【 ある、晴れた日のこと 】
◆DppZDahiPc




2 :No.01 ある、晴れた日のこと1/5 ◇DppZDahiPc:07/09/24 01:09:43 ID:SCEDXoXb
 俺は口に手をあてると、はふぅとあくびを一つもらした。
 シャツの胸ポケットに突っ込んである携帯電話を取り出し、時刻を見ると、まだ朝の六
時半。いつもならようやく起きる時間だ。
 だが頭は眠気から覚めていたし、布団に戻っても二度寝はできない気がする。目を瞑る
と目蓋の裏に、父さんのしょぼくれた横顔が蘇った。
 今朝珍しく早起きした俺は、母さんに言われて朝食の準備を手伝ったのだが。慣れない
ことをしたせいで、味噌汁を父さんが読んでいた途中の新聞にぶちまけてしまい、水気を
取ろうと布巾で拭ったら破ってしまった。
 新聞くらい、と思ったのだが。なにか興味深い記事が載っていたらしく、父さんは少し
ばかり落ち込んだ顔をして。『テレビでも見れるし気にするな』とは言ってくれたのだが。
 母さんにテレビ欄がないと不便だからと言われ、濡れ破れた新聞の代わりを買うため近
所にあるコンビニへ買いに行くことになってしまった。
 自分のせいとはいえ、折角の休日がこんな始まりかと思うと気が滅入る。
 家の近所といってもコンビニまで歩いて三分ほど、寝起きなせいか妙に長く感じる。
 それにしても、と俺は思った。先ほどから聞こえる、この「がりがりがり」という音は
なんなのだろうか?
 振り返ったり辺りを見回しても、そんな音のするものはない。
 まるで金属が道路をひっかくような音だと思った。
 十字路に突き当たり後は曲がればコンビニ――というところで、その金属がアスファル
トを引っかくような音源が目の前に現れた。そう、現れたのだ。
「ぬぬぬぬ」
 曲がり角の向こうから、自分の身体以上に大きなスコップを引きずった男の子。
 先ほどからしていた金属音は、スコップの先端が地面に擦れているせいでしていたのだ。
 男の子は顔を歪め、よたよたとした歩きながらも、少しずつ前へ前へと歩いていく。彼
の邪魔にならないように横を通りすぎ、コンビニへと向かおうとしたのだが。
「――いたっ! うぎゃっ!!」
 その声を聞いて振り返ると、男の子は躓いて転んだのか倒れていた。
 ほうって行くこともできたのだが。スコップの下敷きになり、なかなか起き上がらず、
呻き声をあげる少年を見捨てても後味が悪くなりそうだ。助け起こしてやることにした。
 工事現場で使うような大型のスコップを、小さな身体の上からどかそうと掴み上げる。

3 :No.01 ある、晴れた日のこと2/5 ◇DppZDahiPc:07/09/24 01:11:39 ID:SCEDXoXb
見た目以上に重い。
「おい、大丈夫か」
「……うん。だいじょーぶ」
「ならいいけど。一人で立てるか」
「うん」少年は答えると、地面に手を付き身体を起こした。「立てる」
 膝の一つでも擦りむいているかとも思ったが、多少服が汚れているくらいで怪我はして
いないようだった。転び方が良かったのだろう。
 少年は転んだ際についたものか、汚れた顔で俺へにこにこと笑みを向け。
「ありがとう」と言った。
「いや、別になんもしてないよ。それよりも、なんでそんな重いの持ってるんだよ」
 訊くと少年はどこか照れたように笑い。
「穴掘るの!」
「穴? 落とし穴でも掘るのか」
「ううん」少年は首を振り、笑顔のまま答えた。「違うよ。でも穴掘るんだ」
 理解できなかったものの、俺も同じくらいの年齢の頃には今では理解できないような遊
びをしていた覚えがある。高い壁の上に登っては飛び降り、鉄棒にぶらさがってナマケモ
ノの物まねをしたり、ヨーグルトをぐるぐるかきまぜて『パン工場!』なんてことをやっ
たりしていた。
 そうした遊びの大半が興味本位や流行だったり、テレビやなんかの真似だったり。その
当時、その年代でなければ分からない遊びも多い。俺に理解できないのも当然といえる。
 意外と特撮ヒーローものの巨大ロボットがスコップやツルハシを持って戦っていたりし
ていて、その真似なのかも知れない。
「けど、ならこんなでかい奴じゃなくてもさ。もっとちっこい奴にすりゃいいじゃないか。
これだとお前じゃ使い難いんじゃないか」
「それがさ、これしかなかったんだ」
「ふうん」
「助けてくれてありがとね、お兄さん。ぼくもう行かなくちゃいけないから、それ返して」
 俺は少年にスコップを返そうとして、躊躇った。
 そんな義理はないだろ? 声が頭の中で聞こえたが、どうせ急ぐ用事もないしとスコッ
プを返さず。


4 :No.01 ある、晴れた日のこと 3/5 ◇DppZDahiPc:07/09/24 01:11:56 ID:SCEDXoXb
「どこへ行くのか分かんないけどさ。また転びそうだから持ってってやるよ」
 俺がそう言うと少年は最初は断ったものの、繰り返し言うと、直ぐに首を縦に振った。
「そこまで言うなら付いてきてもいいよ。しつこいお兄さんだなあ、変なの」
「そりゃどうも」
 自分でも変だと思ったが、大したことでもない。人を助けるのに理由は要らないはずだ。
 それに、不思議な話だが。俺はこの少年をどこかで見ているような気がしたのだ。
 十歳に満たないような子供の知り合いはいないから、クラスメイトの誰かの弟だろうと考え、名前を訊くと少年は「ヒルカワセージ」と答えた。
 聞き覚えのない名前だった。蛭川とでも書くのだろうか?
 スコップを持った俺は、セージの道案内に従い見慣れた町の覚えのない抜け道を歩いた。
 歩き始めて二十分ほどが経つと、寝巻き代わりのジャージは泥と草汁でいい具合に汚れ
ていた。自分でもこうまでなって付き合う理由はないだろとも思ったが、それでも一度始
めたことだからやめることはしなかった。
「それにしてもお前――」
「お前じゃなくてセージだよ」
「……セージはいつもこんな遠くに遊びに来てるのか? 近所に公園とかあるだろ」
 セージは少しだけそれまでの勢いを失った声で答えた。
「遊びじゃないよ」
「……あ?」聞き間違いだろうか?「そうかい。ならなんで穴なんて掘るんだよ」
「それは穴を掘るためだよ」
「だからなんで穴を――って、まあいいや」
 俺には遊びにしか思えなくても、遊びじゃないのだろう。
 これは子供だからとかじゃなくて、俺がコイツのことを知らないからだ。
 解からないが、コイツにとって穴を掘るのはよっぽど重要なんだろう。
 俺にとって重要なのは「ところで後どれくらいで着くんだ?」ということだ。
 自分から言い出しておいて情けないが、多少足が痛くなってきていた。
 セージはんーと唸ると。「あと少し」答えた。
「さっきもそう言ってたじゃないか」
 どうしようもなくため息がこぼれていた。
 目的地に着いた時にはもう九時に近かった。
 一度母さんに連絡をいれたが、本当のことは言わず適当に誤魔化した。説明するには時

5 :No.01 ある、晴れた日のこと 4/5 ◇DppZDahiPc:07/09/24 01:12:13 ID:SCEDXoXb
間が必要だと感じられたからだ。それに喉が渇いていて、喋るのも億劫だった。
 それにしてもと思った。
「なんでこんな遠くじゃなきゃいけないんだよ。いつもこんなとこまで来てるのかよ」
 セージがここだと言った場所は歩いてくるような距離ではなく、地下鉄の駅にして三駅
ほど離れていた。帰りは地下鉄を使おう。帰りも喉に渇きを覚えるほどの距離を歩くのは
ごめんだ。
 それに距離だけの問題ではなく、見た限り子供の遊び場だとは俺には思えなかった。
 立ち入り禁止の看板がある程度の距離をもって並び、鉄線で囲われた雑木林。
 セージは「ううん、違うよ」首を横に振った。「ここに来たのは二回目」
「それで、ここでなにするんだよ」と聞いてから後悔した。「穴掘るんだよな? なんでここじゃなきゃいけないんだよ」
「なんでも」セージの即応、俺には解からない理由があるようだ。
「そうかい。ならここで待ってろ、今ジュース買ってきてやるからさ」
「うん、待ってる」
 俺はセージの返事を背に、喉の渇きを埋めるためジュースを買いに走った。
 自販機を探すのに十分もかけた俺が悪かったのかも知れない。
 ジュースを買って戻ってくるとセージはいなくなっていた。
 近くを探してみたもののセージの姿はなかった。
 待っているという言葉は嘘だったのだろうか? いや、もしかしたら友達でも来て遊び
に行ってしまったのかもしれない、セージは子供だからそうしてもおかしくはないし。俺
はただの親切なお兄さんでしかなく、あいつを束縛する権利はない。
 それにセージがいなくなったとして俺に不利益はない。
 本当に友達が来て行ってしまったのなら探しても見つけられないし、探す理由もないの
は分かっていたが、それでも探さずにはいられなかった。
 せめて別れの言葉の一つくらい言いたかった。
 俺は三十分ほどセージを探して雑木林の周りを走り回ったが、セージの姿は見つけられ
ず。俺は目の前に広がる雑木林を見て考えた、あいつはここが目的地だと言った。ならば
この中にあいつはいるのではないのだろうか?
 俺は数分悩んだものの、結果的には雑木林の中を探す決意をした。無駄に終わってもい
いから、自己満足であっても「探した」という結果が欲しかったのだ。
 ただ偶然関わったに過ぎない、それでもうやむやにして終わりたくはなかった。

6 :No.01 ある、晴れた日のこと 5/5 ◇DppZDahiPc:07/09/24 01:12:36 ID:SCEDXoXb
 そうして雑木林へ足を踏み入れようとした俺へ、後ろから声がかけられた。
「おい、ちょっと、そこは私有地だよ」
 その固い声にとぼけて誤魔化そうと思い。「知りませんでした」と言おうと振り返った
のだが、そこにいた人を見て、喉が詰まった。
 俺へ声をかけてきたのは濃紺の制服を着た警官が二名。
 入ろうとしただけで犯罪になるのかと緊張したが、そうではなかった。
「それと、君、もしかしたらこれくらいの小さな男の子と一緒に歩いていなかったか」
 俺はその問いに首を振って答えた。
 事情を説明しても警官二名は信用してくれたか怪しかったが、俺が雑木林の中を探した
いのだと説明すると、地主から許可を取り三名ほどの警官を呼んでくれた。
 即席の捜索隊は雑木林の中へ入ると、乱雑に並ぶ木々の間をすり抜け、それを見つけた。
 最初、俺には分からなかったが、俺とコンビを組んでいた警官がおかしいといって靴先
で掘り返した地面は、言われれば確かに他とは色が違っていた。
 どういうことかと訊くと、これは一度掘って埋めた跡なのだと説明してくれた。
 それは人間を一人埋めてしまえるほどの大きさだった。
 それから俺は雑木林から出され、中学の頃社会見学で来たことのあった警察署へ連れて
行かれ、母さんが呼び出され、母さん立会いの下警察から話を聞かれ、同じことを言った。
 事情聴取と言っていいのだろうか? 俺は正午になるまで警察で話を訊かれ、いくつも
のことを話した。
 セージと出逢った時間。何故セージと一緒にいたのか。何故あの場所にいたのか。
 そんなことを延々と話したが、セージが今どうしているかについては誰も教えてくれなかった。解放されたのは正午になってからだった。
 家への帰り道、昼食を買って帰るため立ち寄ったコンビニで、俺は今朝でかけた理由を
思い出し、カウンターの前に置かれた新聞紙を手に取り、呆然とした。
 新聞の一面にはこう書かれていた。
『豊幌市 男児誘拐事件 身代金払うも蛭川誠二(9)ちゃん帰らず』――と。その横には
俺が今朝出逢い、行動を共にしたセージとそっくりな少年の顔写真が載っていた。
「……何の冗談だよ」唇がそう呟いていた。笑いたかったが、到底笑えそうになかった。
 誘拐されていたはずの彼が何故俺と出遭えたのか。翌朝の新聞に載っていた今日の記事
が、余計俺を混乱させた。俺には何も判らない、だが一つ解かったことがある。
 俺の隣にいたセージは、あの時既に、死んでいた。
   了



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