【 英雄死なず 】
◆ZRkX.i5zow




2 :No.1 英雄死なず1/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/15 14:33:47 ID:ZoGqxEL0
「君は英雄になる気はないかい?」
 戦が終わり、突如女が言った。サンは驚いた。この戦いで今まさに相手の大将の首を討ち取ったばかりの「英雄」からそんな事を言われたのだ。どういう事なのだろうか。
「もう戦いは終わったじゃないですか。貴方の手によって」
「だから、この手柄を君にあげようと言っているのだ」
 サンは大きな声を出して飛び上がってしまった。あまりにとんでもない事を言われたばかりに、思わず辺りをキョロキョロを見回し、人がこちらに注目して
いない事を確認すると密やかに言った。
「ぼ、僕にですか!な、何を言っているんですか」
 相手の女はニヤリとして言った。
「私はこの戦いの他にも手柄をあげていてね、いろいろ大変で大変で。英雄だとか勇者というのはアキアキなんだよ。しかしだね、相手の首を取ったとなれば
美味いモノも食えるし、女の踊りも見られるし、言う事ないのも確かだ。それをむざむざ捨てるのももったいない。そこでだ、この喜びを他の誰かと分かち合えば
良い。私を君の側近、真の英雄は君にという事にするんだ。そうすれば私も飯が食える。君も喜ぶ」
 なんて事を言うんだろう、大変なのは分かるが、アキアキだなんて。サンとは言えば、この人の後ろにピッタリとつき、運よくも倒される事なくドサクサに
まぎれて一緒に本陣に突入しただけだ。
 女は萎縮してしまったサンの肩に腕をかけ、耳元で身振り手振りなおも話しかける。
「幸いな事に私が相手の大将を討った所を見たのは君だけだ。他の連中は相手の取り巻きに必死だけだったし、私の近くにいた君が適任なんだがね。それとも、
嫌かい? 英雄と呼ばれるのは」
「と、とんでもないです!」サンは慌てて頭を振った。「でも、本当にいいんでしょうか……」
「なあに、私はさっきも言ったとおりこれまで何度も相手を討ってきたからね。構わないよ。それに戦いの最中、君の戦いぶりを見せてもらったがなかなかの腕だ。
敵の本陣に乗り込んだ時点で誇れるものだと思うがね。英雄と呼ばれるに十分相応しいよ」
 サンは思う。戦いの最中に周りの事を把握できるなんて、凄い腕に違いない。本当にこの人はこれまで数々の大将の首を獲ってきたのだろう。裏があるとも思えない。
「もう一回聞くが、どうだい、引き受けてくれるか」
「よ、喜んで!」嬉々として頷いた。心臓は本当に自分が大将を討ち取ったかのように興奮している。「あ、あのお名前はなんというんですか?」
「ブセン、だ。まあそんな事はどうでもいい。今から報告する為に君がどういう風に英雄になったのか詳しく打ち合わせないと。私の言うとおりにすれば間違いはない。いいか、まず……」


3 :No.1 英雄死なず2/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/15 14:34:15 ID:ZoGqxEL0
 サンはこれまでに無い程、至福の時を過ごしていた。
 将軍に報告した時のあの満足感というのは無かった。多少後ろめたかったが、それでも嬉しさには変えられない。
「さあ今日は祝いの宴だ。ここに座ってゆっくりと楽しみたまえ」将軍は言った。こんなに近くにそんな偉い人が自分の為にしてくれることがこそばがゆかった。
「ささ、今日はお飲みくださいませ」右隣から女が杯を差し出してニコリとした。「いやーさぞ大変だったでしょう」
「いや、それなりに……ハハ」
 今度は左から別の女が身を乗り出して言った。「どんな戦いだったんですか? 教えてくださいよ」
「ああ、そうですね、ぜひとも今回英雄サマの武勇伝、じっくり聞いてみたいですわ」
「ハハハ、じゃ、じゃあ……」
 慣れない女に戸惑いつつも、ブセンからの話を思い出しながらサンは語った。
 それから女達の踊りや、どこぞの見たことも無いお偉いさんからの会話、食べた事も無い料理など、サン良い事づくめだった。一生分の幸せを使い果たしてしまったみたいに。
 宴が終わる頃にはすっかり日が変わってしまい、外はシンとしていた。一緒に参加していた筈のブセンを探してみたが見当たらない。
「先に帰ってしまったのかな……ウウッ」夜風にあたったせいか、武者震いがした。「今日はもう休もうか……」
 用意された宿泊施設に行き、サンの二階にある部屋は随分と殺風景なものだったけれど、サンはぐっすりと休んだ。

 朝になれば殺風景だった部屋は、実は窓の景色が素晴らしい事に気がついた。朝日に照らされた森とその向こうに見える海がまぶしく、朝から素晴らしいものが
見られたサンは今日はなんだか良い事が起きる、そんな予感がした。
「あ、ああ、もう起きてらっしゃいましたか……」ノックの音がして、入ってきた宿主の三十ほどの女はサンを見るなりそう言った。「すぐに食事を持ってこさせますので……」
「あれ、下に食堂があったと思うんですけど」
「いえいえ! そんな、戦の英雄にわざわざ降りていただかなくても! 今すぐ持ってこさせます!」
「は、はあ」
 なにやら女はドタバタと下へ降りに言った。何か慌てていたようだけども、他に心配事でもあるのだろうか……。ならばあまり迷惑をかける訳にもいかないな。本来
客がそんな事気遣うのも変な話だけれども、本来なら泊まる事もなかった宿だ。そそくさと朝食を食べ、すぐに出ることにした。
 さて、これからどうしよう。褒美と言って金も結構もらった。ここから東の山を越えた所に村があると前に聞いた事がある。そこにでも言ってみようか。ならばまずは少し食料を
買う必要があるな。そう思い、食料屋に行くことにした。
 市場をを歩く。人混みの中、何故だろう、視線を感じる。昨日の今日だからまだ注目を集めるのだろうか。それにしても、サンが想像していたような出会えた喜びの
眼差しではなく、何故コソコソと見ているのだろう。緊張してるのか?
「あれ……」
 食料屋はどこだったかな……。駄目だ、まだ昨日の酒が抜けきっていないのか。なんとなく酔っている感じだ。


4 :No.1 英雄死なず3/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/15 14:34:41 ID:ZoGqxEL0
「もしもし……あの、食料の調達をしたいのですけども」
「悪いが、知らないな」
「この街には無かったか?」
「そう、ここはいつも外の村から運ばれていたはずだけどな」
「その運ばれたモノを売る店があるんじゃないですか?」
「しつこいな、知らないものは知らないんだよ!」
「あんたは将軍様に買ってもらったらどうだい」
 サンの頭に?が浮かんだ。何を言っているんだろうか、この人達は。ふむ、確かあそこの角を右だったか。……見つけた、あそこだ。勘だけもなんとかなるものだな。
「ごめんなさい、ちょっと食料を買いたいんですが」
 主人は驚いた顔をして、「あ、アア、あるだけ持ってけよ、か、金はいらないからさ、早くし……いや、ごゆっくり」
「いやしかし、金を払わない訳には」
「いいえ、サービスですよサービス。どうぞどうぞ」
「……」
 気が引けた。とは言って買わない訳にはいかず、それ相応の金を黙って置いていった。
 何故こうもギクシャクしているのだろう? 英雄というものは称えられるものではないのか?
 ぼんやり歩いているといきなり何かに引っ張られた気がして、実際に腕を引っ張られてサンは流れのままに流される。
「ちょ、ちょっと!」
 言う間もなく、急に腕を放されてサンは尻餅をついた。顔を上げると、そこは薄汚い路地で目の前には大の男が三人。少なくともサンよりかは数倍大きい。
「へっ、こんなちょろいヤツが英雄たぁな」
「おい、お前、賞金貰ったんだろう? ちょいとそれ、くれないか?」
 言って、男が突き出したのは二の腕程の長さの短剣。……マズイ、今は武器を持っていない。
「ちょ、ちょっと待って!」
「グダグダ言わずにさっさと出せよ」
 男共の向こうをチラと見ると幾多もの人と目が合った。しかしそれはすぐに逸らされる。
 何という事か、ここの村はこれほど薄情だったか? くそう、金さえ渡せば散ってくれるなら渡してやる。
「こ、これだ」サンは金の入った袋を渡す。
 男共は袋の中の金を覗き見た。「なんでぇ、あまり入ってねぇじゃねえか。フン、もうお前には用はねえよ、おい、刺せ」
「なっ!」


5 :No.1 英雄死なず4/4 ◇ZRkX.i5zow:07/09/15 14:35:35 ID:ZoGqxEL0
 約束が違――そもそも約束なんてしていないじゃないか!ナイフを持った男の毛むくじゃらな腕が近づいてくる。ジリジリと下がる。どうする、後ろは行き止まりだ。
自分は刺されるのか?
「ウガアァ!」叫び声。倒れたのは、サンではなく、男共の一人。唖然とするサンにも慌てて振り向いた男達にも何が起こったかは分からなかった。
「ふん、『英雄』に手ぇ出すとはいい度胸じゃないか」
 男達の背後に立っていたのは、鞘に入れたままの剣を持った、ブセン。
「なんだぁ? この女」
「ほお、やるのか」女はでかい剣を鞘から少しだけ引く。「この私と」
「……ハン」男は袋をサンに放り、ナイフを投げ捨てた。三人とも睨みながらどこかへと消える。。
「武器だけ見て敵わないと思うなんて、あいつらも大したことないモンだ。なぁ、英雄サン」
「なんで、こ、ここに」
 ブセンはニヤリ。「だから大変って言ったろ。『英雄』の辛さが分かったかい?」
「ずっと、見てたんですか?」
「一部始終ね。これに懲りたらあまり次から前線に出ないことだねぇ。人々は皆君の事何百人殺したヤツとか思ってるからな。」ブセンはしつこく繰り返す
「なんたって『英雄』だから」
「……」
「ふん、君があまりに目ぇギラギラさせたてたから、ちょっとした戒め、さ。それに……」ブセンはクルリと背を向け、「金、大事にしとけよ、じゃあな」
「は、はい……あ、ありがとうございます!」
 振り向かずに手を振り、ブセンは呟く。「たまには、憂さ晴らしもしたくなるさ……」

 (終)



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