148 :No.30 ぼくたちの神様 1/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:04:37 ID:KJK//974
「ほら、この右上の木んとこ分かるか?」
六月三日月曜日の朝、六年一組の教室に入るなり竜彦くんはぼくに一枚の写真を突きつけてきた。
まったく昨日は高速道路建設の説明会で、ぼくは妹の相手をして疲れてるってのに、朝からなんなんだよ。
うんざりしながらぼくは竜彦くんに付き合う。「この写真がどうしたの?」
「お前バカ? ここにメギツネ様がくっきり映ってんだろ!」
突然の事にびっくりして言葉を失った。そんな写真、あるわけない。
メギツネ様は櫻井町の戸高小学校近くに伝わる、妖怪か何かだ(と思う)。
田んぼの中で農作業しているおばあさんの格好だけど、顔には金の狐の面を被っている。
そしてそのメギツネ様に願い事を言うと、何でも叶えてくれるんだって。
ぼくが知ってるのはそれぐらいだけど、竜彦くんや他のクラスメイトはもっといろいろ知ってるらしい。
町の大名から追い出された化け狐だけど、農家の人がかくまってくれたお陰で命拾いしたとか。
だから農家の人には優しく、願い事を叶えてくれるってこととか。
うわさ話だから人によっていろいろだけど、メギツネ様の話は大体そんな感じだ。
「なぁ、映ってるだろ? 五月ごろにいとこの兄ちゃんが撮ったんだけど、すごくねえ?」
そうやって竜彦くんは鬼の首でもとったようにみんなに見せびらかしてた。
うまい反応ができなくてほっとかれたぼくを置き去りにして、クラスのみんなが騒ぎまくってた。
ただの写真ならここまで騒ぎにはならなかったと思う。
だけど、これを千尋ちゃんが認めてしまったのだ。
「――これ、本物だよ! わたしわかるもん!」
そう千尋ちゃんは言った。
千尋ちゃんが、椎名神社の娘で、霊感があるって評判な千尋ちゃんが認めてしまった。
もうクラスは大騒ぎだし、クラスどころか他の学年まで写真の評判は広がる一方だ。
……でもそんな中、ぼく一人だけは冷めていた。
メギツネ様なんて、この世にいるわけないんだ。
だってメギツネ様の話を考えたのは、このぼくなんだから。
149 :No.30 ぼくたちの神様 2/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:05:08 ID:KJK//974
ぼくが戸高小学校なんてど田舎に転校したのは一年前、五年生になったときだ。
ここで農家をしていたおじいちゃんが倒れて、おばあちゃん一人で暮らせなくなったからだ。
生まれてずっと東京で暮らしてきたから最初はこんな田舎、なじめなかった。
だけどクラス委員の竜彦くんが友達になってくれた。
それから一緒に遊んでくうちにいつのまにかぼくも戸高のみんなが好きになった。
あれは冬休みの時だったと思う。
みんなで椎名神社に初詣に行った帰り、怖い話をしようって事になった。
山姥とか口裂け女とか、みんないろんな話を知っていた。
だけど、ぼくは何も知らなかった。
ぼくの番になったけど、何も話せなかった。
そしたら竜彦くんが「東京の奴はなんも知らないのかよ」なんて言ったから、あわてた。
このままじゃ、せっかく友達になってくれた竜彦くんがいなくなっちゃう!
ぼくは必死で話を作った。嘘をついてほらをふいて話をでっちあげたんだ。
メギツネ様なんて名前は適当だ。
願いを叶えてくれるなんて言ったのは、単に怖い話が嫌いだったってだけだ。
おばあさんにしたのも、女の妖怪の話が多かったからそっちのがいいって思っただけだ。
そもそもぼくだってそんな話をしたのも忘れてた。
だけど、メギツネ様の話はそれからじわじわと広がってって、気が付いたらこのありさまだ。
ぼくは怖かった。自分が作った話なのに、なんかメギツネ様が本当にいそうな気がして。
その日の帰りの会が終わった後、ついにぼくは滝本先生のところに行こうと決めた。
滝本先生はうちのクラスの担任の先生だったけど、竜彦くんたち男子からは嫌われていた。
そんなに嫌われるのは今年東京から来た新しい先生だからだと思う。
それに背が高くて格好いいから女子たちにはもてもてだし、背は低いけど美人な奥さんだっている。
男子だって嫉妬ぐらいするんだ。だから竜彦くんたちは先生を嫌っていた。
でもここだけの話、ぼくはあまり嫌いじゃなかった。先生は同じ東京出身だからだ。
だから怖かった。なぜか東京が嫌いな竜彦くんたちが、ぼくまで嫌ってしまうことが。
150 :No.30 ぼくたちの神様 3/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:05:24 ID:KJK//974
次の日学校に行ったら千尋ちゃんがお休みだったけど、身体が弱いしいつもの事だと思ってた。
そしたら六時間目の学活の時間、滝本先生が真面目な顔で千尋ちゃんのことを話した。
「椎名千尋さんは昨日、腎臓の病気で東京の病院に入院しました。
だから今日の時間はみんなで千羽鶴を折ることにします」
ぼくはびっくりしたけど、それ以上に心配だった。
だって千尋ちゃんは竜彦くんの好きな子だ。なのに、東京に行っちゃった。
竜彦くんの席を見るとやっぱり落ち込んだ顔をしていた。
細かいことが嫌いだったのに、真剣な顔で女子から鶴の折り方を習っていた。
だけど先生が職員室に戻った後、竜彦くんは急に席を立った。
そして千羽鶴を女子に押し付けると帰りの支度を始めた。
ぼくはあわてて竜彦君に聞いた。「え、何、どうしたの? 何で帰るの?」
そしたら竜彦君の言った言葉。
「俺、メギツネ様探すことにした! だからみんな手伝ってくれ!」
で、何だかんだでぼくたち六年四組の男子は田んぼにいる。
結局竜彦くんの熱意に折れて、ぼくも探すことになってしまったんだ。
……メギツネ様なんて、百パーセントいるはずないのに。
ぼくは独り言のようにつぶやきながら、田んぼの中をくまなく探していた。
ふと、竜彦くんの方を見た。
竜彦くんは何かぶつぶつとつぶやいてた。
その顔は、今まで見たことないぐらいの真面目さだった。
やっぱり千尋ちゃんが心配なんだろうな。
ぼくは竜彦くんのために、メギツネ様探しを本気でやろうと思った。
確かに昨日滝本先生に相談した時は、「本当のことを言って謝りなさい」って言われた。
だけど竜彦くんは、本当にメギツネ様がいるって信じてるんだ。
ぼくは、その夢を壊したくなかった。絶対に。
151 :No.30 ぼくたちの神様 4/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:05:39 ID:KJK//974
だけどその次の日の朝の会で、滝本先生は言ってしまった。
「メギツネ様なんてうわさ話は嘘です。君達が田んぼ踏み荒らすから、農家の方が迷惑してるんです。
椎名さんのことが大事なら、メギツネ様なんて嘘を信じるより、千羽鶴の方が嬉しいはずです。
今日から田んぼには先生たちが見張りをすることにします。
だからもうメギツネ様の話はやめなさい。メギツネ様なんて早く忘れなさい」
ぼくは先生と目を合わせられなかった。
先生はぼくがメギツネ様の話を作ったって知ってるのに……
思わずぼくは目をそらし、竜彦くんの席を見た。
――竜彦くんは、こぶしをぎゅっと握って先生を睨みつけていた。
まだ、メギツネ様を信じてるんだ。
思わず立ち上がってみんなにごめんなさいって言いたくなったけど、そんな勇気なんてなかった。
その日の放課後、竜彦くんはぼくや友達を集めて「今日の夜、先生がいなくなったら探そう」と言った。
ぼくは止めようと思ったけど、みんなの真剣さを見たらそんな言葉はどっかに行ってしまった。
本気だ。みんな、本気で千尋ちゃんを助けたいんだ。ぼくはそう思っていた。
……だけど、竜彦くんの願いはそれだけじゃなかった。
「分かってるよな? メギツネ様を見つけたら、すぐ頼むんだぞ。
千尋ちゃんの病気のこともそうだけど、もう一つ絶対頼まなきゃいけないことがある。
それは、『高速道路の工事を失くしてほしい』ってことだ」
高速道路の建設でこの地区全部の人が立ち退きになることは知ってたし、だから廃校にもなるんだ。
そこでぼくははたと気付いた。
そうか、竜彦くんは本当は――
「俺だって戸高でずっと暮らしてたい。他の街に行って大人になるなんて、絶対いやだ。
だからメギツネ様を探し出して、このままずっとここで暮らすんだ!」
……メギツネ様がいてくれたらいいのに。ぼくは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
152 :No.30 ぼくたちの神様 5/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:06:01 ID:KJK//974
それからぼくたちは毎晩、メギツネ様を探し続けた。
ママやパパの寝静まった夜、懐中電灯をもってみんなで集合する。
それからこの辺全部の田んぼを一つ一つまわるのだ。
メギツネ様がいついるのかはわからないけど、写真の辺りはくまなく探した。
そしたらぼくも、本当にメギツネ様がいるような気がしてきた。
そして六月の、二十七日だったと思う。
ママから聞いた話だと千尋ちゃんは明日には手術を受けるらしい。
そのことを竜彦くんに話すと「じゃあ今日の夜に見つけないと手遅れだな」と言った。
今日の夜、見つからなければ千尋ちゃんは助からないかもしれない。
竜彦くんの決意に、ぼくも真剣さが上がった気がした。
その日の夜、十二時もいつも通り集まったけれど、竜彦くんだけが遅れた。
心配になったけど、時間が無い。ぼくたちは探すのを始めた。
それから三十分後、やっと竜彦くんが来た。
安心して迎えようとしたら、それどころじゃないと竜彦くんが言った。
そして、びっくりするようなことを話したのだ。
「行く途中、先生たちが集まってるのを見たんだ。
これからやつらが来るに違いない。だからそれまでに探そう!」
ぼくたちはあわてたけど、竜彦くんが何とか励ましたので、冷静さを取り戻した。
そうして探し始めて十分。
いた。
田んぼの向こう。
あの背丈、あの服、そして――
金色のお面!
だが、後ろには懐中電灯の光、そして先生の声! 『何やってるんだお前らぁ!』
153 :No.30 ぼくたちの神様 6/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:06:23 ID:KJK//974
ぼくたちは一目散に逃げ出したが、自転車の先生集団が走ってきた。
危ない、もう駄目だ!
そのとき、竜彦くんが叫んだ。
「先生は三人、力の強い滝本先生はいない、それに俺達は四人だ、だからお前一人で頼んでこい!
あとは俺達が先生を止めるから!」
ぼくは走った。
田んぼを突っ切り、かきわけ、走った。
そして辿り着いた。
目の前には金のお面。
腰の曲がったおばあさん。
見つけた。
メギツネ様は、本当にいたんだ!
ぼくは叫んだ。
千尋ちゃんの、
竜彦くんの、
みんなの願いを!
するとメギツネ様は、金のお面を脱いだ。
そして、その正体を見た。
それは――
154 :No.30 ぼくたちの神様 7/7 ◇RikiXMX/aY:07/11/12 00:06:36 ID:KJK//974
結論から言えば千尋ちゃんは助かった。
「誰か」が腎臓を移植してくれたおかげで、助かったらしい。
でも高速の工事は止められなかった。
だからみんなは別れたし、ぼくは東京に戻った。
そこの中学でサッカー部に入り、練習をして、中三になったら受験して、高校に入った。
サッカーは続けたけど、高三の大会で引退した。
あの夏から十年後。
僕は大学生になっていた。
一人暮らしの家に届いた同窓会の知らせで、僕は戸高に戻ったのだ。
竜彦君と酒を飲みながら知った。
滝本先生が、あの夏から二年後に心臓の病気で亡くなった事を。
ああ、だからだったのか――僕はその日を思い返す。
最初にメギツネ様の事を相談した時、滝本先生は言っていた。
「俺は病気で永く生きられない、だから臓器提供する事にした」と。
仮面を外したメギツネ様は、滝本先生の奥さんだった。
奥さんは僕に言った。あの人に、最後の望みだと頼まれたと。
僕は千尋ちゃんの笑い声を、竜彦君の声変わりした男声を聞きながら、滝本先生をぼんやりと思い出していた。
酒の席の独特の空気があっても、級友達の笑い声は変わらない。
不意に竜彦君がこぼした。
「にしてもあの担任、いけ好かない奴だったよな……」
僕はその言葉に、しみじみと頷いた。
(了)