【 丸の内メガロマニアック 】
◆QIrxf/4SJM




2 :No.01 丸の内メガロマニアック 1/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/07 11:29:33 ID:iyDC5oG0
 外の世界はきっと、赤らめた頬と、しっとり濡れた唇で出来ている。真っ赤な林檎をもぎ取るが如く、禁じられても止まぬ人々の愛は―――
 城の外のことを想像して、ロレッタは頬を上気させた。
「きっと外の世界は、みだらな人たちで溢れかえっているのでしょうね」
 紅茶を一口飲み、口元を隠してにやついた。
「白馬の王子に白百合の姫君、黒蝶の吸血鬼に黒薔薇の美女。ああ!」
 妄想は止まらない。先日読んだロマンス・ノベルスを頭の中に展開させ、さらに自分の思うように発展させていく。暴走し始めた妄想は、やがて鼻血となって消化された。
「姫さま、面会の時間でございますよ」
 突然現れて催促するのは、侍女のマリィである。
「いけないわ! 鼻血を拭かないと―――」ロレッタは鼻血を拭いて立ち上がった。
「姫さま! 胸元から袖にかけて真っ赤でございますよ。お召しかえなさりませんと」
「マリィ、よく見てみて。まるで、ヴァンパイアに血を吸われた囚われし姫君のようだわ」
 ロレッタは鼻血にまみれたドレスを気に入ったらしい。両手を頬に当てて、体をくねくねと動かしながら惚けていた。
「姫さま、そんな血なまぐさい恰好で面会なさるおつもりですか?」とマリィは肩を竦めた。
 ロレッタは袖の匂いを嗅いだ。なるほど、血の匂いがする。
「そうね。着替えることにしましょう。私、今日は赤と黒のガウンがいいなぁ」
「攻撃的で結構なことです。では、行きましょう」
 ロレッタはマリィに連れられて、寝室へとやってきた。四人の侍女が囲み、ロレッタの姿を改造していく。
 胸元が大きく開いていて、腰のくびれを強調した真っ黒なガウンに、血のように赤いケープを羽織った。赤いカフスには黒いフリルが付いている。唇には毒々しいルージュをひいた。
「本当にこれでよいのですか、姫さま?」マリィが溜め息混じりに尋ねる。
「すごく悪趣味で気に入ったわ。まるで魔女ね」ロレッタはとても嬉しそうである。小悪魔のように口元を歪めた。「誰かをいじめたいような気分よ」
「相手が逃げ出してしまわなければいいのですが―――」マリィは溜め息を吐いた。
 面会とは、すなわちお見合いである。
 初めの相手は容姿端麗で品行方正な優男だった。前髪を掻き分けながら、流し目でロレッタのことを誘惑する。気障な言葉でロレッタをくすぐった。だが、ロレッタの求めているロマンスは彼の中に見つからない。
「イマイチね」とロレッタは呟き、面会の時間を終えた。
 次いで現れたのは、筋骨隆々の髭男だった。熊のような容貌をしている彼だが、由緒ある公爵家の長男であるらしい。
「熊さんに用は無いの」とロレッタは心の中で呟き、面会を終えた。
 面会のために参列している人々は、悠に百人を超えている。これも全て、王が末娘であるロレッタに対して自由(?)な結婚を認めたからだった。
「まったく、お父さまったら何も分かっていないのよ」とロレッタは言ったものだ。「私にこんなお見合いを押し付けるなんて!」
 姉の王女二人は他国の王家に嫁ぎ、重要なパイプ役を演じた。兄の王子は隣国から王女を貰い受け、次期王として着実に力を伸ばしている。残ったのは末娘のロレッタだけだった。
「お前は好きに恋愛をし、結婚すればよい。これ以上多くは望まぬよ」と王は言った。「ここに紹介状がたくさんあってのう。この中から相手を選んでもよいのだぞ? だれもかれも男前ばかりじゃよ。すでに会う手筈は整っておるしのう」王はふんぞり返って笑っていた。

3 :No.01 丸の内メガロマニアック 2/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/07 11:29:52 ID:iyDC5oG0
 もちろん、ロレッタは不服そうに口を尖らせて聞いていた。
「決定的なものが足りないのよ!」
 ロレッタの求めるロマンスには、突然とか突如というキーワードがたくさん含まれている。突然現れた美少年、突如奪われる唇―――など、ラブストーリーは突然なのだ。
 父によって仕組まれた見合いに、ロマンスは欠片も感じられなかった。
「だから私は魔女になったのよ」とロレッタは呟く。「お姉さまが羨ましいわ。突然、あんなに素敵な王子様たちに見初められたんですものね」
 蛙のような口をした守銭奴の如き男を鼻であしらって、本日の見合いは終了した。

「よいか? この仕事を完遂すれば、我々に五十万ディラが入る」と男は言った。
「はい、座長!」と少年が答えた。
「我々、エイヴリルファミリィ一座の建て直しはお前にかかっているのだ。わかっているな?」
 座長とは、つまりサーカス団の団長のことである。
 この少年は、ファミリィ最年少のホープだった。卓越した運動神経に、万人を振り向かせる美貌を持ち合わせ、無垢であどけない表情が客を虜にした。が、彼を看板にしても、火の車の財政を立て直すことは出来ていなかった。理由は座長のみぞ知る。
「はい、座長!」
 座長と呼ばれた男は、机の上に王宮の見取り図を広げた。
「お前はまず、この穴から城に侵入する。そのまま天井を這って―――」座長は見取り図を指でなぞった。「そして、ここがロレッタ王女の寝室だ」
 座長はロープを取り出し、少年に手渡した。先が輪になったロープで、首吊り自殺にはうってつけである。
「これを天井から垂らし、ベッドから体を起こした王女の首に引っかけるのだ。引っ張れば、先に付いた輪が縮まって締め上げるというわけさ」と座長は得意気に言った。
「なんで、引っ張るだけで五十万ディラになるんですか?」と少年は聞いた。
「釣った魚を売るのと同じことだ。とにかく、王女が目を覚まして起き上がったら、このロープをクイっと引くのだぞ? わかったな?」
「はい、座長!」と少年は答えた。

 晩餐の席で王が言った。「どうじゃ? 理想の旦那は見つかりそうか?」
「ちっとも見つかりませんわ」とロレッタは不機嫌に答えた。
「まだまだアテはあるからの。急がず焦らず居ればよかろうて」王は豪快に笑った。
 高齢で得たロレッタのことを王は溺愛している。あまりに可愛いので目に突っ込んでも痛くないと本気で思っていた。
「あなた、ロレッタはまだ十三なのだから、そう急がなくともよいのではありませんか?」と王妃は言った。
「世に居る男前たちは待ってはくれぬぞ。すぐにそこらの女とくっついてしまうからな。せめて婚約だけでもとりつけておかないとのう」王は気持ちよさそうに笑った。
(お父さまは何も分かっちゃいないわ)ロレッタは溜め息を吐いた。

4 :No.01 丸の内メガロマニアック 3/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/07 11:30:10 ID:iyDC5oG0
 もし、ロマンスの世界だったらここからどのように展開するだろう。
 吸血鬼が現れて自分を連れ出したり、他国から素敵な王子様がやってくるに違いない。それもひどく唐突で、想像を絶するような愛が繰り広げられる。
 スプーンを置いたロレッタは口元を隠して笑った。妄想はさらに加速していく。
 自分をめぐり、十二の美少年が競い合う。そして、十二人とは別の男の子と恋に落ちるのだ。彼は真剣に自分を愛し、自分も真剣に彼を愛する。そのことに気付いた十二人は嫉妬のあまり、自分たちの命を狙う。そこから、愛の逃亡劇がはじまり―――
 ふと我に返ると、王と王妃が楽しそうに談笑し、兄王子とその妃がいちゃついていた。
 ロレッタは溜め息を吐いて寝室に戻っていった。
 寝室の扉を開けて、一人つぶやく。「いっそのこと、誰か殺してくれないかしら」
 自分を殺しに来るような人は、きっと類稀なる美貌を持つ、さすらいの剣士であるに違いない。そこには何かしらの止むを得ない理由があり、一目で愛し合った自分の事を涙ながらに手にかけ―――
 ロレッタは両手を広げてくるくると回った。「星々のきらめきと、深淵のごとき愛をこの私に!」
 高らかに響いた願いはきっと、夜空を越えて女神へと届いたに違いない。
 ロレッタは肌が透けて見えるほどに薄いネグリジェに着替えて、ベッドに横になった。目を瞑って、どんな夢を見ようかと考える。
「おやすみなさい。明日こそ、真実の愛に手が届きますように」ロレッタは目を瞑った。

「ちゅうちゅう」少年はねずみになりきって、窮屈な天井裏を這っていた。教えられたように進み、ロレッタ王女の寝室を目指す。
「ちゅうちゅうねずみはかわいい王女の寝顔が見たいの」即興の歌を唄った。
 城に忍び込むのは、少年にとって実に容易なことだった。軽々と城壁を越え、脱兎の如き駆け足で番兵たちの目をかいくぐり、途中に出くわした侍女たちには、とびっきりの眼差しを向けて気絶させた。
 寝室の真上にやってきた少年は、天井のブロックを一つだけ空けて、そこからロープを垂らした。このままじっとして、王女が起きるのを待つのである。
「ちゅうちゅう。王女さまはとってもかわいいよ」少年は唄を作って時間をつぶそうとした。「素敵な寝顔をぼくにみせておくれよ、ららら」
 じっと見つめているが、王女は一向に目を覚まさない。規則正しい寝息がずっと続いていた。
 単調な音は、時に睡魔となる。
「王女さまと一緒に朝起きるからいいや」少年は一つ大きなあくびをして、夢の中へ落ちていった。

 座長は行きつけの怪しいバーで両手に女を抱き、豪快に笑っていた。胸に触って女が嫌がると、さらに高らかに笑った。
「もう一人女を連れて来い! それと、彼女たちに甘い酒を」財布から金を投げた。
「気前がいいですな」と連れの男が言った。
「そりゃあもう。約束は守ってもらいますよ?」座長は赤い鼻をかきながら念を押すように男を見た。
「ええ。成功したあかつきには、きっちり五十万お支払いいたします」男は口元を歪めた。
「絶対に成功しますよ。あの坊主はねえ、幸運を運ぶんです。―――おい、酒だ! 女だ! 全部もってこい!」と座長が言う。
「今日のあなた、とってもすてきよ」女は座長の首筋にキスマークを作った。
「明日には五十万ディラが入る。それを持って高飛びよ!」数人の女たちに囲まれて、座長は気持ちよさそうに笑っていた。

5 :No.01 丸の内メガロマニアック 4/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/07 11:30:39 ID:iyDC5oG0

 その夜の月はとても明るかった。窓によって絞られた月光がロレッタの寝室を照らしている。
 夜が更けて月の位置が変わると、月光はロレッタの目を照らした。
「んん――」ロレッタは瞼を擦り、ゆっくりと目を開けた。
 窓を見やると、開いたカーテンから眩しいほどに光る月が見える。
「ああ、私はルナティック」とロレッタは呟き、カーテンを閉めた。
 口元を隠してあくびをして、ベッドに戻ろうと振り返ると、天井から垂れ下がるロープに気が付いた。
「何かしら?」ロレッタはベッドの上に膝をついて乗り、ロープを引っ張ってみた。
 どさり、と黒いものが落ちてきた。
 ロレッタはベッドから慌てて飛び降りて再びカーテンを開けた。月明かりが部屋を明るく照らす。
 黒いものの正体は、美貌の少年だった。彼は手にロープを持ち、ベッドの上で眠たそうに目を擦っている。
「まあ!」ロレッタは手を叩いて言った。「あなたは私をさらいにきたのね!」
 眠たそうな顔を見るだけで意識が飛びそうになるほど、少年は可愛らしかった。
 ベットに飛び乗り、少年に抱きついた。頬に熱いキスをしてやり、頭を撫で回してはキスをした。
「ちゅう、ちゅう?」少年は首を傾げて言った。「ぼくもお姉ちゃんもファーストキス?」
「もちろんよ」ロレッタは興奮気味に言った。「その腕で私の心を鷲掴みにして!」
 少年はロレッタに抱きついて、胸に顔をうずめた。(これでいいのかなあ)
「おお、愛しき旦那さまよ!」ロレッタは両手を振り上げて神に感謝した。
 少年の顔に次々とキスマークが刻まれていく。
「幸多き河の流れよりも清らかに、稔り豊かな沃野に育まれるがごとく、明けぬ夜よりも深い愛で、あなたへ私のささやかなる操を捧ぎましょう!」
「よくわからないけれど、ぼくもそうするよ」と少年は言った。
「さあ、あなた。行きましょう!」
 ロレッタは真夜中の城内を少年と共に駆け回り、大声で宣言した。
「私、この方と結婚するわ!」

6 :No.01 丸の内メガロマニアック 5/5 ◇QIrxf/4SJM:07/07/07 11:30:57 ID:iyDC5oG0

 翌日、盛大な披露宴が開かれた。
「なかなかの美少年でよろしい!」と王は言った。「紹介状が無駄になったのう」
「あなた。もう一人息子が出来て、わたくしは嬉しいですわ。しかもこんなに可愛らしい」少年に頬ずりをしながら王妃が言う。
「ぼく、お父さんもお母さんもいなかったから、すごく嬉しいんだ」
 少年はだらしなく笑って、後ろ頭をぽりぽりとかいた。
「眼差しだけで気絶させられたなんて、今でも信じられません」とマリィは語る。
 披露宴が終わると、今度はパレードが始まった。
 音楽隊や、綺麗に着飾った騎士団が、新郎と新婦を乗せた馬車をエスコートしている。
 民衆はこの微笑ましい出来事に浮かれ、昼間から酒を飲んで騒いでいた。
「お姉ちゃん。ぼくたち結婚したの?」と少年が言う。「なんか、大事なことを忘れてる気がするんだ」
「あら、あなた。ロレッタと呼んでくださらないと、いやですわ」ロレッタは頬を上気させた。頭の中では、みだらな妄想が高速で回転している。
 観衆が、キスしておくれよとはやし立てた。
 ロレッタと少年は、たくさんの民衆に見守られながら、燃えるように熱い口付けを交わした。
 こうして、二人は国中から祝福されて結ばれた。
 これから少年は、数々の暗殺者から王家を救うことになるのだが、それはまた別のお話である。

>***<

 町外れの陰気な住宅街で、一人だけ小屋にこもっている者がいた。
 パレードの陽気な音楽が、小屋の外から聞こえてくる。
 それはやがて、ドアを激しく叩く音に掻き消された。借金取りである。
 元座長はがりりと林檎を噛んだ。
「――苦いなあ」
 そう言って、さめざめと泣いた。



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