【 頼れる者は 】
◆5GkjU9JaiQ




127 :時間外No.02 頼れる者は 1/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/08/13 01:04:44 ID:l3EpTN0/
薄汚いコートに、安物のリュックサック。拭いきれなかった油汚れの付いた顔に、ボサボサの髪。
多分、誰から見ても浮浪者にしか見えないだろう。
雨が降る中を傘もささず、うつ向きながらとぼとぼ歩く。
それでも濡れたくないと高架の下を歩けば、未来の自分を映し出したかのようなホームレス達。
半端者の末路。
今の仕事を始める直前、酒の席で友人に冗談混じりにそう語ったが、今は笑えない。全く。
揺れと遠鳴りが、貨物列車が共に少しずつ近付いて来る。
それが真上に到達した瞬間、唐突に俺は叫んでいた。
ふざけんな、畜生。糞野郎共が。失せろ、消えろ。さっさと頭強く打って死ね。
血走った目を真正面に向け、何もない、誰も居ない空間に向けてそんなことを。

やがて轟音が通り過ぎると、再び陰鬱な沈黙が高架に戻って来る。
酷く寒々しい気分だった。
頭には行き場を無くした興奮の熱が残っている。
拳は痛いくらい固く握られていて。
息は荒く、涎が口の端から少し漏れていた。
――ケダモノか、俺は。
こんな自分と向き合うのは、あまりに耐えがたいことだった。
まだ叫びたい衝動は内にあったが、もうケダモノの姿を隠してくれるベールはない。
再び疲弊しきった足を動かし、暗い足元を見てただ帰路を辿ることしか出来なかった。



128 :時間外No.02 頼れる者は 2/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/08/13 01:04:58 ID:l3EpTN0/
大学を中退した時には、何も考えていなかった。
取り敢えずアルバイトで食い繋ぐことは出来ていたし、両親もこんなどら息子を色々と甘やかしてくれていたからだ。
そんな自分が現実と向き合う羽目になったのは、ふとした縁で今の仕事を紹介して貰ってからである。
聞いた話と違う給料、劣悪な環境。怒鳴られ、蹴飛ばされ。認められず、愚痴る相手もなく。
辞めれば良いのかも知れない。ただ、昔から敵に背を向けるのは嫌いだ。奴ら――世間は必ず弱味に付け込んで来るのを自分は知っている。
何故なら弱さを理由に逃げ出して、こうなってしまったのだ。それが分かってしまったなら、戦うか耐えるかしか選択肢は残っていない。
――格好良く言えば。
要はさっきも言った通り、半端者の末路だ。
責任から逃げ出し、とうとう逃げ場さえ失った馬鹿の自業自得の結果。
手持ちの武器は、腐った性根に安っぽいプライド。
戦いますよ、人間は敗北の為に作られたんじゃございませんもの。そうでしょ?我が心の師、アーネストさんよ。

129 :時間外No.02 頼れる者は 3/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/08/13 01:05:12 ID:l3EpTN0/
思考の背景を白く染めたまま歩いていると、駅の改札前にいつの間にか立っていた。
過去を辿っての現実逃避もここで終わりだ。濡れた服で電車に乗るのは気が引けるが、こちらも家に帰らなければならない。まだ浮浪者になれはしない。これじゃ浮浪者になりたいみたいだけど。
切符を買い、改札を通り過ぎ。薄汚いプラットフォームを歩き、これまた小汚い階段を登る。
日常のルーチンに自分を埋めることが出来るかどうかが、社会に適応しているかどうかの基準だろう。
これを苦痛に感じている限り、自分にとって社会や世間は敵でしかない。もっとも、味方にする気も更々起きないが――

足が止まる。
うつ向いた視線の先で、濡れたコンクリートが輝いていた。
陽が、差している。
空を見上げる。
薄くなった曇り空の切れ目に、鮮やかな橙色。その中央で、眩い太陽が輝いていた。
不揃いの街並みが逆光を浴び、黒く陰を主張する。
プラットフォームは上下で交差しており、視界を遮る物は何もなく。
夕暮れが、濡れた街を彩っている。
赤い空が映えるのは、曇り空の暗さがあるからであり。
色や個性を失った建物は、顔を失った人々はただの背景に徹し。
本当に、良く出来た絵画にしか見えななかった。

130 :時間外No.02 頼れる者は 4/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/08/13 01:05:29 ID:l3EpTN0/
畜生。
呟いたが、顔はニヤついている。
敵に塩を贈られたか。
足を前に進める。
無人のプラットフォームに立つ、薄汚い男。――だっせえ男。
自嘲して気取るつもりはない。本気でそう思うから、笑いが込み上げて来る。

前向きに生きろ?上等上等。這い上がるだけ?結構結構。けど、外野から無責任に何を言おうが、生きてんのは俺だからな。
前を見ようにもお先真っ暗、足場も掴み所も覚束ないけど、生きてってやりますよ。
――お前らに負けたくないからな。


「人生とは、闘う価値のある舞台である」
アーネスト・ヘミングウェイ


―了―



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