【 二人の関係 】
◆rnVQLHXf7Q




570 名前: ◆rnVQLHXf7Q :2006/05/01(月) 02:31:09.71 ID:7zaLrQvU0
お題「依存症」 タイトル「二人の関係」

私がこのアパートへ通うようになって、もう二年が経つ。
草間浩二と名乗る男とは、かれこれ五年、高校生の頃からの付き合いだ。
お互いに仕事をするようになってから、土日だけが二人の時間となったが、
それでも私達の関係は変わらない。
持ちつ、持たれつ。そんなところがある。
少なくても、私はそう信じている。

日曜日の夕暮れ、既に洗濯物は取り込んだ。
今日はデートへ出かけたわけではないが、初夏の陽気を伴った一日は、
軽く身体を汗ばませたのだろう。
干したてのシャツが好きな浩二は、洋服棚にしまう前に、さっそく一枚、着替えていた。
その後、テレビを見ながら、夕食もとった。
勿論、日本のテレビ局への不満などは、料理の味付けの内に含まれている。
今日の食事は──まあまあだった。
私が食器を片付けようと席を立ち上がると、浩二はいそいそとテレビのチャンネルを切り替えた。
突然、大歓声が響き渡る。
今日のプロ野球は、球界の盟主たる大球団さまが、大量得点でリードをしているらしい。
コメンテーターの口がいつにも増して軽くなり、私などは薄寒さを感じるのだが、
浩二は全く気にならないようだ。
一党独裁のアジテーター。それに乗せられる蒙昧なる民衆。
彼らは作られた英雄に熱狂し、与えられた興奮に触発されているにすぎない。
私のフィルターを通せばこんなものだが、当の信者には分からないのだろう。
私から言わせれば、浩二は立派な「セカイの盟主依存症」だ。

浩二は私の思いを他所に、ワンサイドゲームを楽しそうにみている。
私には一方的な暴力にしかみえない試合でも、楽しめるのだから大したものだ。
私は席に戻ると、しばらく雑誌を眺めつつ放っておいたが、少し退屈さを覚えた。
雑誌を二冊持って、浩二の隣へと移動する。

571 名前: ◆rnVQLHXf7Q :2006/05/01(月) 02:32:40.56 ID:7zaLrQvU0
「ねぇ、これカワイクない?」
「このバッグ、欲しいな」
「あ、まだ間に合うゴールデンウィーク特集だって。ねぇ、こことか行ってみない?」
「ああ、温泉行きたいな」
「ねぇ、この映画観たいな」

時折、浩二の目の前に雑誌を広げて、指を差しながら話しかけるが、
浩二はやや煩わしそうに返事をするだけだった。
服の袖を引っ張って、猫なで声で甘えてみても、すぐに視線をテレビに戻してしまう。
さすがは信者。攻略は容易ではない。
ならば、とばかりに私は強硬手段を採ることにした。
「ねぇ、浩二、聞いてる?」
我ながら、演技は完璧だった。
往年の名女優、オードリー・ヘップバーンの気品を保ちつつ、
マリリン・モンローの蠱惑的な表情でもって、浩二の首に腕を巻きつけた。
これで何も感じない男は、男ではないと断言できる。
だが、浩二の反応は、私の期待を大きく裏切った。
「なあ。お前は俺がいなくなったら、生きていけないんじゃないのか」
イケシャアシャアと浩二は言ってのけたのだ。
最高の舞台は、最高の役者だけでは成り立たないと聞く。
浩二のセリフは、日本お笑い界のカリスマ、加藤茶のクシャミが、
本物か演技かの区別もついていないに等しい。
なんということだ。
こんなに鈍感な観客が、ここにいたとは。
私は浩二の首に巻きつけた腕を振りほどくと、
──何を馬鹿な。一人になって生きていけないのは、あなたの方よ。
そんな抗議をするつもりで、私は浩二の服の袖を掴み、瞳をみつめた。
口惜しい事にこんなとき、頭ひとつ分の身長差が、私に上目づかいを強要する。

572 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/05/01(月) 02:35:02.97 ID:7zaLrQvU0
あなたは、私があなたに依存していると思っているけど、それは違う。
いくら私が、常に誰かが側にいないと駄目な女でも、
「あなたじゃなきゃダメ」
ということにはならないのよ。
そんなことも分からないなんて、思い上がりも甚だしいわ。
男とはつくづく単純な生き物ね。
……そんな思いを眼力に乗せて、浩二の横っ面に突き刺してやった。
しかし、浩二は私の念を頬に受けると、黙ってみつめ返してきた。
軽く頬を緩ませている。どうやら私は、思ったことの一部を口走ってしまったらしい。
私の声に反応した浩二は、「仕方がないやつだ」という言葉を鼻息で語り、私の肩を抱いた。
この男は何かを勘違いしているらしい。違う。そうではない。
「私に必要なのは……」
──あなたじゃない。私に必要なのは男という生き物。
私と言う個性によって、磨かれていく男が好きなだけ。
今、こうして私を抱き寄せて、優しく頭を撫でているあなたじゃないの。
気が大きくて、自信に溢れる男には興味がない。
そんな男は、この私には相応しくない。
私は心でつぶやいた。

でも、私は知っている。
草間浩二という男は、実は弱い人間だってことを。
本当は繊細で、臆病な未熟者なのだということを。
だから、私はここにいるのだ。
気弱なあなたに、自信をつけさせるために。
あなたが私に頼られることで、自立心を芽生えさせるために。
あなたに精神の均衡を与えるために、私はここにいる。

本当に依存症なのは、
「あなたよ。浩二」
──あなたが私に依存してるの。とは言わなかった。

573 名前: ◆rnVQLHXf7Q :2006/05/01(月) 02:36:11.92 ID:7zaLrQvU0
浩二は肺一杯に空気を吸い込んで、抱きしめる腕に力を込めた。
加減を知らない馬鹿力で、胸が押しつぶされる思いをしたが、嫌ではない。
これは自分が認められたと知ったときの、この男の精一杯の感情表現なのだから。
浩二の発した喜びの脳波が、触れ合った部分から私にも伝導した。
電流が全身を駆け巡る。
──これだ。
刺激が身体を震わせて、寝ぼけた細胞を叩き起こしていく。
ピリピリと痺れるような感覚が、全身の皮膚を波立たせる。
全ての感覚が鋭敏になり、私という存在が、鮮明に感じられる。
私は、この一瞬のために生きていると言っても、過言ではない。
甘い痺れの余韻に浸りながら、私は浩二の背に腕を回して、その厚い胸に顔をうずめた。
干したばかりの衣服と、洗剤の香り。それに混じる浩二の汗の臭いがする。
私の胸は一杯になった。



ねえ、浩二。
私はあなたの弱さが好き。
些細なことで、大喜び出来るあなたの弱さが。
だからね、私はあなたの側にいてあげる。
あなたが本当に強くなるまで、ずっと一緒にいてあげる。

……あなたが私に依存をしなくなる、その日がくるまで、ずっと一緒に。



おしまい。



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