【 僕は空想ができない 】
◆E9DH6CrGjo




2 :No.01 僕は空想ができない 1/2 ◇E9DH6CrGjo:07/11/24 02:06:33 ID:8dkNVcKM
 僕は空想ができない。
 いわゆる「想像力の欠如」というわけではない。たぶん人並み、もしかしたらそれ以上に色々なことを思い浮
かべることはできると思う。問題は、それがすべて現実になることだ。
 この能力が僕のものになったのは、小学四年生のとき。いじめっ子に殴られながら「こいつら全員死ねばいい
のに」と思ったその日の夕方、工事現場の鉄骨の下敷きになって、いじめっ子グループが全員死んだ。僕は、天
罰が下ったんだ、いい気味だ、とその程度にしか考えていなかったけれど、そのうち誰かが「あいつをいじめて
いたから死んだんだ」と言い始めた。根も葉もない噂ではあったけれど、どちらかと言えば内気だった僕のイメー
ジにはぴったりだったようで、最後には「あいつに関わると死ぬぞ」となって、数少ない友人も僕のもとを去っ
ていった。もうこんな奴らと一緒にいたくない、そう思った次の日、父の転勤が決まって僕は県外に引っ越すこ
とになった。
 転校先では明るいキャラを作って、すぐにみんなと打ち解けた。友達も増え、再び順調な日々が過ぎていった。
 次に大きな事件が起きたのは、六年生のとき。成績のことで初めて母と大げんかをした。あんなババアのいる
家、二度と帰るもんか。死んじまえ――友人の家に上がり込んでゲームをしていると、オバさんがものすごい顔
をして部屋に飛び込んできた。クラスの連絡網が回ってきて、母が交通事故で死んだというのだ。僕は何がなん
だかわからないままオバさんの車に乗せられて、母が運ばれたという病院に向かった。病院には父が先にきてい
て、僕が霊安室に入るのを止めた。僕を探しまわっている時に、信号無視のトラックにひかれたらしい。バカだ
な、本当に死ななくたっていいのに……自分勝手だったと今ならわかるけど、その時の僕は、死んでしまった母
にやりきれない怒りをぶつけていた。
 葬式が終わって落ち着いたころ、僕は私立中学の受験を決めた。普通に入れば公立よりも高くつくけど、特待
生で入れば費用が全部タダになる。母のパート収入が無くなって家計が辛いのは僕にもよくわかったし、最後に
母と成績のことで喧嘩したのが心に引っかかっていた。いい成績を取って母を安心させたいと、どこかでそう思っ
ていたのかもしれない。周りの誰もが僕には無理だと言ったけれど、何故だか僕は落ちる気がしなくて――そし
て実際、合格した。今思えばあれは僕の実力でもなんでもなくて、僕が「合格する」と思ったから合格しただけ
なんだろう。

3 :No.01 僕は空想ができない 2/2 ◇E9DH6CrGjo:07/11/24 02:07:08 ID:8dkNVcKM
 中学に入って最初の日、僕は体育館裏に呼び出された。一目惚れした隣のクラスの女子だった。お互いの名前
を初めて知ったその日に、僕は告白された。返事は明日でいいから、と背中を向けて駆け出した彼女の後ろ姿を
見ながら、口元が緩んでいった感覚を今でも覚えている。
 有頂天のまま帰ったその夜、僕は覚えたばかりのエロ知識を総動員して妄想にふけった。次の日の放課後、暗
くなった公園で僕たちは肩を寄せ合い、そして……妄想は残らず現実のものになった。その日は父が遅番で、誰
もいなくなった僕の家で二人一緒に夜を明かした。
 寝息を立てる彼女を腕に抱きながら、僕は恐ろしさを覚えていた。なんでも思う通りになるじゃないか。今こ
こにいる彼女だって、僕の思う通りに動いているだけで、彼女は僕を求めているわけじゃないんだ。そんなのっ
て、ズルい。
 その夜は眠れなかった。明け方、彼女がモゾモゾと動き出したとき、僕は思わず寝たふりをした。それに気づ
いたかどうかはわからないけど、彼女は枕元にメモを残して静かに家を出て行った。
『ごめんなさい。あなたとは相性が良くないみたい』
 そう書かれたメモには何の意味もなくて、僕が望んだから彼女は僕のもとを離れていったんだ。今日のことは
忘れて、彼女の意思で生きてほしい。そう思った。
 そしてその日から、僕は空想をやめた。学校というのは意外に忙しくて、いろんな仕事を引き受ければ、目の
前のことをこなすだけで手一杯になる。空想なんてしている暇はなくて、僕は充実した毎日を過ごしている。

 だけど、今でもたまに思う。僕にも空想ができればいいのに。そうしたら自由に、色んなことを思い浮かべら
れるのに。ああ、空想ができればなあ……。

[了]



 |  INDEXへ  |  NEXT−痛み醒めてその後僕は◆ZRkX.i5zow