【 「一大事」 】
◆g/ZMVdytmo




2 :No.01 「一大事」 1/2 ◇g/ZMVdytmo:07/09/01 13:42:44 ID:NlOaeZDO
「大変だたいへんだ」
一匹の魚があわてて乙姫様のもとに駆けてきました。
「乙姫様大変でございます」
「まあ何ですか騒々しい。こちらは太郎様との別れを惜しんで
 悲しい気分に浸っているというのに」
「その太郎様でございます。あの太郎様に渡した玉手箱ですが
 間違えて罪人刑罰用の極刑箱を渡してしまっていました」
「なんですって」
さあ、と乙姫様の顔色が青くなります。
それもそのはず。罪人刑罰用の極刑箱は、開けたものを急激に
老化させ死に至らしめるという恐ろしいものだったからです。
「どうしてそのようなものを渡したのですか」
おろおろと慌てふためきながら乙姫様は魚に詰め寄ります。
「お、乙姫様乙姫様。そう強く引っ張られてはヒレがやぶれて
 しまいます。どうか落ち着いてくださいませ」
「これが落ち着いていられますか、ああ、どうしましょう」
そういうと、とうとう乙姫様は泣き崩れてしまいました。
「乙姫様。何もそう悲しむことはございません。太郎様ならば
 きっと箱を開けずにおいてくださいますよ」
宥める魚をキッと涙目で睨みつけながら、乙姫様は怒った様な
口調で叫ぶように言いました。
「では、もし太郎様が開けた場合はどうなるのです。太郎様は
 よぼよぼのおじいさんになって死んでしまうのですよ」
「それは約束を破った太郎様にもいささか咎がありますまいか」
「そのような些細な約束を破っただけで命を奪う、それも老人
 に姿を変えさせて殺す。そんな非道が竜宮城の客のもてなし
 だと、後の世に語り継がれることになっても良いのですか」
まくし立てる乙姫様の口調に、さすがの魚も事の重大さに気が
つき始めました。

3 :No.01 「一大事」 2/2 ◇g/ZMVdytmo:07/09/01 13:43:15 ID:NlOaeZDO
「うむむ。たしかに約束を破っただけで命を奪うのは、多少
 いきすぎのような気もしますな。とすればこれは一大事。
 竜宮城は血も涙もないなどと噂でもされては、明日からは
 日の当たる場所で泳ぐことができません」
「そうでしょうとも。さあ、何をぐずぐずとしているのです。
 早く亀に太郎様の後を追わせなさい」
「はっ」
しばらくして、使いの亀が戻ってまいりました。
今か今かと待ちわびていた魚と乙姫様は、亀を見るなり急いで
尋ねました。
「どうであった。太郎様はご無事か」
しかし亀は残念そうに首を振りました。
「時、既に遅く」
きゃあ、と短く叫ぶと乙姫様と魚は竜宮城を飛び出してしまい
ました。
それから二人がどうなったのかを知る人はいません。
噂では、乙姫様と魚は海の底で人目につかぬようにこっそりと
溜息ばかりついているということだそうです。

リュウグウノツカイ…
アカマンボウ目・リュウグウノツカイ科に分類される深海魚。
なぜ深海に生息しているかは不明。

おわり



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