【 炎上 】
◆0YQuWhnkDM




104 :時間外No.02 炎上 1/5 ◇0YQuWhnkDM:07/09/17 03:10:10 ID:yHl/CBbG
「こりゃ困ったことになったな」
 大きな椅子に寄り掛りながら王は呟く。まだ少年のあどけなさがどこかに見えそうなその顔は、苦虫を噛み潰
したように歪んでいる。
「まぁうちの得意分野はいくさごとくらいですからな」
 そのだらしない姿にひとつ咳払いをして、傍に控えた老人が真面目な顔のまま茶化す。不敬を咎められても仕
方のない言葉であったが、その場にいる誰もそれをただしはしない。何しろ老人の言葉は皆が承知していること
だったのだから。
「俺が出て済むならそれでいいんだけどな」
「いやさすがにそれは……少々。先頭にたって行かれると宣戦布告すると同じですからな」
 会議場というには簡素な部屋の大机についた人間の数はそう多くなかった。誰もがふたりの会話の緊張感のな
さに呆れたような、或いは面白がるような笑みを浮かべていた。小さく吹出す音すら聞こえる。
「王命である」
 場に小さな笑いが広がった頃、それを遮るような朗々とした声を王が響かせる。空間にぴりりと緊張が走った。
「ロロ・キーノ将軍をクライン帝国との和平会談において我が国ユミルの特使に任命する」
 一人の男に視線が集中する。王と年の頃は同じくらいに見える細身の男が静かに立ち上がり、膝を屈した。
「謹んで拝命致します」
「行かせたくねぇけどな」
 命を受けるロロを眺めながら王がまたふざけた調子で呟く。その言葉に含まれた真に迫った響きにロロは苦笑
いをこぼした。王はもっと冷徹でなければならない。
「親父のこともあるしよ」
 大陸に長年君臨した帝国の統治が地方に行き届かなくなってから久しく、ひとりの領主が反乱の声を上げた事
を契機に数々の勢力が台頭するまでに時間はさほど要しなかった。この国もまた、そのひとつが母体である。
「あのバカ親父、もうちょっと後先考えてやってくれりゃな」
 この土地はそもそもは騎馬民族ユミルの頭領がその勢力を恐れられ領主として封ぜられていたものであったが、
それゆえに争乱が起こってからは大いなる脅威となったのであろう。彼らは領主を反乱の疑いありとして首都に
召喚しようとしたが、それが反発の感情を煽った。
「そう仰いますな、お父上はご立派でした」
 しかし領主は叛意を否定する為にさしたる武装もせずに首都へと向かった。そして、殺害されたのである。実
際それに怒り心頭して兵を挙げたのはその子――つまりこの若き王であり、後先を考えないという言葉は彼にこ
そ相応しい気がするのだが。

105 :時間外No.02 炎上 2/5 ◇0YQuWhnkDM:07/09/17 03:10:43 ID:yHl/CBbG
「あーもう和平会談なんて罠に決まってんのに」
 今回彼らの頭を悩ませていた議題は、帝国側から突如として呈示された和平の申し出だった。屋台骨が崩れか
けているとはいえ未だ帝国は十分な脅威であり、小国が入り乱れるこの乱世において大国の侵攻を意識せずに済
むというのは大きい。何よりわざわざ和平を結ぶということは、頑なに各勢力を「反乱軍」として扱ってきた帝
国に、事実上国家として認めさせることとなる。
「そうとは限りません」
「ロロ、お前は甘い。まあどっちにせよ見過ごせないがよ」
 ただ、過去の事実の残す禍根がそれを信用することを躊躇させるのだ。和平の条件として、まず「会談を帝国
の首都で行うこと」を帝国は要求してきた。その意味するところは何か、嫌でも考えざるを得ない。相手はこの
和平がどれほど彼らにとって魅力的かを知っている、そしてその上で試しているのだ。
「ある程度名の知れた奴じゃなきゃあいつらも納得しないだろうし……」
 王がちらりと再び椅子についたロロを見やる。二人は帝国との戦線を開いてより並んで先頭に立ち、共に建国
の英雄と呼ばれる戦果を残した同志であった。
「お前は俺より頭がいいからな」
 背もたれにかかっていた体重を一気に移動させて勢いよく王が立ち上がる。机に手をつき全員の注目を集める
と、真直ぐにロロの目を見つめ口を開いた。
「和平は結べたら儲けもんだ。まぁ出来るだけ頑張るが軍備はさほど割けない……のは承知してるな。少しの手
勢のみで行ってもらうことになる。だが……生きて帰れ。それも王命だ。以上」
 その言葉を最後に会議は解散された。予想していたことではあったが、実際に敵地へ飛び込んで行くとなると
さすがに大きなプレッシャーを感じる。ロロが自分に納得させるようにひとつふたつ頷いて立ち上がると、いつ
の間にか側に来ていた王が肩を叩いた。もう会議場に他の人間はいない。彼が人を払ったのだろう。
「お前死ぬ覚悟とかしてんじゃないだろうな。俺は頭が悪いんだからまだ手伝って貰わねえと困るぞ」
「王……」
「いつまでもしゃっちょこばってんじゃねえよ。会議は終わった」
「……セレネ、一応王様なんだからもっと威厳とかそういうもんを大事にしろよお前は」
 言われた側は呆れたように眉根を寄せる。領主の息子ではあったが庶子のセレネは嫡子の兄が流行病で亡くな
るまで母の遠縁のロロの家に預けられ、二人は共に荒野まで遠乗りしては早駆けを競った仲なのである。
「ああは言ったが俺はお前が和平を結んでかつ生きて帰ってくるだろうと思ってる。いいか、全権預けっからな。
頼んだぞ」
 そう言うと王は何かをロロへ軽く投げて寄越した。きらりと光るそれを慌てて掴みとると、それは不思議な光

106 :時間外No.02 炎上 3/5 ◇0YQuWhnkDM:07/09/17 03:11:13 ID:yHl/CBbG
を放つ石のついた指輪。受けとめた彼の目が驚愕に見開かれる。
「ちょってめこれバカ何投げてんだ」
 それを見て王はいたずらっ子のようににやりと笑い、腕を頭の後ろで組んでみせた。慌てて突き返そうとした
ロロの手が宙に浮く。それは先祖から代々一族の頭領の証として伝わる指輪だった。
「全権預けるって言ったろうがよ」
「お前なぁ何度王様としての自覚もてっつったらわかるんだよこのバカ。大体国としてこれからやってくならこ
の指輪は王の証だろうがよ。こんな大事なもんを一存で持ってくの持ってかないのってなぁ、大体バレたら」
「俺は王だ」
 はっきりと強調するような口調で語りかけられ、思わず口を噤む。
「俺が生きていること、それが王の証だ。こんなもんはただの指輪だ。でもお前の力にきっとなる」
 突き出した手はそのまま多少の逡巡の後に下ろされることとなった。
「これは俺の甘さだ、それはわかってる。でもお前は……生きて帰れ」
「お前の為に?」
 ロロは幼馴染の目の中をじっと窺う。
「俺と、国の為にだ」
 王の証を、そこに見た。自然に膝を屈し、頭を垂れる。
「……我が親愛なる友人と、愛する国土と、臣民と、王の為に……最大限の努力を誓う」
「お前ここまで言っても必ず帰るって言わねえのは本当いい根性だよ」
 目を合わすと、二人は笑いあった。

「で、早く着いちゃいそうなんだけどどうするかな」
「勘弁して下さい将軍」
 夜営地で炙った干し肉を齧りながら副官がぼやく。特使という立場があれば帝国に入ってからもそれなりの待
遇を望めるだろうが、敵陣に身を寄せるというのはどうも居心地が悪い。ロロは数人の手勢のみを引き連れて市
街地を避け、静かに帝都へと向かっていた。それを特に妨害するものもなく、とんとん拍子に旅が進んだ結果、
指定された日時より二日も早く都の側へと到着してしまった。しかしさすがに敵陣の中央に何日も滞在すること
は躊躇われ、少しばかり都から離れた街の側でひとまず留まっているのだ。
「しかし思っていたより酷いもんだな、この荒廃ぶり……相変らず都はでかいが、地方の砦にはもう自分たちを
守るだけの余力しかないんだろうな。俺たちにちょっかいを出してこなかったんじゃなく、出せなかったんだ」
「これは和平の申し出もあながち嘘や罠ではなさそうですかね」

107 :時間外No.02 炎上 4/5 ◇0YQuWhnkDM:07/09/17 03:11:38 ID:yHl/CBbG
 期待をこめた副官の声に笑みを漏らす。死ぬ覚悟があったとしても、やはり誰も生きることを諦めたくはない
ものだ。ロロが何か彼に言葉をかけてやろうとした瞬間――叫び声が上がった。
「将軍ッ……都の様子が! おかしいです、空が……!」
 切羽詰った歩哨の声に素早く立ち上がると、都の方角を見やった。その場にいた者全員の目に映ったのは、紅
く炎の色に染まりつつある空。
 一瞬茫然とした後、ロロは振り返り叫んだ。
「総員騎乗せよ! 帝都へ向かう!」

 都は炎に包まれていた。民が逃げ惑い、そこかしこで叫び声が上がっている。城まではまだ火の手は届いてい
ないようだが、混乱の中同じ鎧を身につけた人間が切り結ぶ姿が見えた。
「クーデターか!」
 状況を確認した後、ロロは全員に兜を目深に被るよう伝え、火勢の弱い通りを縫いながら都からの脱出を始め
た。この混乱で事実上帝国は崩壊するだろう。急ぎ国へ帰り報告をすれば他国へ情報が伝播する前にユミルは自
国の周辺を固められる。そう考えていた。
 思索することで一瞬周囲への注意が途切れた時、通りの先から勢いよく槍が突き出された。馬が脚を傷つけられる
寸前、なんとかそれをかわしたロロはその主を見付けようと目を凝らし、抜いてあった剣を構えた。
「何者だ? 自分が刃を向けた者が敵かよく見ろ」
「それはこちらの台詞……だが大方予想はつく。ユミルの者だろう」
 ロロは内心舌打ちをする。自分達の素性がわかるほどの者とあれば一兵卒ではあるまい。もしやこれは自分達
をおびき寄せる罠も兼ねたものだったのではないか、そう心が騒いだ。
「……たいした殺気だ。貴公が和平の将だな」
「だったら?」
 つとめて静かにロロが口を開くと、まだ火のうつっていない建物の陰から偉丈夫が姿を現し、その手に槍を油
断なく構えたまま不敵に笑ってみせる。
「我々は今のところ敵対する立場にない。そう思うのだが?」
 自信に満ちた口調に、ロロはこの男こそがクーデターの首謀者であると直感した。やはり油断なく構えは崩さ
ず、その目を見つめる。そこには彼の幼馴染と同じ輝きがあった。
「……皇帝は?」
 彼がここにいることにひとつの確信をもってロロは呟いた。
「もうすぐ、皇宮からも火の手があがるであろうな」

108 :時間外No.02 炎上 5/5 ◇0YQuWhnkDM:07/09/17 03:12:06 ID:yHl/CBbG
 笑いを含んだその声を聞いた時、ロロは周囲に人の気配が増えていることを察して総毛だった。男の存在感に
気を取られ、包囲されかけていることに気付かなかったのだ。
「名を聞いておこうか」
 包囲に気付いたことを気取られぬように平然とロロは男に問いかける。この男は先の障害になり兼ねないもの
は潰しておきたいのだろうが、それにやすやすとやられてやる訳にはいかない。男に隙をつくればそれは出来る。
声高にされる勝ち誇った名乗りをまったく聞きもせずにロロは頭を働かせた。彼にはここで死ぬ訳にはいかない
理由があった。手が胸のあたりを自然とまさぐり、そしてぴたりと止まる。
「尋ねるということは当然貴公の名も聞かせていただけるのだろう?」
 もはや笑みを隠そうともしない男の様子に、どことなく調子付いた時の友人の姿を重ねながらロロは手綱の持
ち方をさり気なく変える。ユミルの兵士ならば必ず知っているサインだ。後方がそれを確認したかを知る術はな
いが、己と仲間に流れる血を信じた。
 首元に手をやり、かかっている皮紐を思い切り引っ張り出す。警戒する男に突き付けるように手の中のものを
掲げるとロロは叫んだ。
「我はユミルのサグの子にして王、セレネ・ヤート!」
 時間が止まったような一瞬に、そこに集った人間の視線がすべて輝く指輪に集中する。その隙を逃さずにロロ
は右手の剣を思い切り男に向かって投げ付けた。
「の友人のロロ・キーノだ覚えとけよ!」
 虚を突かれ、剣を防ぐことが精一杯の男に向かい馬を駆けさせる。体勢を立て直す前であればその身は蹄によ
って蹴り潰されるであろうかと思われた。だがすんでのところで男は身体を道の端に投げ出し、それを避ける。
深追いはせず、後に配下が遅れずついて来ていることを確認してロロは包囲を突破すべく予備の剣を抜いた。
「将軍、何やってんですか! その指輪!」
 追いすがってロロに並んだ副官が馬の蹄の音に負けじと彼に向かって怒鳴る。ロロは狙いどおりに包囲がまだ
完成していないことを確かめるとその薄い場所へと突っ込んでいった。
「こいつに命を救われたみたいなもんだ! ちょっと御威光を借りるくらいのこと目瞑ってな!」
 副官はその言葉を聞いて諦めたように大袈裟に溜息をつき、自らも剣を構えた。この上司をまず国元へ早く送
り返すことこそが自らの使命であると悟ったのだろう。
「いいか、囲みを抜けたら夜通し駆けてユミルへ帰るぞ! クーデターに俺たちが巻き込まれたなんて勘違いさ
れたらあの王様また激怒して都まで攻め上って来兼ねないからな!」
 炎に照らされたその顔は、この危機に心底楽しそうな表情を浮かべていた。
                                         了



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