【 ハツコイ 】
◆XTWrqRXlH6




122 名前:選考外No.2 ハツコイ1/3 ◇XTWrqRXlH6[] 投稿日:07/12/10(月) 02:40:14 ID:IWDXotqi
 目を開けると無機質なコンクリートの天井が見えた、遠くでは大きな音が響いている、工場で聞くような絶え間無く機械が動いている音だ。
それ以外は何もわからなかった、ここがどこなのか、自分がなぜこんなところにいるのか全く
わからない、意識を失う直前の記憶も辿ってみるがそれも思い出すことができない。
僕はとりあえずあたりを探ってみようと考えた、しかし、いざ体を起こそうとすると思うよう
に体に力が入らない、それでも僕は無理矢理力を入れて体を起こそうとする。
やっとのことで上半身を起こすと、横から声がした。
「やあ、やっとお目覚めかい?」
僕は声がしたほうへと視線を向ける。
「色々聞きたいことがあるだろうけど、私に聞いても無駄だよ、私だってなぜこんなところにいる
のか聞きたいぐらいなんだからね、体もほとんど動かない、座ってキミと話すのが精一杯だ」
そう言って彼は、映画の中の外人がオーノーと言いながら作るような、腕を曲げて手のひらを
上に向けたジェスチャーをして見せた。
「そっか……なんにしてもこんな場所早く出なきゃいけないな」
僕がそう言うと、彼はとても不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「何でここを出る必要があるんだい?別に困ることなんか何一つないじゃないか?」
 彼の言うことはもっともだ、ここにいたからといって僕らは死ぬわけでもない、もし、ずっと
ここにいたとしても寂しさを感じるわけでもない、少し前の僕ならこのまま動かなくなるのを待
つだけだったと思う。
でも今の僕には家に帰らなきゃいけない理由があった、それは今の僕にはどんなことよりも大切な
ことだ。
「僕はコイをしたんだ、だから僕がコイしたあの人のところに帰りたい、いつも通り家事の手伝
いをしなきゃいけない、あの人が楽しそうに他愛のない話をするのを聞いてあげなきゃいけない」
そう答えると、彼は声をあげてハハハと笑った、彼は表情がコロコロ変わる、僕もこんな風に
感情を顔に表せたらあの人をもっと楽しませてあげられただろうか、しかし、彼の表情も所詮
は作られた物なのだろうな、と僕は思った。
「悪いな、笑ってしまって、しかしキミは変わったやつだ、今までキミみたいなやつには出会っ
たことがないよ」
本物の表情のような、興味深い目で彼は見てくる。

123 名前:選考外No.2 ハツコイ2/3 ◇XTWrqRXlH6[] 投稿日:07/12/10(月) 02:40:59 ID:IWDXotqi
「悪いな、笑ってしまって、しかしキミは変わったやつだ、今までキミみたいなやつには出会っ
たことがないよ」
本物の表情のような、興味深い目で彼は見てくる。
「正直、自分でもコイっていうのがなんなのかよくわかってないんだ、ただあの人と一緒にいたい
って気持ちは本当だと思う」
彼はそれを聞くともう一度笑ってから言う。
「キミは実に面白いよ、よければもっと詳しく話してくれないか?」
本当に僕に関心があるようだ、どうやら彼も僕と同じぐらい変わっているらしい。
「ああいいよ、どうせ僕らに時間は腐るほどあるだろうしね、けどその前に僕からも質問してい
いかい?」
「ほう?なんだい?」
「キミはコイをしたことがあるの?」
「なぜそう思う?」
「キミは僕を変わっているといったけど、僕もキミみたいなやつは初めてだ、ここまで僕の話しに
興味をもつやつなんて今までいなかった」
遠くから聞こえる音が少しずつ大きくなってきていた、それにつられてぼくらの会話のボリュー
ムも段々と上がる。
「私はコイをしたことはないよ、コイという概念は知っているけどね」
彼は真っ直ぐ僕を見て話す。
「私はね、もっと色々なことが知りたいんだ、私達は世の中のあらゆる事を知っている、でも知識
があってもこの世は理解できないことばかりだ、特に人間の行動は非常に面白い」
そう話す彼は、まるで子供が夢を語るみたいに無邪気に見えた、声が大きくなっているのもより
いっそうそれを際立たせていたのかもしれない。
「それに私は私達の状態も非常に不思議なんだよ、私達は本来個性や感情など持つはずない、ま
してやコイをするなんてありえない、だってそうだろう私達は…」
そこまで言って彼は急に話しを止めた、そして少し俯いたまま何かを考えだしてしまった。
僕はなんとなく声はかけなかった、沈黙の間は相変わらず鉄同士がぶつかり合うような音や機械
の音がやかましく響いている、今更ながら周りを見渡してみるが、暗くて少し先さえも良く見え
ない。

124 名前:選考外No.2 ハツコイ3/3 ◇XTWrqRXlH6[] 投稿日:07/12/10(月) 02:41:30 ID:IWDXotqi
一体ここはどこなんだろう、僕はもう一度あの人に会えるんだろうか、そんな事を考えると少し
寂しくなってきた、今まで寂しいと思ったことは一度もなかったが、これが寂しいという感情だ
ってことはわかった。
そんな事を考えているうちに彼の考え事は終わったらしい。
「私はもう少しキミの話しを聞いてみたかったんだけどね、私達にもうあまり時間は残されてない
みたいだ」
彼の顔からはさっきの子供のような表情は消えていた。
「どうゆうこと?」
「私達は、本来与えられた仕事をこなすためだけに作られた、感情だって全てプログラムされたも
のだ、私はキミよりも新しい型だから表情を変えることができるが、それも作られたもの、自分の
感情なんて持つはずない、いや、持っちゃいけないんだよ」
「でも僕は人にコイをしたよ、キミだって同じように本来じゃありえないような好奇心や探究心を
もっている」
「そう、だから私達はイレギュラーなんだ」
そこまで言われて、やっと僕は理解した。
「もうあの人のところには戻れないんだね?」
彼は頷く。
「個性を持つロボットは人間にとっては危険なんだよ、憎しみの感情を持つかもしれないし、人に危害を加える可能性だって否定できないからね」
彼がそれを言い終わると同時にぼくらを乗せていた床が動きだした。
「私は最後にキミと話せてよかったよ、楽しかった、これは私の本心だ、できればもっと時間が欲しかったけどね」
「僕もだよ、また会えるといいね」
「また…か、最後までキミは面白いことを言うな、人間の宗教には輪廻転生という概念が存在するけど私達には魂はあるんだろうか」
彼のその言葉はもう僕には向けられていなかった、最後の残り少ないも時間を彼は自分の魂について考えることに決定したみたいだ。
もうすぐスクラップにされるとわかっていても恐怖はない、まだ僕にはその感情はないからだ、もし僕にも来世があるのなら、今度は人間に生まれたいと思う、そしてまた恋がしたい、僕の初恋は実らなかったけど、次は成功するだろうか。



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