」「わしらも連れてって欲しいのう」
見れば河童と鬼である。天狗はやれやれと苦い表情を見せたが、
「仕方ないのう。今度酒でも持って来てくれるじゃろうな」と割と素直に承諾した。
「こんな機会でもないとの」「そうじゃそうじゃ」
「しっかり掴まれよ。では行くぞう! そおれっ!」
天狗がぐいと足に力を入れながら空へと飛び立った。
ぐんぐんと星に近づく三人の体は、すでに地上からは見えない。
「ひょう、空を飛ぶなんて久しぶりだあ」「わしは初めてじゃの」「おいら、馬さ蹴られて吹っ飛んだ時のことだけんどな」「なにそりゃ飛んだって言わねえだろう」
興奮してぎゃあぎゃあと騒ぐ二人とは対照的に、天狗の顔は重い。
「うーむ、やっぱり二人は重い……ぬしら、そこらで待っててくれんか」
「そんな殺生な。もう森のはじっこだあ、こんなとこさほっぽり出して行くんか」河童が哀れっぽい声を出すと、
「爺さまももう年だからのお。昔は立派な大天狗さまも、今はこんな妖怪二人っきり運ぶのにひいひい言うようじゃあ……河童、あまり無理は言わん方がええかもの」
と鬼が河童をなだめるようにそう言った。
これを聞いた天狗は、赤い顔をさらに赤くして、なにくそと今までよりグンと翼に力を入れた。
「見い! わしゃあまだまだいけるぞい!」
「ええぞええぞお、それでこそ大天狗さまじゃあ!」「ほう、速いのう、さすがは大天狗じゃ!」
天狗の足首につかまった二人はやいやいと天狗を囃す。気を良くした天狗はさらに翼をはためかせ、夜空をびゅうと駆けて行く。
足の下でチラチラ光る家の灯が流れるように現れ消える。
どのくらい飛んだだろうか、時間にすればそれほど長くはないのだろうが、もうずいぶん空の上にいるような気がし始めた時、
「ほうれ、街の灯じゃあ! 速いもんじゃろう!」と天狗が声を上げた。
三人の行く先にぱあっと明るい灯が浮かび、夜の空を照らしている。
「明るいなあ……これじゃあ暗がりの化け物なんぞ出る幕はないだ」「それならそれで別の化けもんが出るだろ」「鬼の旦那は楽観的だの……」「お前が言うかあ」
「着いたぞお」どっと疲れが出た天狗は街の上まで来るとふらふらと高度を下げ始めた。
「じさま! じさま! まだ降りるのははえぇだよ!」「そうじゃ、童の家さ行かんと!」
「お、おうおう、ほいじゃもうひと頑張り……っ!」自分の身体に喝を入れ、再び天狗の体は夜空に上がる。
「童の家あどの辺だ?」「あの辺じゃないかあ」「烏はあっちと言うとったぞ」「じゃあそっちかの」
しばらくふらふらと飛び回った後、ようやく子供の家へとたどり着いた。

91 名前:時間外No.03 一週遅れのプレゼント 4/5 ◇7BJkZFw08A 投稿日:07/12/31 01:56:55 ID:rHZOWD0d
「ふぅーっ、こたえたのう。帰りもこれは正直辛い」天狗は庭の木の枝に降りたつとそのまま幹に体をもたれた。
「そんなこと言わずに頼むぞい爺さま。なあに帰りは休みながらゆっくり行けば良い」
「それよりどうやって家さ入る、おいら達は通り抜けられても包みが通り抜けられんぞ」
「ちゃんと用意してある、ほれ、こいつを使え」天狗がごそごそと懐から何やら小さな袋を取り出した。
「この灰を物にかければ地面と石以外は何でも通り抜けられる、天狗のとっておきじゃ」にやりと笑いながら袋を河童に向かって投げる。
「へえ、さすが爺さま。準備ええのう」河童は両手で袋を受け取りながらしきりに感心している。
「さ、ぱっぱと行くぞ。木ば伝ってあの窓から入ろうや」
鬼が庭の木に面した窓を指差しながら河童を急かす。
「ほいじゃあぱっぱっと灰を振りかけまして、と。おお、本当に通り抜けただ!」
自分の体とともに通り抜けた包みを見て河童が驚く。
「静かにしろい。童が起きるぞ。ワシらの声はそう大きくは届かんが、童どもは気付くかもしれんからな」
窓からドスンと降りながら鬼が言う。「旦那こそ静かにするだよ。子供が起きる」「何、お前こそ……」
と何やら始まった時、「う、ううん……」と部屋のベッドの膨らみがもそりと動いた。
「おう、まずいの」「はよう包みを置いて帰るぞ」二人は慌てながらももたもたと動き、ベッドの側に包みを置くと天狗を呼んだ。
「おうい爺さまあ、帰るぞお」
「童が起きかけとる。はよう頼む」
二人は窓枠に足をかけながらわめいた。天狗はそれを聞くと、
「なんと! さっさと帰るぞい」と疲れた体を起こし、窓まで飛んできた。
「ほれ、掴まれい」
天狗が足を差し出すが、「なんぞ忘れ物なぞあるかのう」「ほれ童が起きる。はようせい」などと二人は素振りだけは急ぐものの、一向に天狗の足を掴もうとしない。
「うう……ん? だれ……?」子供――女の子が、ベッドからもそもそと這い出した。
「おっといけない。ほれ爺さま、帰るべ」「そうだ、帰るぞい」
ここに至ってやっとこさ二人は天狗の足を掴んだ。女の子は二人の異形に気づいたのか、ふらふらと窓の傍の二人に近づいていく。
「どれ、飛ぶぞ! ほうれっ!」天狗は力むが、出発した時のように軽やかには舞い上がらない。
「やっぱり重いのう」などとごちている。
女の子はぺたりと窓に顔を張りつかせながら、夜空に飛び立つ三人を見上げていた。三人が見えなくなるまでずうっと――

翌朝、女の子はベッドの上で目を覚ました。昨日夜中に起きたような気がするが、夢だったのだろうか。
ふと床を見ると、なにやら包みが置いてある。女の子は不思議そうにそれを取り上げて階下へ降り、母親にこの事を報告した。
「あら、それ、プレゼント? 誰にもらったの?」

92 名前:時間外No.03 一週遅れのプレゼント 5/5 ◇7BJkZFw08A 投稿日:07/12/31 01:57:16 ID:rHZOWD0d
「サンタ……さん? なんだか大きな男の人と、やせてる緑の人が家に来たの」
もしかして泥棒かしら、と母親は訝ったが、プレゼントを置いて行っただけなら泥棒とも言えまい。
「あとなんかね、大きい人には角があって、やせてる人にはくちばしと、あと頭がハゲてた」
「なんだか鬼と河童みたいね」母親が思わず呟くと、
「そう! 鬼さん! 鬼さんだった!」と女の子は嬉しそうに言った。「二人とも鼻の長いおじいさんにつかまって空に飛んでったの、パタパターって」
「天、狗? もう、何言ってるの。夢でも見たんでしょ」と母親は決めた。
「鬼さんは知ってるけど、かっぱとてんぐってなーに?」
その時父親が部屋に入って来た。入ってくるなり「おい、それ……」と女の子が手に持っている包みを指差したまま固まった。
「この前のクリスマスの帰りに買ったんだが、途中で電車に置き忘れちゃったやつ……仕方ないから新しいのを買ったんだが……うーん、サンタさんが届けてくれたのかなあ」
父親は首をかしげた。子供の前でうっかり自分がプレゼントを
「それがね、この子、鬼と河童と天狗を見たらしいわよ」
「鬼と河童と天狗? サンタじゃなくて?」
「ええ、そうなのよ……」呆れ顔に呟く母親の袖をひっぱりながら「ねーねー、かっぱとてんぐってなーにー」と女の子は尋ねる。
「はいはい、河童と天狗っていうのはね……」と説明を始めた母親に「おーい、これ、なんだか灰みたいなのついてないか?」と言う父親の声は聞こえなかった。

「おうおう、童の声が聞こえるのう」遠く離れた森の中、天狗は耳に手を当てて、嬉しそうにしている。
「なんじゃと、爺さま。なんと言うておるんじゃ」
「ありがとう、とさ。感謝されるのは嬉しいもんじゃのう。しかもわしらを名指しでじゃあ。天狗と、河童と、鬼さんへ、じゃとう」
「おお、嬉しいなあ。それでこそワシらがとどけたかいもあるってもんだあ」
「なんだかこそばゆいべなあ」
喜んでいる河童をつつきながら鬼が言った。
「なあ河童、お前わざともたついたろう。童にワシらを見せるために」
「旦那こそ。それに爺さまだって、飛ぶとき妙にゆっくりだったけえ」
「なんじゃと、おぬしらがあんまり重いからじゃ。わしはそんなことせん」
「やっぱり子供に知ってもらうのがワシらにとっては一番だからなあ」鬼がにやにやと笑いながら天狗を見る。
「ぬしまで言うか。わしは……」
こうしてしばらく三人はやいのやいのと言い合った。
なにはともあれ、女の子の心から天狗と河童と鬼が消えることはないだろう。





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