【 転校生侵略者 】
◆h97CRfGlsw




96 :No.22 転校生侵略者 1/5 ◇h97CRfGlsw:07/09/30 23:27:43 ID:JUYf/ZEI
 視線の先で、山田が転校生の女の子に鼻を伸ばしている。そんなアホの山田が彼女であるところのは私は気が気ではない。しかし、確かに美人だと思わざるをえない程、転校生――佐藤美香は、優れた容姿をしていた。
長く艶やかな髪が、開け放たれた窓から入る微風に撫でられ、冗談のようにきらきらと光の粒子を撒き散らしている。気障っぽくかき上げてみたりして、その美しさをこれでもかというほどに見せ付けていた。
 そんな烏羽色の髪だけでも目を見張るものがあるというのに、なにを欲張ったかセーラー服の胸の部分が異様に大きく膨らんでいる。今や清純の象徴とも言える黒髪に、凶悪な威力を誇る巨乳。もはや反則である。
手を前で組んでいるせいで更に寄せ上がっている凶器の割に肩幅は狭く、細くくびれた腰や滑らかな足とあわせてまさにモデル、いやそれ以上のスタイルを誇っていた。なんと忌々しい。
「皆様、はじめまして。今度転校してきた、佐藤美香と申します。どうぞよしなに」
そう淀みない声で言って、転校生佐藤美香はあまりにも優雅に頭を下げた。私が苦虫を噛み潰して余りある程のしかめ顔をしているのを余所に、男子達は狂喜乱舞とった感じで、教室が崩れるのではと思わせるほどの大喝采が起こった。
そりゃあ美人が転校してくれば嬉しくもなるだろう。その気持ちは十二分に分かる。確かに美香は美人だ。芸能人に混じってテレビに出演していて違和感なく、むしろ他の連中を食ってしまいそうな勢いだ。歌って躍らせれば、億万長者番付の上位に食い込むこと間違いなしだ。
 しかし。笑顔を振り撒いて、周囲の人間たちを早くも虜にしている美香の顔を眺める。神様が個人的に直接手を加えたのかと思わせる程、不気味さすら感じさせる均整の取れた顔。あまりに現実離れした美しさに、嘘っぽさを感じる。
 あの有名大作RPGのCGムービーに、ノーメイクで出演できそうだ。八頭身ゆえ当然のように小さな顔に大きな目が載せられ、長いまつげがそれを縁取っている。鼻筋の通った小振りな鼻に、思わず手を伸ばしたくなりそうな唇。淡く桃に染まった頬がなんともあざとい。
 つまり要するに、その美しさから非日常すら感じさせる美香は、どこか嫌な予感を感させる人物だった。特に根拠があるわけではないが、なんだか生理的ないやらしさを感じる。いや、彼氏が率先して大喝采に加わっているせいもあるけれどさ。
「では美香さん、あちらへ」
「ありがとう」
 教師まで完全に骨抜きにした美香は、指し示された席に向って歩き出した。さわ〜……なんていう効果音を伴わせながら、凛々しさすら感じさせる姿勢で――って私の隣の席かよ! うへぇ、マジかよ……。
 美香は目の前まで来ると、頭を抱えてうなだれる私の手を退けて、顔を覗き込んできた。遠巻きに眺めていたときはわからなかったが、間近に見ると本当に浮世離れした美貌だ。薄っすら光を放っているような気さえする。ていうかなんかいい薫りがする。フェロモンかコラ。
「美香です。これからよろしくお願いしますね」
 美香がふわりと笑顔を浮かべる。私が仮に男だったとしたら天にも昇るような気持ちになったのだろうかと思いながら、こちらを、美香のことを凝視している山田に視線を向ける。そのこともあってか、私は美香と目を合わせず、はいはいよろしくと投げやりに返事をした。
「じゃあ、このまま授業に入るぞー。ごほん! あー、皆、教科書の34頁を開いてくれ」
 なにを期待して気合なんか込めているのかあの教師は。それに同調して真面目に振舞いだした男子たちのせいで、教室内には妙な緊張感が生まれてしまった。一番後ろの席なのである程度客観的な立場でいられるが、前の方だったらと思うだけで息が詰まる。
 ……どうも、視線を感じる。どうやら私の予感、女の直感は的中しそうな雰囲気である。隣の席からの、焼け焦がすような熱視線。美香、貴様見ているな!というところだ。私はその絡み付くような視線に耐えかね、美香の方にちらと顔を渡した。
 美しいものには刺がある、なんて手垢のつきまくった表現をするのも如何かと思うが、まさに言いえて妙だから仕方ない。こちらに視線を送り続けていた美香の顔は、嫌らしくにやまりと歪められていた。
 天使の残酷性。美貌故の凄絶。私のいやな予感は、どうやら最悪な形で的中しそうである。じい、っと見つめられながら、私はもう家に帰りたくなった。
「これから、よろしくお願いしますね」
 思えば、本当にこの時点で家に帰って速攻で転校手続きをして行方を暗ますべきだったのだ。呑気に差し出された手なんか取ってる場合ではなかった。……柔らかい、柔軟材使ったのか。

 以上が、私と侵略者美香との、初遭遇だった。長い。

97 :No.22 転校生侵略者 2/5 ◇h97CRfGlsw:07/09/30 23:28:26 ID:JUYf/ZEI
 一限が終了したところで、私は座席から跳ねとばされる形で教室の隅に追いやられてしまった。というのも隣に涼やかな顔で座している美香が、質問攻めにあっているせいだ。
 クラスの積載容量を遥かに越えた数の学生が集まり、私はとうとう廊下にはじき出されてしまった。美人が転校してきたときなんかには嫉妬をむき出しにするのが常なはずの女子生徒まで参加している。というか教師までいやがる。
 まあ、あれだけ美人なら仕方ないか、と釈然としないものを感じつつも、私は山田を捕まえて時間を潰そうと辺りを見回した。山田は美香の取り巻きの最前線にいた。死ね。
 十分程の放課が終わり、他の学年クラス+教師が悔やみつつ帰っていく。皆が皆、薬でもキメたかのように顔を紅潮させていた。アイドルでもやればいいのにと思いつつ、やっと空いた席に戻る。
「凄いね、アンタ。学校にきて一時間ばかしで大人気じゃないか。これから大変そうだ」
「ええ。でも、もう慣れてますから」
 嫌味ない表情で言われ、私はもはやふーんと返す他なかった。あれだけの人数に囲まれてまったく物怖じしていない。アイドルよりむしろ教祖様でもやればいいのに。派生して政治政党作成も夢じゃない気がする。隣の席のよしみで幹部にしてくれ。
「それより、あなたは私に聞きたいこと、ないのですか?」
 そんなにっこりされても。本当に芸能人ならまだしも、ちょっとずば抜けて可愛い程度の転校生女子にわざわざ聞くようなことはない。少し自惚れが過ぎるのではないだろうか。
「別にないけど」
 素っ気なく言い放つ。が、なにを思ったか美香は表情をにへらと崩し、心底嬉しそうな顔をした。マゾかこいつ、と若干体を遠ざけてみたりしていると、授業中に喋るなと注意された。私だけ。これが格差社会か。
 そんなこんなで、と一言で流すのは簡単だが、色々と美香絡みで苦労しつつ、ようやっと昼食の時間を迎えた。ふぅ、と息をついて伸びをする。少し喧騒から離れて、山田と少し真面目な話をしよう。そんなことを考えていると、隣から声が飛んできた。
「あの、一緒にお昼ご飯食べませんか? お話しをしましょうよ」
 うわ……。なるべく目を合わせないように、鞄から弁当を取り出しついでに言葉を返す。放っといてくれよ……。
「……いや、別に私じゃなくても、他の連中とだな」
「あなたと食べたいんです。ねえ、いいでしょう?」
「私、昼は彼氏と……うっ」
 美香の方に顔を向けたのが間違いだった。たわわな胸の前で祈るように手を絡ませ、大きな目を潤ませての上目遣いは、見るものの心をズキューンとさせるに容易かった。
 きっと正面衝突、たとえ片手ケータイのよそ見運転速度オーバーで衝突されても、この顔を見せられたらむしろ謝りたくなってしまうだろう。そんな色仕掛けに私が、とは思っていたのだが、周囲から発っせられる色々籠もった視線もあって、首を折らざるをえなかった。

「絵里……俺、お前が彼女だったことを、今日ほど嬉しく思ったことはないよ……!」
 焼そばパン片手に感涙にむせび泣くバカの山田と、いちいちあざとい仕草で食事を口に運ぶ美香とを連れて、私たちは屋上で昼食をとっていた。後で山田は粛正するとして、美香さん、何故私にそんな近づくんですか。
 はあ、と溜め息をこぼしつつ、私も食事に集中することにする。美香と山田がにこやかに雑談に興じている。まあ、あれだけ人気があるといっても、美香はやはりこの学校には知り合いもおらず、心細いのもわかる。手近にいた私に声をかけたのもそのためだろう。
 うん、きっとそう。他意はないはずだ。
「絵里ちゃん、それおいしそうですね」
「ん?」
「それです。その、赤ちゃんのこぶし大のハンバーグがです」
「な……な」
 な、なんてことを言う。ぽろりとハンバーグをとりこぼしながら、なんとも楽しそうにによによとしている美香に顔を向ける。山田がどんくせーなーと言ってきた。死ね。

98 :No.22 転校生侵略者 3/5 ◇h97CRfGlsw:07/09/30 23:32:42 ID:JUYf/ZEI
 はあ、と溜め息を零す。美香が学校に着てから二日目の朝だ。学校に行くのが早くも苦痛になってきた。確かにウインナーは豚の腸詰だよ。でもそれを口に出す必要はないと思うの。黒ごまのかかった卵を目玉目玉と突き出してくる美香の顔を思い出して、また幸せが逃げていく。
 あの昼食(食欲が失せて食べられず、結局山田に取られてしまった。死ね)の後、再び席を追いやられ、山田が他の男子たちに美香と昼食を共にしたそという自慢をしているのを半目で眺めながら、その日は一人でとぼとぼと帰った。
 あの美香とか言う女のせいで、たった一日の間に生活環境が一変してしまった。食パンを加えて、少し早めに家を出る。普段は山田を起こして共に登校していたのだが、昨日の態度に腹が立っていたので家の前を素通りしてやる。遅刻するがいい。
 7時の半分を少し過ぎた頃の学校は人気がなく、静かな空間だった。私はこの空気を感じることで少しでも気を落ち着けて一日にのぞもうとしていたのだが、下駄箱に入って即気が滅入ってしまった。奇しくも私の隣にある美香の下足箱に、文字通りラブレターが詰まっていた。
 なんだコレ。一見して百通はくだらないであろう紙の束から、ためしに一通とって中を見てみる。これだけあれば一通くらいいいよねと思っての行動だったが、すぐあけなければよかったと思った。後で山田には熱湯を飲んでもらおう。
 なぜか女子や教師からの手紙が入っていた下駄箱を一瞥して、教室に入る。だれもいない教室は静寂に包まれており、朝の澄んだ空気とあわせて……澄んでない。どこかでかいだことのある芳わしいにも程がある薫りが、教室に立ち込めていた。
「あのですね、美香さん。そこは私の席なんだけど」
「……あ、おはやうございます」
「いや、おはようじゃなくてね。どけっての」
 私の机で美香が突っ伏して寝ていた。ず、と愛らしい仕草で涎を袖で拭い、ってアンタ私の机になんというテロを。失礼しました、といってハンカチで机を拭く美香を呆れ顔で眺めながら、この学校の何人があのハンカチになりたがるんだろうと考えた。頭が痛くなった。
 ふー、と鼻息を漏らしながら、鞄を机の端にかけて教科書を机の中に詰める。そういえば今日の英語の授業、英訳を当てられそうだったんだと思い出し、ノートを取り出した。よしやるぞとシャーペンを構えたところで……さっきからなんですか、美香さん。
「いえ、続けてください。私はここであなたを眺めていますから」
「いや……やりにくいにも程があるんだけど」
「大丈夫です」
「意味がわからない」
 美と純粋と慈愛という言葉を混ぜてこしたものの結晶みたいな美香。なにがそんなに嬉しいのか顔に微笑みを張り付かせ、私の顔に視線を張り付かせている。流石にそれで顔を赤らめるようなことはないが、居心地の悪さを感じる。
 こんな状態ではとても勉強など出来そうにない。しぶしぶと用具を机の中に片し、机に腕を突いて頬に手を添える。正直かかわり合いにならないほうがいいぜと頭が言っているし、きっぱりと鬱陶しいと言ったほうがお互いのためだろう。私は美香に顔を向けた。
「あのさぁ、はっきり言うけど……靴箱にラブレター詰まってたよ」
「ええ、靴を出すのが大変でした」
「うん……その感想もどうなの」
 神様の前で神のありがたさを説くようなものなのか。手紙出した連中が可哀想だなと思いつつ、結局美香の顔を見て何も言えなくなってしまった私はなんという情けない。お母さーんと笑顔で駆け寄ってくる子供に罵声を浴びせ掛けるような気持ちになってしまう。
 美香が不細工ならこんなことも無いのだろうかと思う。そんなこともない、のかもしれない。あれだけの人間に好意を伝えられて見向きもしない美香が、どういうことか私になついてる、のか遊ばれているのかわからないが、どっちにしろ構って欲しがっている節があるのだ。
 転校生ということもある。そんな彼女をむげに鬱陶しいと切り捨てることは、ちょっと私には出来そうもない。何度目かの溜め息を漏らしつつも、美香にほんの少しだけ微笑みかける。返された。……私とは威力が違うな。

99 :No.22 転校生侵略者 4/5 ◇h97CRfGlsw:07/09/30 23:37:06 ID:JUYf/ZEI
「というか、アンタはなんでこんな朝早くに学校着てるのさ。うち、教師すら八時半回んないとこない人ばっかだから、遅刻しても問題ないよ? まあ、アンタの場合は何しても許されそうだけどさ」
「そうですね。理由を聞かれれば、あなたに会いたかったから、です」
「……そう」
 山田が聞けば、泣いて喜ぶであろう言葉だ。くたばれ山田。というかなんだ、私は決して女に欲情するタイプの人間ではないのだが。どういう意図か図りかねて、苦笑を漏らすしかなかった。
「まあ、慕ってくれるのは嬉しいんだけどさ……。私なんかと仲良くなっても、アンタは別に得しないよ?」
「違うんです。やっと見つけたんです、あなたみたいな人を」
「は?」
 ずずい、と美香が体を乗り出して迫ってくる。近づかれた分だけ体を引いて離れる。そこはかとない危機を感じる。無邪気の語源はコイツなのではないかと思わせるほどの可愛らしい笑顔を近づけられ、嫌な気はしないが嫌な予感がする。
 とうとうスイッチが入ったのか、美香が立ち上がってしまった。私も慌てて立ち上がろうとするも、膝の上に腰掛けられてしまい、身動きが取れなくなってしまった。軽いなコイツ、忌々しい。肩に手を置かれる。顔が近い。
「私、ずっと探してたんです。あなたのように、私に媚びない人を。私と対等でいてくれる友人を」
「意味がわからない」
「最初に挨拶をしたときに気付きました。あなたは私に素っ気なくしてくれます。私の機嫌を取ろうとしません。私を外見で判断せずに、私を他の人と同じように扱ってくれます」
「いや、まあ……」
 マゾなのかサドなのかはっきりして欲しい。朝っぱらからまた意味不明な状況に追いやられてしまっていることに今更気付き、私は肩をつかまれながらがっくりと俯いた。美香が言葉を続ける。
「私、こんな容姿ですから、皆お姫様みたいに扱ってくれるんです。見てましたよね、いつもあんな感じなんです。望んでないのに、美人過ぎてあんなことになってしまいます。だからずっと、私には友達らしい友達がいなかったんです。でも、見つけたんです、あなたを!」
「見つけないで欲しかった……」
「どうか私と、対等な友達になってください。確かにあなたは私に比べればすっぽんです。この茶髪もはっきり言って似合ってないです。足も太いですし、目つきが悪いです。でも、いいんです。友達だから、いいんです。お願いします、友達になってください」
「それは喧嘩友達という理解でいいのかな」
「私、あなたと相性ぴったりだと思うんです。あなたもそう思いませんか? 思いますよね? 思います。思いました。あなたは思いました! 私たち相性ぴったりです! だから友達になるべきなんです。親友になるべきなんです。ね?」
 どうやら私は、昨日今朝からずっと地雷にスタンピングをかまし続けたいたらしい。ずんずんと胸を押し付けて体を密着させてくる天使のような容貌をした美香に、私はただがくがくと揺さぶられるほかなかった。
 きっと幼年の頃から周囲にちやほやされすぎて、美香は立派に性格の歪んだ少女に成長してしまったらしい。ずけずけと人が気にしていることをのたまってくれる所を見ても、私の推測は間違いない。というか、彼女の周りにはむしろもっと言ってくれという奴ばかりだったのか。
 必死に私の気のひこうと、私の上でべらべらと澄んだ鈴の音のような声で色々まくし立てる美香に顔を向ける。この子はまともに友達の作り方もわからないらしい。やっぱりあなたは美人でしたって、今更フォローしても遅い。
 羨ましくも痛ましい。そんな複雑な思いを抱きながら、美香の顔に手をそっと添えてみる。びくりと美香は体を跳ねさせると、おそるといった感じにてを重ねてきた。可愛らしい子だ。外見もだが。というか湯上りの卵肌が如き手触り。うぜえ。

100 :No.22 転校生侵略者 5/5 ◇h97CRfGlsw:07/09/30 23:43:05 ID:JUYf/ZEI
「いいよ。わかった。友達になってやろうじゃないか。あんたが期待してる程私はいい人間じゃないだろうけど、まあそこまで言うならむげには断らんよ」
「ほ……本当ですか?」
「何を今更」
 どうせ断ったところで、こっちが根負けするまで付きまとってくることは明白だ。毎日毎日弁当の具にグロテスクな表現をされても困るというものだ。……いや、もしや私のダイエットのためなのか、あれは。
 今度は美香が顔を俯ける。私のスカートをくしゃりと掴んみ、肩を震わせていた。出来れば下着が見える前にはなして欲しい。そんなことを考えていると、唐突に美香は私の頭を抱きこんできた。感極まったのはいいが、私が極められてしまいそうだ。何カップこれ。
「ありがとう、ありがとうございます……。私、本当はずっと寂しかったんです。皆、私の外見しか見てくれないんです。私は人形じゃないのに、誰も本当の私と会話しようとはしてくれないんです。だから、だから……」
「ん、もういいよ、そんなことはさ。そのための私なんだろ? アンタと対等……かどうかはわからんが、まあ、これからよろしく」
「はい!」
 美香がぱあっ、という効果音を伴わせて顔をほころばせる。なんてあざといんだ。つられて微笑んでしまいながら、私はよしよしと美香の頭を撫でてやった。しおらしく頭を下げる美香。外見もそうだが、内面もなんとも愛い奴ではないか。すっと、美香が手を差し出してくる。
「……握手、したいです。友達の証です」
 滅多に見られないであろう照れくさそうしている美香は、私すらくらくらさせてしまう程の威力を誇っていた。う、うん、などととちらせつつも返事をし、美香の真白く柔らかそうな手を握り――
「――ガムじゃん」
「ぷ、くくっ……あはははっ! 引っかかりました! 引っかかりました!」
 うにょー、と私と美香の手の間をガムが伸びていく。こ、これか。これがやりたかったが為のブラフか、あの照れ顔は。けらけらと、歳相応の少女のように笑い出した美香を見て、私は怒る気が失せてしまった。
 大方、いつかやってみたいと思っていた悪戯を、朝早くに学校にきて準備して私を待っていたのだろう。そんな健気な美香を想像してしまって、誰が彼女を怒れようか。私はガムを剥ぎ取り立ち上がって、お腹を抱える美香を抱きしめた。
「楽しい奴だよアンタは。改めて、私の方からも頼むよ。私と、友達になってくれ」
「……大好きです、絵里さん」
 美香が私の胸に顔を埋める。この大和撫子然とした美人と仲良くなったことで、これからどんなハプニングがあるのだろうか。迷惑極まりない奴になりそうだと思っていたが、視点を変えれば退屈しない奴だった。
 美香にとって、私は初めての友達ということになるのだろう。もてはやされすぎた不幸を一身に受けたこの哀れな少女の期待にせめて応えてあげよう。私は美香の頭に顔を押し付けながらそう思い――

 教室のドアの前で呆然と立ち尽くす山田と目があった。
「……違うんだ、山田。これにはあまりにも深いわけが」
「さよならっ!」
 きらきらと涙を散らしながら、山田は乙女のような言葉を残して女の子走りで去っていった。ああ、山田、これは誤解なの、誤解なのよ。慌てて追いかけようとしたが、美香にがっちりと腰を抱きとめられてしまっていた。ど、何処にこんな力が。
「……誰にも渡しませんから」
 そう言って私に笑いかける美香の顔には、隠し切れないサディスティックが秘められていた。あうあうと口をパクパクさせるしかない私。とうとう地雷が、大爆発を起こしてしまったらしい。油断していた。あまりにも無用心だった。
 美香が心の底から嬉しそうにしている。私は抱かれながら、がっくりと彼女に体を預けるしかなかった。

 侵略者佐藤美香による、私の日常の破壊は、まだまだ始まったばかりである。
                                             終



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