【 ホタル 】
◆XS2XXxmxDI




84 名前:ホタル ◆XS2XXxmxDI :2006/05/07(日) 11:54:15.12 ID:EZ3wYYevO
朝顔のツタの様に細長い、ヒョロヒョロとした坂を上り切ると、
息切れと、ムッとする程濃い草の香りで息を詰まらせた。
花の、肺を満たす様な甘い香りも、新芽の、まだ慎ましい鼻につく香りも、
今のそれにはなく、ただ暴力的なまでの生きる力強さの様な感さえ起こさせる香りであった。
そして、ようやく息を落ちつけ、肺に暴力的な香りを馴染ませると、辺りを見舞わした。
「ここも変わらないね」
僕の、なかなか上がらない表現力と同様に、辺りに目新しい変化はない。
それは三年前とも同じ景色で、結局引きずっている自分にも変化が無い事を改めて感じさせた。
坂からの入口から見ると、少し大きめな一軒家の敷地程の広場がある。
山腹に作られた展望公園だ。今でこそ廃れてしまっているが、桜のシーズンにはちょっとした名所だった。
僕は、坂の入口から右手にある、崖に沿って生える桜を尻目に、左手の方へ歩き出した。
左手には山の頂きへと続く、これまた細い道と、雑草に紛れて、細々と咲くホタルブクロがある。
僕はホタルブクロに近付くと、少し紫がかった花を指で撫でた。
色までも同じなのに少しホタルブクロの占める範囲が狭くなっている気がした。

85 名前:ホタル ◆XS2XXxmxDI :2006/05/07(日) 11:54:42.91 ID:EZ3wYYevO
3年前の事だから、僕が小学生最後の夏を過ごしていた頃だろうか、と。
花を撫でながら呟く。今は体育座りをしながら撫でている。
3年前、僕はここに秘密基地を作ろうと考えていた。
そして、今僕のいる場所に女の子も同じ座り方でここにいた。
僕の目覚めかけていた思春期がそうさせたのか僕は女の子に声をかけ、
気が付いたら僕は女の子と友達で、女の子と楽しく話をしていた。
「あのね、この花ホタルブクロって言うんだけど、何でか知ってる?」
と、女の子が言う。僕は無論知らない。
「昔はね、この花の中にホタルを入れて遊んでたからなんだって」
嬉々として語る女の子の笑顔が眩しくて、歳も名前を聞くのも結局忘れていて、
気になった時には薄暗い中、門限ぎりぎりで家路を急いでいた。
女の子とは坂を降りた所で分かれていて、また会う約束はしていなかった。
だが、明日あの場所に行けば、再び女の子と会える気がしていた。

「でも、翌日行っても女の子がいなくて」
吐き出す様に呟く。
もしかしたら、僕はこの時既に、「女の子ともう会えない」と、悟っていたのかもしれない。
そして、3年前と同じ様に、ホタルブクロを花の下辺りから折った。

86 名前:ホタル ◆XS2XXxmxDI :2006/05/07(日) 11:55:16.27 ID:EZ3wYYevO
そして、また思い出す
「でね、今ホタルいないでしょ?」
女の子は自分の閃きを、さも素晴らしいかの如く、興奮を押さえ切れず捲し立てる様に語る。
「だからね、太陽をホタルの変わりにするの」
その得意満面な笑顔が、僕には太陽以上に眩しくて、
ホタルブクロで太陽を見るよりも、ホタルブクロをかざす女の子に視線が釘付けだった。

僕は溜め息を吐くと、手に持っているホタルブクロを空にかざした。
昼前の日はホタルブクロに納まる事も無く僕の目を焦がした。
僕は眩しくて目を瞑った。
瞼の裏にはあの日の女の子の笑顔があって、
目を瞑ってるはずなのに、また目がしぱしぱして、
その笑顔は、焦げた目に潤いをもたらす原因には十分過ぎる程だった。






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