【 そんな破天荒にされても 】
◆D8MoDpzBRE




25 :No.08 そんな破天荒にされても 1/5 ◇D8MoDpzBRE:07/10/14 02:10:08 ID:k5GFLHmN
 男らしさに憧れていた。初めの頃、それは漠然とした憧憬に過ぎなかったが、次第に熱を帯びるようになった。
周りの級友たちと比較して、第二次性徴と呼ばれる成長期がやや遅く到来したことが、僕にそのような願望を植
え付けるきっかけとなったのだろう。中二の夏にようやく声変わりを経験し、そこから伸び遅れた身長を取り戻す
戦いが始まった。
 高校入学を果たした春当時、男らしさの追求は最も白熱しており、生まれ変わった自分を迎え入れるためのい
わば過渡期を迎えていた。
 それ故か、『破天荒部』という看板が僕の目を引いた。高校入学直後の、放課後のことである。本来用具室とし
て使用されている部屋の扉に、小さく『破天荒部』と書かれた表札が掲げられたその雰囲気は、破天荒と言うに
は程遠かったが。
「失礼します」と言いながら扉を開けた僕を、第二の失望が襲った。
 部屋の隅には二人のメガネが並んでいて、共に受験参考書に没頭していた。二人とも同じくらいの背丈で、似
たような形のメガネをかけている。髪型までもが中途半端な長さの七三と共通していたから、最初は双子なのか
と思った。二人がそれぞれ杉浦・森山と名乗ったために、双子なのではなくて、没個性が皮肉な競演を果たして
いるだけだと知った。
「ああ、新入生だね。僕たち高三は来年受験だから、部の運営には表だって関わっていないんだ」
「二年生で部長の里山がそろそろ来るから、それまでは申し訳ないけれど、その辺でくつろいでてね」
 くつろぐスペースもない用具室でそのようなことを言うのは、ある意味破天荒さの現れかも知れない。
 とにもかくにも、パイプ椅子がたくさん折り重ねられた山の上に腰掛けて、僕は里山部長を待つことにした。
 程なくして、用具室に小さな女の子が入ってきた。色白で、肩に掛かる程度の黒髪、細い赤縁フレームのメガ
ネ。見た目には中学二年生くらいかと思われたが、里山と名乗ったために高校二年生だと分かる。
「おい、そこのメガネたち。今日はもう帰っていいよ」
 顔つきのかわいらしさとは裏腹に、里山の言葉遣いは横柄だった。そもそも自分だってメガネのクセに何を言
うか、と思う。破天荒だ。
「ありがとうございます、部長」
「お先に失礼します」
 どちらが先輩なのか分からない。こそこそと部屋を抜け出していった二人組が何のために破天荒部で部活動
を行っているのかは、甚だ不明であった。
「あいつらは、頭数合わせ。活動実態のある部員三名をそろえることが部存続のための絶対条件だから」
 二人だけを残してがらんとした用具室内で、里山が言った。悪びれた様子はない。不敵と言うよりむしろ無邪
気と言った方が正しそうな、そんな笑みを浮かべている。

26 :No.08 そんな破天荒にされても 2/5 ◇D8MoDpzBRE:07/10/14 02:10:26 ID:k5GFLHmN
「新入生の高本です。入部希望なんですけど、ここではどんなことをやっているんですか?」
「あんたバカ? ここで何かやっているように見えるわけ?」
 里山が驚く。ここでも立場が逆なんじゃないか、と思う。驚きたいのは僕の方だ。
 用具室内を見渡すと、確かに部として活動しているような形跡はない。見事に、パイプ椅子の山であるとか清
掃用具の束であるとか、そのような器材が雑然と並んでいるだけだ。
「ああ、そうそう。実は、最近一つだけ本腰を入れて企画してるプロジェクトがあって」
 突然、堰を切ったように里山が切り出した。
「表立っては言えないんだけれど、芸術性に特化したヌードグラビアを撮影したいと思ってて、機材とかロケー
ションを準備してるの。カメラとかにも当然こだわるつもりだけど、慣れれば扱いは難しくないよ。とりあえず今日、
リハーサルって形で始めてみようか。被写体は私でいいから」
 え、と開いた口がふさがらない。
 里山が手持ちのバッグから、一眼レフのカメラを取り出した。どうやら本気らしい。
「ほ、本当にやるんですか?」
「ちょっと、高本クン、だっけ。イヤらしいことでも想像してるの? 言ったでしょ、芸術性に特化したものだって」
 そういう問題ではないと思う。
 否が応でも里山の体つきに目がいく。小柄で華奢な里山の体にも、胸とか腰とかには女らしい曲線なんかが
配置されている。
 芸術って奥が深い。僕には、浅い部分までしか見えない。
「二階に和室があって、昔は華道部とか茶道部があったんだけれど、今は使われてない。探せば分かるから、
十分後くらいに来て。待ってる」
 そう言うと、里山は僕にカメラを手渡した。ずしり、と手にしたカメラの重さを感じる。
 用具室を出る前に、里山が振り返って言う。
「可愛く撮ってね」

 ――その後のことは思い出したくない。苦いトラウマだ。
 結局、茶道部は存在した。僕はカメラを構えて、淹れたての抹茶の香り漂う茶道部の部室に押しかけた。新聞
部の取材だと嘘を吐いて、使い方の分からないカメラを故障だと言い逃れて、そそくさと退散した。もう二度とあ
んな経験はしたくない。
 里山は、以前は映像部に所属していた。当の映像部は、どちらかというと真面目な活動方針を貫いているらし
く、「あんな連中と一緒では私の芸術性は開花しない」などと宣って里山が勝手に立ち上げたのが破天荒部だ、

27 :No.08 そんな破天荒にされても 3/5 ◇D8MoDpzBRE:07/10/14 02:10:45 ID:k5GFLHmN
という話だ。破天荒な写真を撮りたいのだそうである。そのために、僕なんかは何度虐げられたか分からない。
 いきなり里山のビンタを食らったり、ある時など、警官のコスプレをした人たちに突然逮捕されたり、とにかくあ
らゆる特殊な状況においてリアルな表情を撮りたいという里山の無茶苦茶な要求を、身を呈して適えてあげた。
 男らしさを磨き上げようとの思惑で入った破天荒部で、僕はその機会を奪われた。破天荒なのは部長だけ。
幽霊部員の杉浦と森山は置いておいて、僕は里山の忠実な手駒に過ぎなかった。

 ある日のことである。
「おーい、高本。文化祭用に映画撮るよ」
 八ミリビデオカメラを構えた里山が、唐突に切り出した。
「今度はハリウッドに進出ですか。この間杉浦さんと森山さんを使ってリポビタンDのCM撮ったばかりでしょ。も
う飽きたものとばかり」
「今度のは恋愛サスペンス。私がヒロインを務めてあげるから」
 サスペンス、と言う部分が少し引っかかったが、断ってもろくなことがないことは知っている。リポDのCM撮影
時の裏話だって、筆舌に尽くしがたいモノがある。ここは素直に応じることにした。
 外の季節は初秋にさしかかっていた。放課後の校外は秋晴れの下に澄んだ空気を漂わせていて、撮影には
おあつらえ向きである。
「じゃあ、ここで二人は深い憂愁に満ちた別れを遂げる。駆け出す私を、高本は必死で追いかけて」
 カメラを三脚で固定して角度を調節した後、里山が僕に指示を出す。台本は用意されておらず、台詞もない。
いくら何でも適当すぎでは、という感想がよぎる。
「二人はなんで別れるんですか?」
「些末な部分はいいの。今回の悲恋には関係がない」
 関係ないわけがないのだけれど、里山が走り出してしまったので、僕はそれを必死で追う。里山の足は中々
に速い。角を曲がったところで、「カーット」と里山が追う僕の手を遮った。
「次は、公園であんたが私を追いかけるところ」
「追いかけてばっかッスね」
「切ないでしょ?」
 公園で、やはり僕は里山をイヤと言うほど追いかけた。追いかけ回して、思う。よくよく考えれば、おかしい。悲
恋で別れた相手を、果たしてここまで追い詰めるモノだろうか。
 しかし、結局はそうした疑問を差し挟む余地もなく、撮影は滞りなく進んだ。
「最後は、二人が公園の土管の中に別々の入り口から入り込んで、中で出会うというシーンね。中で何が起きた

28 :No.08 そんな破天荒にされても 4/5 ◇D8MoDpzBRE:07/10/14 02:11:09 ID:k5GFLHmN
かは、観客の想像に任される」
「丸投げですか」
「こういうのは、丸投げの方が素敵なの」
 そう言い残し、最後のシーンの撮影を開始した。里山は土管の左側から、僕は土管の右側からそれぞれ入る。
長さ十メートルほどの、長くてやや細い土管だ。四つんばいになって進むと、すぐに里山の顔が接近してきた。
歪んだ遠近感を感じた。
 こうして最後の撮影を終えた僕たちは、土管の中でお互いの苦労をねぎらい合った。
 観客の想像の中では、土管の中でラブシーンが繰り広げられるのだろうか? それをこの場で実演できないこ
とが、少し残念だった。里山がどう思っているかは知らない。

 いよいよ、完成品が文化祭で上演されることとなった。大して期待をするわけでもなく、僕も封切りに合わせて
上映場所となる講堂の席に着いた。
 ――残りのシーンの大半は、私のモノローグで占められているから。
 と里山が語った映画のタイトルは、『美人姉妹探偵の悲劇〜ストーカー殺人事件簿〜』だった。恋愛と言うより
はむしろ圧倒的にサスペンスなのだろう。本編前に流れるリポビタンDのCMも上々の出来だ。
 シーンは里山の自宅から始まる。閑静な住宅街で一人暮らしをする若い女性。彼女の部屋の私物が無くなっ
ていたり、置物の位置がずれたりしているという日常的な異常を主人公が察知する展開から、サスペンスは動き
出す。主人公をつけねらうストーカーの存在が見え隠れする。
 次いで、怪しい人物を街角で見つけ、いきなり張り手を張るシーン。被害者、いや加害者か、とにかくビンタを
食らっているのは僕だった。こんなシーンまで隠し撮りされていたことに、純粋な敬意を覚える。となると、その
後の展開も、オチまでもが何となく分かった。
 主人公が通う茶道教室に、盗撮目的の男が押し入るシーンもあった。茶道部も全員グルだったということか。
ある意味鮮やかな展開に、思わず唸る。
 最後、男が主人公を追いかけ、土管の中で彼女を殺してしまう。無念、被害者は血まみれになって翌朝発見さ
れる。なんて後味の悪い作品なんだろう。こういうモノを思い付く里山は、ある意味破天荒という域を超えている、
と思う。
 しかし、この話には続きがあった。被害者の双子の妹が実は探偵で、犯人を捜し出すために奔走するという、
サスペンスならではの展開が用意されていたのだ。探偵の妹役は、メガネを外した里山が演じている。
 数少ない物証から犯人を追う探偵。決め手は、茶道教室に通う高校生の証言だった。
 ラストシーンには、ご丁寧にも僕が逮捕される瞬間までもが収められていた。感無量である。僕の演技は迫真

29 :No.08 そんな破天荒にされても 5/5 ◇D8MoDpzBRE:07/10/14 02:11:29 ID:k5GFLHmN
を越えて、逮捕された瞬間の驚き、無念をも表現していた。

「面白かったでしょ」
 相も変わらず、里山からは悪びれた様子が感じられない。むしろ誇らしげですらある。
「とんだ恋愛サスペンスでしたね。恋愛要素があればもっと良かったのに」
「歪んだ愛も愛なの。恋愛ってそうでしょ?」
 そう言われるとそうなのかも知れない。分からない。
 映画はことのほか好評で、全校規模の支持を集めた。僕のリアルな演技が素敵、なんて感想もあった。撮影
の経緯から考えて、リアルなのは当たり前である。
 一仕事終えて、里山も上機嫌であった。破天荒イズ・マイ・ライフを満喫して、伸び伸びとしている。だからこう
いう日くらい、里山を褒めてあげてもいいのかも知れない。
「部長。メガネを外した姿も素敵でしたよ」
「うるさいよ。高本ごときに私の何が分かるってのさ。これは伊達メガネだし」
 照れ方までが横柄なのが里山らしかった。思わず吹き出してしまう。それが余程不満だったのか、里山はいよ
いよワケの分からない文句で僕を罵った。何が可笑しいのさ、死んで詫びろ、と。
 明日、里山が伊達メガネを外していたら、僕の勝ちだろう。でも、そんなことは起こらないような気もする。多分
起こらないだろう。
 いつかまた、あの土管で映画を撮ってやろう、と思った。その時は、どのような脚本にしようか。それは、未来
の僕たちに丸投げしてみることにする。若しくは、気まぐれで物好きな神様に。

[fin]



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