【 酔狂でも価値あり 】
◆h97CRfGlsw




97 :No.27 酔狂でも価値あり 1/5 ◇h97CRfGlsw:07/10/15 00:05:00 ID:JcGt8bEq
 親戚の叔父さんが亡くなった。そのことを父から聞かされたのはつい先日のことで、今、私はその葬儀場へと父の車で向っていた。せっかくの日曜日だったが、空気の読める私は不満を口には出さない。死んだのは、父の実の兄だった。
 死因は心臓発作。突然倒れ伏して動かなくなった叔父を、隣室で事務処理をしていた秘書の佐藤さんが発見したらしいと聞いている。うだつのあがらない平凡なサラリーマンの父とは違い、叔父は結構な力をもった企業の社長だった。
「ごめんね、せっかくの休みだったのに」
 我が家の車窓に流れる景色をぼんやり眺めていると、運転席に鎮座した父がぽつりと言った。両親と私という家族構成の中で一番悲しいのはアンタだろうと突っ込もうかと思ったが、気を遣うのも面倒なので、別に……と素っ気なく答えた。
 叔父とは、彼の邸宅にて催される年に一度の正月パーティでしか会わない程度の間柄だ。私の認識としては、父の五倍近いお年玉をくれるハゲたおっさん程度のものだったが、やはり見知った人間が死んだという事実には、少し気が滅入った。
 毎年毎年、大きくなったねえと言いながら私の頭を撫でつつ胸やらお尻ばっか見てた叔父さん。これも金のため私のためとキャバクラ嬢的我慢を強いられていた年始の恒例行事も、これでなくなるわけだ。セクハラとお金の比重に悩みつつも、結局私は悲しんでおくことにした。
 式場遠い。うとうとし始め、借り物の喪服が涎でベタベタになるころにやっと到着した。でかでかと煌びやかなホテルだった。都心にはめったにこない田舎物全開な私は、その荘厳とさえいえる建造物に圧倒されていた。これが成金のなせる技なのか。
「豪勢ね。絵里ちゃん、もし私が死んだらこういうところで立派なお葬式を挙げてね?」
「断る」
「んもう。なんでこんなに可愛げのないクソガキに育っちゃったのかしら、まったく……」
 私に似て整った顔に柔和な微笑みを浮かべる母と共に、さっさとホテルの中に入った父を追いかける。エレベーターの前で手招きをする父に、母がぶりぶりと女の子走りで駆け寄っていった。思わず鼻から溜め息が漏れる。おい、私がまだなのに扉閉めようとすんな。
 乗り込み、緊急停止ボタンに目を釘付ける。べらべらと父に話し掛けている母の声が鬱陶しい。どうやら、葬式はこのホテルの三階にあるメインホールでとり行われるらしい。やはりそれなりの企業の社長ともなると、これくらいの場所でないと参加者が全員納まらんのだろうか。
 エレベーターの扉が開かれるなり、私は目の前に広がった光景に再び圧倒された。まずうちの高校のボロ体育館ほどの広さのフロアがあり、その奥にある大きな扉の先には更に広大なメインホールが広がっていた。ギンギラギンに絢爛豪華な佇まいの空間に、私は眩暈を覚えた。
「なんだか葬式って感じじゃないわねえ。これが成金のなせる技なのかしら」
「兄さん、昔から派手好きだったから」
 父と母が揃って受付へ向う。私はそんな二人を見送って、香典の封筒から抜き取った五万円を財布に押し込んメインホールへと向った。
 これはまあ、つまりお年玉の先払いなので、私はなんら悪くない。気分よく鼻歌交じりに歩いていると、後ろからぽんと肩に手を置かれて呼び止められた。ごめんなさいすいません違うんです私の手が勝手に。
「山田様のご子息の方ですよね? 式に参加していただくのでしたら、どうかこちらの指示に従ってください。社長のご意向ですので、どうか」
 振り返ると、そこには受付嬢の喪服を着込んだお姉さんが佇んでいた。二十代後半前後の、落ち着いた感じの美人だった。が、頭の両側頭部から垂れ下がる束ねられた髪が、雰囲気を柔らかく崩していた。私が呆けていると、お姉さんは私の頭をがしりと掴んできた。
 なんだなんだと慌てる間もなく、あっという間に私もツインテールにされてしまった。髪が痛むのが嫌で黒髪のまま手を加えないでいた私に、軽い感じのツインテールは全然似合わないことだろう。まあ、容姿がそれを補って余りあるわけだが。
 もう何回か同じ手順を踏んでいるのか物凄い手際の速さに感心しつつも、なんだこれなんでツインテールよなんかの暗示かと私は混乱していた。お姉さんは一礼するとそそくさと持ち場へ戻っていき、入れ替わりでこちらに父と母が歩いてきた。ツインテール母。似合ってねえ。
「絵里ちゃん、気の毒なくらい似合ってないわねえ」
 けんか売ってんのかコイツは。

98 :No.27 酔狂でも価値あり 2/5 ◇h97CRfGlsw:07/10/15 00:06:00 ID:JcGt8bEq
「二人とも可愛いよ」
 父の言葉を皮切りにイチャイチャし始める両親。私の目の届かないところでやってくれ。げんなりしつつ、馬鹿二人を置いてホールへ向う。というかなんでツインテールよ。私の叔父は、死後までこんなセクハラまがいの事をする熱血漢だったのか。
 中へ入って、私は再び度肝を抜かれた。今日だけでもう何度も抜かれてしまっている。果たして今日一日足りるのか私の度肝。
 そんなことをぶつぶつ呟きながら、私はこのだだっ広い空間のいたるところに散在するテーブルに取り付き、その上になぜか用意されていた寿司を口に入れた。
 美味い。コンベアの上を回遊しているものと比べたら罰があたりそうなほど美味い。とろりと舌の上で溶けてなくなる赤身に感激しながら、なんで葬式で寿司食ってんだ私はと困惑する。
 あれか、凡人と金持ちでは既に行事の様式に決定的な隔絶が発生しているのだろうか。
 ばくばくと寿司を口に押し込みつつ辺りを見回す。何処を見てもツインテールの女性がいる。どうやら女性陣は全てツインテールを強制されているようだ。
 ちょろんとした可愛らしいものから、私のように腰の辺りまでだらりと伸びるものまで、十人十色に素敵なツインテールたち。
 立食パーティの様相に、同好会が企画したようなツインテール一色の会場。式場間違えたんじゃないのと思って再びきょろきょろしてみるが、奥まったところにある壇上に、立派な花壇と棺、そして巨大な遺影が飾られていた。
 叔父さん、あなたってツインテールに出来る程髪あったかしら。
「兄さん、昔からツインテールが大好きだったから」
 気付けば父たちが追いついてきていた。傍らで母がマグロを口に入れ、舌の上で溶けてなくなるわあなどと言って感激していた。
 周囲の方々に混じって食事をしだした両親を一瞥し、私はその場を後にした。好きだからという理由で、葬式でここまでするとは。遺言なのか。迷惑千番だ。
 ツインテールのかつらを被り、満面の笑みでサムアップしている叔父の遺影に目を向ける。変態だ変態だとは思っていたが、ここまでとはといった感じだ。もはや清々しさすら感じながら、私は壇上に向けて歩き出した。
 このだだっ広い会場に、おそらく軽く三桁を超えるであろう人が集まっていた。よっぽどこの馬鹿社長が好きだったのか、社交辞令できているのかはわからなかったが、おとなしくツインテールに付き合っているところを見るに嫌々ではないのだろう。
 というか、ワイングラスを片手に談笑したり、くるくる回って「ツインテールごまー」とかやるのは葬式的に考えてどうなんだろう。完全に緩みきっている参列者の表情に今更疑問を持ち始めたころ、計ったとしか思えないようなタイミングで照明が落ちた。
 会場が真っ暗になったことでざわめきが起きる。数瞬の間を置いて、壇上がライトアップされた。花壇に敷設されていた水銀灯も淡い光を発し、神々しさすら感じさせる趣になったそこに、奥からマイク片手に女性があらわれた。
 彼女は壇上の一番手前まで歩くと、深く息を吸いこんで――
「元気ですかァ――ッ!?」
 叫んだ。場が場なら、ナイスシャウトと歓声が湧き上がるであろうソウルフルな絶叫だった。でも時と場合を考えると元気ですかーって物凄く不謹慎に思う、のは私だけらしく、なにを血迷ったか周囲の方々はそれに煽られ、雄たけびを返していた。
「えー、今日はお忙しいところ、うちの馬鹿な社長のアホな催しにご参加いただき、誠にありがとうございます。今日の司会進行は私、秘書の佐藤が、社長に対する借金を帳消しにするという条件で務めさせていただきます。余談ですが、あいつは鬼畜です」
 秘書の佐藤さんとは、これまでに何度も叔父の家で会ったことがある。理知的な雰囲気をまとった偏差値の高そうな美人である。結婚していない社長の家に住み込んでおり、秘書兼メイドのような役割の人だ。私の数少ない尊敬する人物だ。……った。
 佐藤さんはなにか吹っ切れたらしく、壇上でマイクに社長への愚痴を垂れ流していた。死人に口なしとは言うが、これ実際に聞かれていたらどんな聖人君子でも劣化の如く怒り出しそうだなと思うほどの罵詈雑言のデパート状態だった。
 ていうかアホな催して、葬式ですよ佐藤さん。
「まあ、というわけで私は心に一生消えない傷を負ったわけなのでした。可哀想な私、哀れな私。本当に死んでくれていたらどんなにありがたかったか」
 はあ、と佐藤さんが溜め息をついた。……薄々感づいてはいたのだ。どう考えても、この空間は本来沈鬱であるべき葬式会場とは程遠い。どちらかというと結婚式のような、おめでたさ溢れる雰囲気だ。

99 :No.27 酔狂でも価値あり 3/5 ◇h97CRfGlsw:07/10/15 00:07:29 ID:JcGt8bEq
「えー、では、改めまして、これより我が社の社長、山田浩二氏の生前葬を開催したいと思います!」
 佐藤さんが拳を高く突き上げると、それに呼応してばんと一気に照明が再点灯された。あらかじめこの催しの事情を聞かされていた連中は佐藤さんに追従する形で拳を振り上げ、程なくして山田コールが始まった。
 棺桶が爆発した。周囲はうおおなんて叫びを交えた興奮状態だが、私はあまりのシュールさ加減にぽかんとしていた。葬式だと思って会場に着てみれば、棺桶が爆発したのである。更にその中から白い羽の生えた叔父が飛び出し、ふわふわと空中に飛んでいったのである。
「ウェールカームトゥーマイ生前そあぼっ!」
 叔父は空中で、私の投げたピザを顔面に受けてがくりと気絶した。だらりしたままと引き上げられていく山田社長。佐藤さんが、私に向けて親指を突き出しているのが印象的だった。
 ここへ来る前に父から言われた言葉が、今更になって頭に浮かんだ。

「兄さん、昔から生前葬が好きだったから」
 適当なことを言い出した父を一瞥し、母と一緒になって料理に手をつける。まったくもって馬鹿な催しに巻き込まれてしまったとは思っていたが、こうして上手い料理に舌鼓を打つだけで機嫌が戻る私は可愛い奴だと思う。
 叔父はというと、ツインテールのかつらを被ったまま天使の羽を背負い、これまたツインテール秘書佐藤さんを引き連れて、ツインテールの参列者たちにあいさつ回りをしていた。一見すれば頭のおかしいというかもう完全にイカれた人間たちの行進だった。
「やあ絵里ちゃん、久しぶり。これまた一段と可愛くなったねえ。おじさん、ピザぶつけられてちょっと興奮しちゃったよ」
 可哀想な人を見るような目で頭の可哀想な叔父を眺めていたら目が合ってしまい、出来れば一言も言葉をかわさずにいたいと思っていたのにこちらへきてしまった。改めて近くで見ると、これまたなんとも気持ちが悪い。
「気持ちが悪い」
「絵里ちゃんは相変わらず心を抉る発言をするなあ」
「社長」
「なに、佐藤君」
「気持ちが悪い」
 借金帳消し止めるぞ佐藤コラんだとはげコラはげじゃないもんツインテールだもん寝てる間に髪全部むしってやろうかごめんなさいすいません、と言い合いをはじめた二人を見て、私は頭が痛くなった。もう帰りたい。
 佐藤さんに足蹴にされる叔父を見て、なんでこの人の会社が大企業に名を連ねたんだろうと真剣に思った。こいつに比べたらまだうちの父の方がましじゃないかと思い、振り返って母とイチャイチャしている両親を見て更に頭が痛くなった。
 馬鹿ばっかである。壇上に集まり、経典の大合唱をはじめた連中を見ながら思う。そのありがたい文字列は決してギターをドラムを交えて笑顔で歌うものではないと思うのだがどうだろう。ボーカルがロープアクションを使い、空中に飛んでいく。もう勝手にやっててくれ。
「えー、ここで社長の友人からの挨拶があります! 今から呼ばれた方は壇上へとおこしくださーい!」
 どうやら佐藤さんは司会進行を下っ端に押し付けたらしく、料理の大皿に叔父の頭をぐちゃぐちゃと押し付けていた。それを見て周囲の社員なのか来賓なのかは知らないが、皆が一様に笑っている。叔父が佐藤さんにやり返し、更に笑いが起こる。小学生かお前等。
「じゃあはじめまーす」
 マイクを使った発言なので、壇上からの声が会場に響いている。友人挨拶をはじめるのかと思い、興味があったのでそちらに顔を向けると壇上には大きなルーレットダーツが設置されていた。どうやら友人挨拶はランダムらしい。なんという行き当たりばったり。
「えっと……社長の姪、社長の弟の娘、ピザ投げた子、絵里ちゃん……。はい、じゃあこの中のどなたかに挨拶をしていただきます!」
 って全部私かよ! ランダムじゃねえ! こちらに向けててへっ、という顔を向けていた叔父にホールケーキを投げつける。パージェーロ、って私は車ではありませんよ皆さん。なんでそんな盛り上がってんですか。
「選考の結果、絵里ちゃんに決定されましたー! 絵里ちゃん、壇上へどうぞー!」
 しかもピンポイント爆撃かよ。どうも何故だか私のことは皆に知れ渡っているらしく、一斉にこちらに視線が集まりうっと気圧された。揃いも揃ってニヤニヤと大人気ない表情をしている。
 これはなにかの嫌がらせなのだろうか。両親に顔を向けると、父はごめんねと言った感じに表情を崩し、母は思いっきり唇を歪めて楽しそうにしていた。助け舟乗り場はないらしいので、私はしぶしぶ壇上へ向った。空気をしらけさせるのも、あれだ。空気読める私、偉い。

100 :No.27 酔狂でも価値あり 4/5 ◇h97CRfGlsw:07/10/15 00:08:30 ID:JcGt8bEq
 壇上へ上がると、司会の女性がマイクを手渡してくれた。とはいってもいきなりの事態で何を言っていいのかさっぱりわからず、壇上の際に立ち尽くしたままぱくぱくと金魚の擬態をするしかない。困り果てていると、佐藤さんがプラカードを挙げているのに気がついた。
『くたばれ変態はげ野郎!』
「くたばれ変態はげ野郎!」
 私の、というか佐藤さんの言葉に、会場が一気にヒートアップした。まるでコンサート会場でステージに立つアイドルのような気分に、なるわけもなくなんだこれはと困惑するしかない。あれか、生前葬というなのSMパーティーなのか。社長泣いてるじゃないか!
 乙女のように顔を抑えてひくひくとしている山田社長を、近場にいた男性社員と思しき一団が胴上げの要領で持ち上げた。わっせわっせと壇上に向ってくるその異様な大名行列に悪寒を覚えた私は、慌ててマイクを押し返してその場を逃げ出した。
 佐藤さんもその一団に付いて歩き、すっと私の方に進路を変えた。グッジョブとダブルサムアップをされても困ります。佐藤さんは私を一瞥すると、一足飛びで壇上にあがり、女性からマイクを受け取った。
「えー、式のほうも、大分盛り上がってまいりました。社員たちによる催しも大方済んでしまいましたし、この辺りで社長のありがたくないお話を聞いてやろうと思います。皆さん、せめての拍手をもって迎えてやってください!」
 佐藤さんが社長にマイクをぶつけるような勢いで投げつけた。叔父はそれを難なく受け取ると、あいた拳を突き上げて「元気ですかァ――ッ!?」と叫んだ。しかし、まるで示し合わせたかのように誰も乗ってこないので、叔父は再び顔を抑えてばったりと倒れてしまった。
 仕方ないか、と言わんばかりにぱちぱちと拍手が鳴り響く。それを受けて社長は立ち上がり、再び「元気ですかァ――ッ!?」と叫んだ。今度は会場が割れんばかりの拍手と絶叫が巻き起こり、黙り込んでいた私は鼓膜が爆発するかと思った。中学生かこいつら。
 そして、叔父の挨拶が始まった。
「あー、今日はお忙しいところ……まあ佐藤君がやったしこれはいいか。とにかく皆、今日はたくさん集まってくれてありがとうな! オラすっげえ嬉しっぞ!」
「社長」
「なに、佐藤君」
「気持ちが悪い」
 マイク片手に言い合いをはじめた社長と佐藤さん。わざわざ止める人もおらず、むしろもっとやれいいぞいいぞーなんて野次が飛んだ。普段からこんなやり取りをしているのだろう、いつもどおりの光景というわけだ。
 ……というか、私の佐藤さんのイメージが大変なことになっている。
「あー、あー、うおっほん! ……えー、佐藤君の給料は半年無しとして」
「社長、あの日私にしたことを今ここで皆に報告してもいいんですが」
「佐藤様には後ほど特別手当を出すとして、ちょっと気を取り直そうか。何処まで話したっけ。ああ、とにかく皆集まってくれてありがとう。嫌々参加してくれた方もいるだろうが、その人にもありがとう」
 この会場の様子を見る限り、嫌々来たという人は私くらいなものだろう。皆、この生前葬という企画を楽しんでいるようだった。それも証拠に、社長が真面目な空気を作ったとたん、誰一人として話に集中していない人はいない。叔父が、ぱさりとかつらを床に落とした。
「私が生前葬という企画を立てたのには、色々と訳がある。皆は、人の価値は葬式に訪れた人の数でわかる、という言葉を知っているだろうか。まあ、とにかくそういう言葉もあるんだ」
 しん、とした会場に叔父の言葉が響く。佐藤さんが、社長の三歩ほど後ろで静かに佇んでいた。先程まで社長と馬鹿なやり取りをしていたときの表情でなく、秘書としての、社長の片腕としての表情を見せていた。
「私はこれまでの人生を、色々な人たちと出会い、触れ合い、そして数多の別れを経て過ごしてきた。今この場に集まってくれた千人以上の君たちの何十倍という数の人々たちとだ。むろん、その全てと仲良くというわけには行かなかった」
 気がつくと、私のすぐ傍に父と母がいた。目があうと、父はふっと笑いかけてくれた。母が手に小皿を抱え、料理をたんまりと載せていた。そこから手羽先を掠め取り、口に入れる。もう、と口を膨らませる母。父が苦笑している。

101 :No.27 酔狂でも価値あり 5/5 ◇h97CRfGlsw:07/10/15 00:09:29 ID:JcGt8bEq
「この会社の社長という立場から、他の会社を出し抜き、陥れ、破産させ吸収することもあった。そのたびに数多くの人間から恨まれ、憎まれ、何度か殺されかけることもあった。信じられないことだが、私はそれほどまでに罪深い男だ」
 先程までのちゃらけた表情を思い出せないほどに、叔父の顔は凛々しいものだった。何度も難しい駆け引きをし、敵を作り、大立ち回りの末に社長までにのし上がった、男の顔だ。不覚にも、格好いいと思ってしまう。はげだが。
「だが。だが、私はこんな敵の多い人生を生きてきて、よかったと思っている。何故ならば、私にはそれと同じ、いや、それよりももっと価値のある、たくさんの友人たちを手に入れることが出来たからだ。ここにこうして、集まってくれた君たちのことだ」
 叔父は後ろを振り返ると、佐藤さんに向けて笑いかけていた。佐藤さんもそれを受けて、微笑みながら肩をすくめている。
 父が何故、叔父と共に会社を運営しなかったのだろうと、私は幼年の頃からずっと思っていた。叔父とのコネクションがあれば、今よりももっといい生活が出来ただろうにと。私はそう思っていた。
「こうして、私の生前葬に集まってくれた君たちは、きっと葬式にも集まってくれると思う。私は、自分の葬式を自分では見られない。だからこうして、先取りして集まってもらった。私は、この大勢の友人たちを前に、今なら胸を張って言えるだろう」
 だが、今母と仲睦じく寄り添っている父を見て、思う。父親は、叔父とは違う考えをもっていたのだ。大勢の敵を作ってまで大勢の人間を友とするよりも、一人の、少数の人間たちにを愛し愛されたいと。父はそう思っていたのだろう。
「私の人生は、価値があったと!」
 叔父が力を込めて叫ぶ。その言葉に、佐藤さんが拍手を持って受け、それに呼応して周囲から歓声が起こった。私も思わず、手を打ち付ける。
 父と叔父。どちらの人生こそに価値があったのかは、おそらく誰にも断じることは出来ないだろう。でも、と私は思う。どちらの人生も、価値がある問事だけは確かだ。叔父は大勢の人々に愛してもらっていた。父は母と、そして私に愛されている。……恥ずかしいが。
 対照的な人生を送ってきた、父と叔父。価値観の違いはあれど、二人は確かに価値ある人生を歩んできた。会場を包む熱気にあてられて、私は不覚にも口元をほころばせてしまった。変態だと毛嫌いしていた叔父は、格好いい、価値ある大人の男だったのだ。
「兄さん、昔から寂しがり屋だったから」
 父が私の頭にぽんと手を置いた。アンタも十分寂しがり屋だろうと言い換えそうかと思ったが、すぐに母が間に割って入ってきたので言えなかった。そんな二人を見て、私は少しだけ葬式に力を入れてやってもいいかな、と思った。
「私の話は以上だ。堅苦しい、つまらない話だったが、聞いてくれてありがとう。これからも肩に力をいれず、私と接してくれ。私と皆は、友人だからな」
 社長コールが巻き起こる。本当にこの叔父は好かれているのだなと思い、見ている私の方がこそばゆい気持ちになってしまった。佐藤さんが社長に微笑みかけている。できてんのかアンタら。
「さあ、皆! 俺達のパーティはまだまだ始まったばかりだぜ! この後も存分に楽しんでおっふぉう!?」
 一瞬の出来事だった。叔父が、突然バク天したかと思うと頭から地面に落下し、ごきりと嫌な音をマイクに拾わせた。再びしんとする会場に、はらりとツインテールのかつらが舞っていた。佐藤さんが、社長に近づく。胸に頭を押し当て、立ち上がって一言。
「……えー、では、社長との最後のお別れをしたいと思います」


 酔狂だ、と私は思った。そしてもう、彼の葬式には絶対に出席しないことを決めた。


                                      了



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