【 花のある日々 】
◆ZEFA.azloU




86 名前: ◆ZEFA.azloU :2006/05/08(月) 00:57:46.68 ID:WN+Fl1Qb0

『花のある日々』

「あー! 教授、こんな所にいたんですか!?」
 午後一時。いつものように昼休みを越えて休憩している私に、休憩の終わりを告げる声が響く。
「やぁ、美衣ちゃん。よく見つけたね、ここ」
「……そりゃ、教授の行きそうな場所は大体分かりますよ。草木がある場所を探せばいいんですから」
 溜息をついて、美衣ちゃんは肩を落とした。どうやら、怒りは呆れにうまく変換されたようだ。
「まぁまぁ、そう言わずに。研究ばっかりして部屋に閉じこもってたら、太陽を拝むことさえできないんだから」
「う〜ん……まぁ、確かに。でも、屋上の日差しは強すぎますよ」
 眩しそうに空を見上げ、美衣ちゃんが賛同してくれた。
 研究棟の屋上から見る世界は、いつも無機質なビル群や車の往来ばかり。
 公園すら無いこの地域では、私が無理を言って研究棟の屋上に作ってもらった屋上庭園だけが、唯一の自然だ。
 ふと視線を落とすと、鮮やかな白が目に入った。今日ようやく蕾を開いた、マーガレット。
 私のシワだらけの白衣よりも余程美しいその花は、そよ風に乗って私に良い匂いを届けてくれた。
「ん、心が和むよ。やはり花は良い」
 笑みを浮かべる私を見て、美衣ちゃんはやれやれといった感じで頭を振った。
 そよ風に揺れる白衣は私のそれより遙かに清潔で、きちんとのり付けされているのが見て取れた。
「本当に教授は花が好きなんですね。でも、花だったらちゃんと研究室にもあるじゃないですか」
「……あれを花とは言わないよ、美衣ちゃん」
 美衣ちゃんが言っているのは、恐らく研究室に飾られた豪華な造花のことだ。
 時期も季節も無視し、ご丁寧に偽の水滴まで表現されている、年中満開の花束。
「ねぇ美衣ちゃん、君はここにある花と研究室にある造花、どっちが綺麗だと思う?」
 突然の質問にやや戸惑っているのだろうか、しばらく首を捻ってから美衣ちゃんは口を開いた。
「言いたいことは分かりますよ。そりゃ私だって、造花より本物の花の方が綺麗だと思います。でもそれと研究をサボるのとは……」
「ああ、違う違う。そうじゃないんだ」
 私の質問を、サボタージュの正当化のためと判断したのであろう美衣ちゃんの言葉を遮り、私は一つ咳払いをして続けた。
「美衣ちゃんも本物の花の方が綺麗だと思うだろう? じゃあ、何でそう思うんだい?」
 その言葉に、美衣ちゃんは真剣に悩み始めたようだった。胸ポケットのペンを回したりしつつ、時々唸っていた。

87 名前: ◆ZEFA.azloU :2006/05/08(月) 00:58:07.72 ID:WN+Fl1Qb0
「……そうですね」
 時計の秒針が三周したあたりで、美衣ちゃんの口が開いた。
「花は、自然が作ったから。造花は、人が作ったから。いかがでしょう?」
 その答えに、私は大きく頷いて笑った。
「うん、良いと思う。確かに、花と造花の違いはそこだよ。でもね、私はこう考えるんだ」
 いつの間にか真剣な表情で私の話を聞いている美衣ちゃんに微笑んで、私は持論を展開した。
「造花には、生命が無い。本物の花とは違う感覚を覚えるのは、造花が「不変の美しさ」だからなんだよ。
 私達が日常美しいと感じるものには、全て終わりがある。だからこそ、それを美しいと感じるんだ」
「終わりがある生命は美しい……という事ですか?」
 私の意見をようやくし、美衣ちゃんが問いかけてくる。その表情は、研究室で討論をしている時と同じくらいの真剣さがあった。
「そう。つまり、人間だって、動物だって、自然にあるものは皆いつかは終わりが来る。
 だからこそ、一瞬一瞬の輝きは目を見張るほど美しい。私は、この花に生命の輝きを見ているんだよ」
 私の言葉が終わると同時に、美衣ちゃんが穏やかに笑った。
「なるほど、よく分かりました。まぁそれなら仕方ないですね。明日から、私も教授の休憩にご一緒させてもらいます」
「おやおや、それはそれは。嬉しいねぇ、私の休憩時間に職場の花がご一緒してくれるとは」
 休憩時間に、また一つ花が増えた。その喜びが顔に出て、思わず顔がにやけた。
「さ、それじゃ研究室に戻りましょうか。たっぷり休憩した分、しっかり働いて下さいね」
 にやりと笑う美衣ちゃんに苦笑しつつ、私はマーガレットを一本手折った。
 階段を降りれば、私の視界には白い壁と実験機材の山が見える。机の上に置いてある造花を見ると、思わず溜息が漏れた。
「美衣ちゃん、この造花捨てといて」
 机の上から造花をどかすと、私は一本の試験管に水を入れた。
 様々な薬品が入った試験管の隣にそれを差し、胸元に入れておいたマーガレットを入れた。
 私の得意技、試験管一輪挿し。

 今は、これが精一杯の自然である。
                 (了)



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