【 誇張と脚色とフィクション過多の話 】
◆VXDElOORQI




122 :No.28 誇張と脚色とフィクション過多の話 1/4 ◇VXDElOORQI:07/08/13 00:59:37 ID:l3EpTN0/
 唐突だが、田舎ってのはいい。特に夏は都会よりも圧倒的にいい。理由は簡単。涼しいから。デメ
リットも多々あるが、涼しいことはいいことだ。俺の住んでいる場所も田舎なので当然、涼しい。
「あちー」
 それでも暑いものは暑いけどな。
「なんか漫画貸してー」
 俺が暑さにやられぐでーとしていると、妹が部屋に入ってきた。
「今日、学校休みだっけ?」
 たしか今日は平日だった気がする。
「夏休み」
 あー、夏休みか。そういえば世間の子供達は夏休みらしい。当然、妹も例に漏れず夏休みのようだ。
 妹は俺が一言も「貸す」と言わないうちから本棚を物色し始めた。
「ジョジョ読め」
「だが断る」
 やたらと俺がジョジョネタ使うので、読んでないくせにこういうのだけは知ってるから困る。
 俺はジョジョを頑なに読まない妹に制裁を加えるべく、すっと後ろから脇腹を突付く。
 妹はビクッと体を反応させるが、特に悲鳴をあげるわけでもなく、振り返る。
「やめろ」
「ふふふ。今のはメラゾーマではない。メラだ」
「ふーん」
 この空気は耐え難いものがある。
「……前、貸した漫画、面白かった?」
「普通」
 妹は漫画を持って部屋から出て行った。
 なんとも本の貸しがいがない妹だ。
 はぁ……どっか出かけようかな。


「本屋行ってくるから、車借りるわ」
 そう母親に告げ、俺は鍵を手に取る。
 本屋と言っても万年金欠な俺が行くのはもっぱら某チェーン店古本屋だ。

123 :No.28 誇張と脚色とフィクション過多の話 2/4 ◇VXDElOORQI:07/08/13 00:59:53 ID:l3EpTN0/
 新品を扱ってる本屋に行くのは、よっぽど欲しい本があるときだけだ。そんな本は大抵発売スケジ
ュールをチェックしてるので、なんとなく行ったりはまずしない。行ったとしてもすることは、海外
サッカー情報雑誌の立ち読みくらいだ。
 なんとなく、暇だから、そんな時はもっぱら古本屋に行く。

「どっか行くの?」
 俺が行く準備をしていると妹が声をかけてきた。抜け目無く俺が出かける気配を感じ取ったのか。
「本屋。一緒に行く?」
「行く」
「じゃさっさと準備しろ」
 妹はそのまま返事をすることなく、準備をしに自分の部屋へと消えていった。

 田舎のデメリット。例えば、本屋が近くにない。
 自転車でちょっと本屋に行く。なんて芸当は無理だ。行きは頑張れば一時間くらいで行けるかもし
れない。でも帰りは延々上り坂だ。どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。だから俺は挑戦
したことないし、妹も多分挑戦しないだろう。
 だからまだ原付すら乗れない妹が本屋に行くには、親か俺と車で一緒に行くしかない。バスは片道
千五百円とか平気でかかる。親からの小遣いのみで生きる妹には、自転車よりない選択肢だ。

 運転席に俺、助手席に妹、カーステレオから流れるのは甲子園中継。
 その試合は八回裏、攻撃中の高校がすでに七点差で勝っている。いくら甲子園には魔物が住んでい
ると言っても、そう簡単にはひっくり返らない点差だった。
 そして打者がまたヒットを打ち、アナウンサーがやかましく状況を伝える。どうやらまた一点入っ
たようだ。これで八点差。
「これはもうダメだな」
「そうだねー」
「もうやめて。相手のライフはゼロよ。ってか」
 妹相手に通じるかもわからないネタを口走る。
 だが妹には残念ながら……うん、まあ残念ながらでいいだろう。とにかく伝わってしまった。
「勝ってるほうは、ずっと俺のターン。って感じかな」

124 :No.28 誇張と脚色とフィクション過多の話 3/4 ◇VXDElOORQI:07/08/13 01:00:10 ID:l3EpTN0/
 妹の口からこんな言葉が出るとはね。一人一台パソコンがある家で、俺のような兄がいれば、知っ
ててもおかしくないだろうが、やっぱりちょっと、歓迎する気にはなれない。ねらーって感じはしな
い。多分、チャットかなにかでそういう情報を仕入れてくるのだろう。
 九回表の攻撃が始まったあたりで本屋に到着した。
 エンジンを切ろうとしたとき、またもアナウンサーが早口がまくし立てる。先頭打者が出たらしい。
「この回終わってから行くか」
「そうだね」
 そこから始まる連打。俺たちは二人で、車内で逆転劇が起こることを期待しながらラジオを聞く。
 四点差まで追いついたものの、もうツーアウト。
「まだわからん!」
 俺の声も虚しく、ラジオからは最後の打者が三振打ち取られたことが聞こえてきた。
 やっぱり無理だったか。
 俺たちは無言で車を降り、本屋へと向かう。
「……おしかったなぁ」
「おしかったねぇ」
 俺たちは本屋の自動ドアをくぐった。

 しばらく店内をウロウロし、特に興味が引かれるものもなかったので、妹を探す。
 妹は少女漫画のコーナーにいた。
「決まった?」
「なんか買って」
 いきなりそれか。
「百円のならいいよ」
「じゃ、これ」
 妹ははじめから買ってもらう気満々だったようで、すぐに漫画を俺に渡す。
「礼を言え。礼を」
「ありがとうございます」
 俺はいまいち誠意を感じない礼を聞きながらレジへと向かう。

 帰りの車。同じように運転席に俺。助手席に妹。カーステレオから流れるのは甲子園中継。

125 :No.28 誇張と脚色とフィクション過多の話 4/4 ◇VXDElOORQI:07/08/13 01:00:25 ID:l3EpTN0/
 しばらく妹は買ったばかりの漫画を読んでいたが、気付くと静かに寝息を立てていた。
 俺はステレオのボリュームを下げ、車があまり揺れないように運転をする。

「おい、着いたぞ」
「……うん」
 妹は目を擦りながら、漫画を手に取る。
「その漫画、面白い?」
 俺はふと、気になったことを聞いてみた。
 妹はしばらく考えるような仕草をしたあと、言った。
「普通」
 そして、車を降りると玄関に一直線に歩いていった。
 俺は妹の背中を見ながら思う。
 なんとも本を買ってやりがいのない妹だ。

おしまい



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