【 なんか現国とかそんなんがよかった 】
◆DCalVtagfA




27 名前:No.08 「なんか現国とかそんなんがよかった」 1/2 ◇DCalVtagfA[] 投稿日:07/06/24(日) 01:53:24 ID:aLGQ9ld0
 今、正にその瞬間のように鮮明に思いだせる。年度が移り、指定の机の前で誰と話をするでもなく事前に受け
取った紙束に目線を置き、四枚目を捲った時だ。スーツを着た痩身の中年男が視界に入り、一度瞼を下ろして顎
を上げると、男は室内の中央で前を見つめていた。目と眉の間隔が狭く、怒っている様な顔だった。 
 平素なのだろうか。少し恐い。この男には睨まれたくないな、と中年男に負けないほど細めた目で考えた。
 急速に雑音は離れて行き、恐らく全員が黒板の真ん中辺りに意識を置いた。スーツの男は睨むような表情のま
ま口を歪ませ低い声で、
「私には、妹がいるのです」
 なんということでしょう。
 理解は逃げ、周囲での僅かな会話は止まり、紙を繰る指は動くことを忘れ、衣擦れや呼吸音すらしない。口は、
「は」の形で固定。一瞬の後、眼球が左に動き、右に動いた。なんだかマネキンの集合を見ている気分になり、
笑いそうになる。自分の守護霊が時でも止めたのだろうか、と喜ぶ一歩手前だった私の耳に性別を判定できない
音が響く。
「あ」
 声じゃないそれは、音だ。全身全霊意味が分からなかったのだろう。発した、というより漏れた様だ。気持ちは
この場の誰もが分かる。一人は知らないけれども。
 隣の女は音の原因が自分だと気付いているのか怪しいが、それでも時は動きだした。背後から緊張した声。
「なんでしょうか……」
 立ち上がって拍手したくなった。男は一度頷いて、目を瞑り、
「私には、妹が、いるのです」
 ラリッてんのかこいつ。
 反射で出かかった言葉を呑み込み、よそ行きの声で口元には笑みを浮かべて無邪気な子供を見守るときの瞳
で言った。
「あの――」
「ですから!」
 この野郎。
「私には妹が――」
「だからお前は誰でその豊かな文脈の意図を説明しろってんだよ!」
 発信源は不明だったが素敵な台詞だった。その素晴らしく素敵な台詞に割り込まれても、「いるのです」を止
めなかったのだが。
「私はここの担任です」

28 名前:No.08 「なんか現国とかそんなんがよかった」 2/2 ◇DCalVtagfA[] 投稿日:07/06/24(日) 01:53:42 ID:aLGQ9ld0
 諭す様な口調で言った。ふざけて付けられた様に単純な名を乗ると、わざとらしくため息をつき、
「あのですね」
「妹さんがいるのは分かりましたよ」
 誰だか知らないが人類の太陽だと思ったものだ。頭がおかしいと約四十人に思われているであろう我が担任は
ムッとした顔つきになり、真剣な声で言った。
「違うんですよ。私の目的なんですよ」
 真性には関わりたくないな、とぼんやり思った。
「いいですか。よく聞いて下さい。いるんじゃないんです、いるんです。私に妹はいません」
 四人ほどが同時に「はあ」と言った。私もいいたかった。だって誰でも「はあ」だろう。
「ここはどこですか?」
 本当に豊かな文脈だ。してやったり、の顔が憎たらしい。誰かが面倒くさそうに答えた。
「がっこう」
「男がいる、共学でないことが重要なのです。そう、そして私には妹がいるのです!」
 職業選択を間違えたと確信できるほどに言語能力が酷い人は、落胆したように生徒を見渡した後、閃いた様に、
「ああ! 必要の要るです! いやあそうだ。初めからそう言えば良かった」
 うんうんと何度も頷き、「いるいる」と小さく繰り返して満面の笑みを浮かべた。
「もう分かったでしょう?」
 私は正直言ってどうでも良かった。もう、意味とか、意図とか、目的とか、そんなのは些細な事柄だった。なんとな
く、おぼろげに思い描いた、間違いないであろう推測など。いま好奇心が刺激されていることは、そんな事柄ではな
い。
 一度深呼吸をしてからゆっくりと言った。
「質問があります」
「却下です」
 私は無視して、答えを胸一杯期待して聞いた。
「先生の担当教科はなんでしょう」
「世界史です。そしてあなたみたいな腹黒そうな妹はいりません」
 なんか全てに腹が立った。

 終




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