【 酒呑三人 】
◆HY6pYO6GTQ




7 :No.03 酒呑三人 1/3 ◇HY6pYO6GTQ:07/08/04 20:36:11 ID:mf4ISePq
酒呑三人

私はとある温泉宿で二人の男と話の花を咲かせていた、別に連れと言うわけではない。
露天風呂で一緒に浸かった程度という仲だ。
意気投合した私たちはこのまま分かれるのもなんだという事で冷酒を飲み飲み、語り合っていた。
水不足だというニュースがテレビで流れると、もう既に出来上がっていたNが声を荒げて叫びだした。

「おらぁ、日の光って奴が大嫌いなんだ! あんな、憎たらしいものは無い! 」

Nは禿げた頭をさすりながら、続ける。
「私はね、上品なものが好きなんだ。
 幽玄ともやもやしているものに美しさを感じるんだよ、日の光は私にいわせりゃ下品だね。」

「じゃあ、Nさんはなにが上品だと思うんですか?」
角ばった口をますます尖らせて、眼鏡のMはNをからかう。

大きな目をますます丸くして、Nは少し捻り出すように、口を開いた。
「私みたいな奴が言うのも恐れ多いですが、
 月や星のやわらかい光、蝋燭や白熱灯は好きですよ。」
柄にも無い、と照れくさそうにNは酒をぐいっと飲み干した。

「あぁ、なるほどそれなら解る気がします。
 私、天文部だったんですよ。望遠鏡を担いで毎日丘で星を観察していました。
あの頃はよかったなぁ…。」
Mもどこか懐かしみながら酒をぐいっと飲み干した。

8 :No.03 酒呑三人 2/3 ◇HY6pYO6GTQ:07/08/04 20:36:28 ID:mf4ISePq
「私には、お二人のような高尚な趣味は無いので、
 正直に言って、お二人がうらやましいですよ。」
私は、そう言いながら二人に酒を注いだ。
私の杯を飲み干したあと、手を叩き、同じものを指差した。

「いやぁ、君も歳を取れば解るよ。
 どうにも光って奴が苦手になってくるんだ、自分が照らされなくなったからかも知れないな。」
Nは寂しそうに続ける。

「私のお袋は早い頃に死んじまってね、親父が私をずっと育ててくれたんだよ。
 不器用な人で、仕事一本の人だったからね。大学に入るまでは親父が大嫌いだったよ。」

ゴトッと大吟醸が机の端に置かれた、私はそれをNに注ぐ。

「大学に入って、いざ就職するって時かな、なにをやれば良いか解んなくなっちゃったんだよ。
 その時に、親父にその事を話してみたんだ、今思ってもなんで話したのか解らないんだけどね。」

「あぁ、そこで訓戒って奴を貰ったんでしょう?
 うらやましいなぁ、うちの親父はぬぼーっとしてて駄目なんですよ、ハハ」
Mは話に割ってはいる、どうやらMもかなり酔いが回ってきたようだ。

「いや、そうじゃあないんだよ。親父は『自分の好きな事をやれ。』としか言わなかったよ。
 ただ、それでね、解ったのは私の方さ。」

9 :No.03 酒呑三人 3/3 ◇HY6pYO6GTQ:07/08/04 20:36:44 ID:mf4ISePq
杯を飲み干し、美味いなと呟くN、一呼吸おいてからNは続ける

「親ほど自分を照らしてくれる存在は居ないってことさね。
 俺は今までずっと照らされてきたんだと、やっと理解できたんだよ。
 それからは親父を大事にしたけどね、ついこの間三回忌が終わったんだが、親父も死んじまってね。
 嫁さんも子供も居るし、親父も98の大往生さね、ただ、涙っちゅうもんは出るね。
 こりゃあ、自分が悲しいからだと私は思うね、ある意味墓なんて生きてる人のもんなのさ。
 それ以来、どうも日の光って奴が疎ましくてね。」

Mの目には涙がにじんでいた、しきりにうなずいている。
寂しげにNは私に一杯を注ぐ。
私はふと、思いついた事を口にする。

「ひょっとして、Nさんの実家はこの近くですか?」
そうだよ、と言いながら酒を飲み干すN
奇遇ですね、私も近くなんですよと言いながらつまみを齧るM

そのあとも暫く雑多と話をしていたが、お開きと言う事になり、店を出た。
店を出る前にふと振り返ると、私が作ったきゅうりの馬が皿に載せられて運ばれるところだった。

(了)



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