【 こちら雑貨商品開発室 】
◆XG6dfopuHc




54 :No.14 こちら雑貨商品開発室 1/5 ◇XG6dfopuHc:07/06/10 22:05:40 ID:yXi0zTAD
「せんぱ〜い。頭がどうにかなりそうですよ〜。」
とある開発室で男の気だるそうなうめき声が響き渡る。
「おまえPCの前でただ頭抱えてモニター眺めてるだけじゃないか、もっとよく考えろよ。」
10畳くらいの部屋の中にホワイトボード一基、中心に大きく黒いテーブルが一つ、そのテーブルを
囲むようにして椅子が10脚、そして上座と下座にそれぞれノートPCが一台ずつ。
俺はそんな雑貨専門商社の開発室で次の新製品を開発する為に、後輩の森下と二人で日々様々な
無理難題と格闘している。ちなみに我が会社の最大のヒット商品は、
『洗濯しながら筋肉強化!握力増強洗濯バサミ』
である。ただのバネの強い洗濯バサミかと思われがちだが全くもってその通りである。
「せんぱ〜い。これ以上軽量化して更に耐久度は現状維持をしろなんて無理ですよ〜。」
さっきから愚痴をこぼしているこの男、森下は俺の二つ下の後輩で身長は160cmぐらいの小柄で
顔立ちはかなりの童顔、性格も甘えがちで本当に社会人なのかと疑問に思うことがある。いまだに月
一回のペースで不良中高生に絡まれるらしい。
「せんぱ〜い。いろいろ機能詰め込んだらポケットに入りきれないサイズになっちゃいました〜。」
しかしこいつにはなんと五才年上の奥さんがいて、写真を見せてもらう限りかなりの美人である。
なんでこんな男がいい女性に恵まれて、俺にはいまだに彼女ができないのだろうか。非常に不可解である。
「森下さ、ちょっと聞きたい事があるんだけどさ。」
「なんですか〜。仕事以外の事ならなんでも聞いて下さい〜。」
ここは突っ込みを入れたら負けだろう。構わず話を続ける。
「お前の奥さん、お前のどこが気に入って結婚を決めたんだろうな。」
「舞たんは僕の事をいつもかわいいって言ってくれてます〜。仕事が終わって自宅に帰るといつもまあくん
お帰り!って言って抱きしめてくれるんですよ〜。」
奥さんの事を「たん」付けしたり、その事を恥ずかしげもなくカミングアウトしたり、男にとってかわいいと
いう修飾語は褒められているのかどうかなどと突っ込む所は沢山あるのだが、なによりなぜまあくんと呼ばれ
ているのだろうか?こいつの名前、森下信一なのに。
「舞たんは僕のかわいいという長所が他の全てを補って余りあるぐらい魅力的だと褒めてくれるんですよ〜。」
なるほど、つまり身長や顔立ちなどの容姿、服装、性格、仕事の成績など全てが平均的な俺よりもある一部
分だけが特化された森下の方が女性に対してニーズがあるという事を言いたい訳だな。間違いなく遠まわしに
俺に喧嘩を売ってるとしか思えん。今度こいつの携帯に女の振りしたメールを送っておくか。
いや、今すぐシャーペンの芯を飛ばす攻撃に移ろう。

55 :No.14 こちら雑貨商品開発室 2/5 ◇XG6dfopuHc:07/06/10 22:05:57 ID:yXi0zTAD
「いた、いたた!やめて下さいよ〜。」
しかし、これは商品にも同じ事が言えるな。全てが平均的な物よりも、何か一つガツンと心に響くような特徴
がある方が確実に消費者ニーズの気持ちに答える事ができる訳か。
「なるほど、勉強になったわ。ありがとうな。」
「いたい、いたい!お礼を言っておきながらなんでシャーペンの芯飛ばすんですか〜。」
森下を俺に彼女ができないという不条理な理由によっていじめていると、ガチャと勢いよく開発室のドアが開く音がした。
「HEY!木口!森下!元気にしてたべ?」
いかにもむさ苦しい男が開発室に入ってきた。
「あ、井上先輩こんにちは。」
「井上せんぱ〜い、こんにちは〜。」
この男、俺の一才年上の井上という名前の先輩で俺と森下とは違う開発部署に所属している。この男、何と
言っても容姿に特徴があり、よく言うとふくよかな、悪く言うとメタボリック前線異常なしと言わざるを得
ないぐらいのおデブちゃんである。しかも髪の毛は肩まで伸びきっており、キューティクルのない乱れた
ウェーブが不潔なイメージを醸し出している。これにケミカルウォッシュのジーンズとヨレヨレのTシャツ
を着せて、ポスターがいくつも入った紙袋を持たせると間違いなくあちらの方面のお方であろう。
「HEY!YO!これが正常!物の形状!君の救助!俺の友情!」
なんでいきなりラップ調。しかも韻を踏む事を意識しすぎて言葉の意味がよくわからないし。
「なんか超ウケるんですけどー。」
それにしても今週はチャラ男を演出しているのであろうか?己のルックスを全く無視したキャラデザイン
には閉口せざるを得ない。ちなみに先週はちょっと無口なキザ男で語尾は「だぜ」、先々週はかわいらしい
男の子をイメージして語尾は「だお」であった。そんな言葉、口調よりももっと試行錯誤する事があるので
はなかろうか。
「すみません、先輩。日本語でお願いします。」
「はぁ?お前達が新商品の開発に悩んでるだろうからちょっと助けに来てやったんだべ?」
言葉とは裏腹に井上先輩の表情は邪悪な何かを秘めた薄気味悪い笑顔を浮かべている。ああ、そうか単に
仕事さぼりたくてこっちに冷やかしに来たんだな。
「これが今お前達が開発しているやつか。」
井上先輩がテーブルの上に乱雑に置かれている資料の山の中からひとつの物質を拾い上げる。そして大きな
溜め息をもらしながら首を横に振りながらこう言った。

56 :No.14 こちら雑貨商品開発室 3/5 ◇XG6dfopuHc:07/06/10 22:06:14 ID:yXi0zTAD
「何か大切なもん忘れてね?」
「何ですか?それ。」
「ふっ。ディテールだよ、ディテール。アンダァスタァァン?」
お願いですから誰か早くこいつを元の養豚場に連れ戻して下さい。
「なんか作りが大味なんだよ。形の概要からイメージしていってその後に細かなところを詰めていくような
感じに見えるんだが逆、全くの逆。まず詰め込みたい機能をギュッと凝縮した核を作ってその後にオブラート
で包み込むように外見やそれに使う素材を煮詰めていくんだよ。」
いきなりこの豚の口調が素に戻ったのはともかく、発言する度に必要以上に髪を掻き上げたりテーブルに半分
腰掛けて足を組もうとするのはやめてもらえないだろうか。もちろんその際に足は地面についていない。
「先輩、そんな事より自分自身のディテールを考えたほうがいいんじゃないんですか?」
「あ?お前、先輩に対してその口の聞き方はなんだ?やるのか?あ?」
猪八戒による全く怖さの伝わらない脅しが会議室内に弱々しく染み渡った所で不意にドアを開け入って来る者がいた。
「なんだ、井上。そんなとこで油売ってたのか。お前だけ進捗が著しく遅れているぞ、早く戻れ。」
「しゅ、主任!ぼ、僕はただ後輩にこの業界の恐ろしさを身の体験を持って教えていただけなんですよ!
丁度今戻るとこでして、ささ、一緒に戻りましょうか!」
井上先輩は主任の背中を両手で押し出すようにして一緒に開発室から出て行った。その際にチラッと俺のほうを
見てガンを飛ばしてるように見えたが脂肪によって中に食い込んでしまったその瞳からはどうみても堵殺場に
連れて行かれるのを拒否している脅えきった子豚にしか見えなかった。
「せんぱ〜い。薩摩のくろぶ、じゃなかった、井上先輩が何言ってるかよくわかりませんでした〜。」
森下、お前は井上先輩の事を心ではそう呼んでいたのか。かわいい顔して結構恐ろしい奴だったんだな。
ただ、あんな奴の言ってる事にも一理はある。ちょっとディテールの事も頭に入れながら完成形のイメージ
をしてみるか。

 時間は昼休みとなり束の間の休息、俺は近くのファミレスに食事しに行く事にした。森下は毎日奥さんから
の愛妻弁当がある為、俺はいつも一人でファミレスかコンビニで買い物の二択で食事を済ませるようにしている。
ちなみに開発部署では気持ちながらのフレックスタイムを導入しており、昼食時間に行く時間には若干の融通
が利く。このおかげで11:45に会社を出て11:50にはファミレスに到着するので混雑する前に昼食を
済ませる事ができるのだ。まあ、普段ハードなスケジュールでめまぐるしく働いている我等、開発部署の人間
にとっての僅かながらの特権と言うべきであろうか。

57 :No.14 こちら雑貨商品開発室 4/5 ◇XG6dfopuHc:07/06/10 22:06:35 ID:yXi0zTAD
オーダーを済ませ仕事の事、週末の遊びの計画の事などを想像しながら食事が来るのを待っていると次第に
お客がぞろぞろ入って来る。時間が12:00を回りファミレス内が瞬く間に混雑してきたのだ。
「お待たせ致しました、オムレツになります。以上でよろしいでしょうか。」
好物のオムレツをガツガツと胃に流し込む。早く食べて会社に戻って昼寝をする事がささやきな楽しみなのだ。
「最後の席ゲット、ズサー!」
すると俺のテーブルの対面に座る一つの人影があった。
「あ、棚橋さんじゃないですか。」
俺の対面に座ったのは事務の棚橋美樹さん。身長は150cm前後とやや小柄ながらも大きな瞳がチャーム
ポイントの我が会社のアイドル的存在である。ルックス良し、性格も面倒見が良く女性としては文句のつけよう
がなく、勿論俺の憧れの対象である。そう、ただ一つの点を除いては・・・・。
「どう見ても満席です、本当にありがとうございました。」
美樹ちゃんはインターネットで流行しているらしい言葉をよく使うのだ。俺もインターネットはたまに利用する
が材質の特性や他社の開発商品を調べたりする限りでは美樹ちゃんの使っているインターネット用語は全く目に
する事はない。おかげで会話をしていてもよく理解できない事が多いのが悩み所なのである。
「テラワロッシュ。半ば割り込み同然で席確保している私は明らかにドキュン。」
ただ俺とて馬鹿ではない。憧れの美樹ちゃんとなんとか会話を合わせようとして四苦八苦した結果なんとか朧げ
ながらも会話の意味を理解する事ができるようになったのだ。これも恋の力・・・・なのであろうか。
例えば今の会話をとってみるとテラワロッシュというのは確か有名な某RPGの勇者の最強の剣技だったはずだ。
そしてドキュンというのはバイキンマンのかわいい妹の事だ。つまり何が言いたいかと言うと私は強くてかわい
らしい女性なのよ、と自己アピールしているのが容易に想像できる。それをこの混雑したファミレスで唐突に宣言
する所がまた美樹ちゃんの魅力なのである。
「なんかショボーンとしてるように見えるけどなんかあった?」
「うん。なかなか開発が進まなくてね。」
「そっか。私にはよく開発の事はよくわからないなぁ。でもさ、自分の信じる道を行けばいいんじゃない?
ここよ、ここ、ハート。」
と、美樹ちゃんはトントンと親指で胸元を叩いた。
「ハート・・・・か。」
俺は感慨にふけっている振りをして美樹ちゃんの胸元を凝視していた。こんなチャンスは二度とない、なにせ美樹
ちゃん自身が胸元を指差してこちらを見るように促しているのだ。いつも脇目でチラチラと見ていた時とは違い今回
は堂々と見れるのだ。今の内に忘れないように脳内に焼き付けておこう。

58 :No.14 こちら雑貨商品開発室 5/5 ◇XG6dfopuHc:07/06/10 22:06:53 ID:yXi0zTAD
ああ、あの胸元に顔を埋めて揉みくちゃにしたりされたりしたい!と思った所で携帯が鳴った。どうやら森下かららしい。
ちっ、俺の甘美な時間を邪魔しやがって。
「ごめんね、棚橋さん。俺先に行くわ。ご馳走様。」
「萎え〜。」

 ファミレスから戻り、開発室に入ると森下が青白い顔をして無気力に椅子に座っていた。
「どうした?今度は何をやらかした?」
「こ、これなんですけど・・・・。」
森下の指す方向に目をやると無残にもばらばらに砕け散った開発中の商品があった。
森下曰く、機能の確認をするべくがちゃがちゃといじっていたら誤って床に落としてしまったらしい。
「ど、どうしましょうか。せんぱ〜い。」
「ま、しょうがないわな。そのぐらいで壊れるぐらいなら元々発売できないさ。」
俺に不思議と怒りはなかった。むしろ全てがリセットされて清々しい気持ちに思っていた程だ。
この期間に色々得た物はあった。森下からは全てが平均化された特色のない商品よりもどれか一つの機能が特化
された商品のほうが消費者ニーズの目に止まりやすいという事。豚からは大局を見るよりまずはミクロの部分から
詰めていった方がそれぞれの機能を生かせやすいという事。そして美樹ちゃんは小柄な体にしては意外にふくよか
な胸だったという事を教えてもらった。
「ほら、また始めるぞ。今日からしばらくは徹夜だがな。」
「女日照り、じゃなかった。せんぱ〜い。それはないですよ〜。」
・・・・へぇ。

 ――そして二週間が過ぎた。
「よし!やっと試作品が完成したぞ。あとは性能評価と耐久試験を行うだけだ。森下、聞いてるか?」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
この日だけは徹夜明けの朝日の光が疲れきった体に染み入り、癒してくれている様な感じに思えた。
こうして俺とその他一名で一ヶ月近くかけて作りかけた開発商品が遂に完成したのであった。その名も、
『超合金サンシャインロボライター兼十得ナイフ』

 更に一週間後、この商品は役員会議にて否決され、発売される事なくお蔵入りとなった。



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