45 :No.44 猟奇的な姉者 ◇NCqjSepyTo:07/06/17 20:59:55 ID:s3iEwa6p
ギターを抱えて転寝をしていた日曜の昼下がり、階下から聞こえる物凄い音で目を覚ました。悪い予感がして
慌てて階段を駆け下りると、案の定と言おうかその音の主は姉だった。真昼間から押し込み強盗と洒落込む無頼
漢と死闘を繰り広げているかと思いきや、その相手は何と我が家で唯一のテレビだ。「にんにくーっ! にんに
くーっ!」とすごい声で叫びながら、物言わぬ彼に空手の演武会よろしく突きやら蹴りやらを浴びせている。
「ね、姉さん、何やってるんだよ!」
後ろから止めようとした俺を難無く跳ね返す。格闘技の心得がある姉に典型的ゲーム好きもやしっ子の俺が敵
う訳も無い。
「ええい、邪魔するでない!」
姉はそう言うと更に暴行を続ける。「にんにくーっ!」とおかしな絶叫を繰り返しながら。
「な、何なんだよ一体、にんにくって」
その余りに非現実的な映像に耐えられなくなった俺が尋ねると、姉は漸くその手を止め、振り返った。
「昔どこかで読んだ記憶があんのよ、壊れかけた電化製品を直す為の呪文」
俺は姉が大きな間違いを犯している事に気付いた。しかし姉の剣幕に押され何も言えなくなる。
「今日は豊様主演のドラマの初回なのよ、あんな半分砂嵐のような映像で見る訳に行くもんですか!」
豊様とは、最近姉が熱を上げているらしい俳優の名前だ。確かに今日はそいつの主演ドラマ「荒野に吼えろ」
の初回だし、うちのテレビの調子が悪いことも認めよう。しかしこの仕打ちはあんまりでは無いだろうか。俺は
自分の無力さに悔し涙を堪えながら、再び姉に甚振られ始めたゲーム友達を黙って見つめるしかなかった。
呆然とする俺の前で姉はどんどんヒートアップして行き、遂には得意技の踵落しを罪無き彼の脳天に直撃させ
るに至った。その瞬間彼は断末魔の悲鳴を上げ、生命活動を完全に停止してしまった。
頭部を無残に砕かれた被害者の姿と、今更後悔の叫びを発する加害者。その凄惨な犯行現場を目の前に、俺はぽ
つりと呟いた。
「にんにくは、無くした物を探すときの呪文だよ、姉さん」
姉が破壊したテレビは修理から戻ってくることは無く、猫を被りしおらしくする姉に免じて両親は結局新しい
テレビを購入することになった。しかしその間姉はドラマを二回分見逃し、俺は都合二週間テレビゲームを我慢
することになった。
二週間後新品のテレビがやって来たものの、ドラマの導入部を見逃した姉はそれに対する興味をすっかり失い
、俺は女心と何とやらという言葉を思い出し、幾ばくかの恐怖を覚えながら新品のテレビでゲームに興じた。
「荒野に吼えろ」は低視聴率連発につき九回打ち切りになったと、後に風の噂で聞いた。