【 依存症 】
◆fFwQAkNTgI




104 名前:依存症 ◆fFwQAkNTgI :2006/04/29(土) 20:01:32.95 ID:wNdf74hF0
鼻の中に入り込むようなツンとするとも言えないが、いい臭いとも言い難いワックスの臭い。
私、三井有紀はその香りが大好きだった。むしろ依存症のレベルだ。
ワックスの臭いを一日数回は臭わないとそわそわして落ち着かない。
中学生のころに体育館で聞いた麻薬の禁断症状にこんなのがあったな。
ああ、誤解があっては困るんだけどワックスって床用のじゃない。整髪料の方だ。

ワックスと出会ったのは中学二年の時、男友達が内緒で学校でつけている現場を目撃した時だ。
一目惚れならぬ人嗅ぎ惚れ。赤い糸を引き当てた感じでビビッと来た。
自分が生涯関わるべきにおいだ。
最初はその友人に譲ってもらった。その日から毎朝自らの手で自分の頭にワックスをつけた。
友人からもらったワックスが切れてコンビニに買いに行ったときワックスにも種類があることを知った。
思い切り立てるためのもの、髪束をつくるためのもの、ツヤを出すもの。
髪質によってワックスを選ばなければならないことも知った。
小遣いをはたいて大量のワックスとその類の雑誌を買った。
そんな私がスタイリストまがいのことをやるのは時間の問題だった。

最初は知名度なんてなかった。こっちが頼んでも拒否されてばっかりだった。
もともと気は短い性分だ。そんな状況に我慢できなくなって男友達を強引に客にした。
昼休み中に体育館の裏で髪の毛を整えてやった。致し方なく無料でだ。
なかなかその友達には好評だったので、冗談まじりに
「次から二百円だからね」
と言ったら友達は手をがっしり握ってきた。顔がマジだ。セットが上手くできずに悩んでたらしい。
「契約成立だからな!!」
放課後になると友達から話をきいた友達の友達がセットを依頼してきた。
大歓迎だ。金をもらいながらワックスを臭えるなんて夢みたいだ。
私は整髪屋として堂々とデビューした。

105 名前:依存症 ◆fFwQAkNTgI :2006/04/29(土) 20:04:32.56 ID:wNdf74hF0
「ただでやってくれよなあ」
男友達の一人が私にセットされながらぼやく。客が増えるにつれて値段が上がった。
今は一回三百円。二回分予約ならお得な五百円。
別に調子に乗っているわけではない。ほら、あれだ、社会で習った需要と供給による均衡価格。
「駄目でーす。こっちもビジネスだからね。ワックスだって馬鹿にならないし」
確かにワックスはそれなりの値段だ。だが四人もやれば楽々一個は買える。残ったもうけはポケットへ。
利益があってしかもワックスが臭える。趣味と実益、両方が完璧に存在する。
「はい終わり」
「おー。どうもどうも」
自分でも中々いいできだ。お客も気に入ってくれたようで鏡をみて満足そうに笑っている。
仕事がいいお陰だろう。大抵の人はこの男子のように笑顔で料金を払ってくれる。
「どーも。じゃあね。もう昼休み終わるし」
「あー。友達から放課後の予約頼まれたんだけど」
「言伝は無効にしてるから。それに放課後は野暮用があるしね」
授業が全部終わると私は必死に走って帰って出来うる限り野暮用のためにおしゃれして野望用との待ち合わせ場所へ向かった。
野暮用は公園で待っていた。デート?ノン。そうだったらどれだけいいだろう。

106 名前:依存症 ◆fFwQAkNTgI :2006/04/29(土) 20:08:19.57 ID:wNdf74hF0
「先輩!お待たせしました!」
「おー。いいって。俺が頼んだんだし。二百円だっけ?」
この人は一年前まで中学にいた剣道部の先輩。卒業式の日に泣きながらアドをゲットした。
そのアドから昨夜仕事の依頼がきた。今夜合コンがあるからだそうだ。
こっちとしては邪魔したいけれど先輩の髪の毛触れるチャンスなんて滅多にないし。
ちなみに二百円は一年前の値段だ。
「いえ!先輩からお金なんていただけませんから!」
「いや、俺だけってわけには」
「いいんです!報酬は十分ありますから!」
「?。そうかー?」
とりあえず最高の力を出し切った。意味がわかんないことに終わった時には息が切れてた。
先輩のいい感じになった頭を抱きしめてワックスと先輩の香りを嗅ぎたいのを必死に押さえて手を離す。
「終わりました。完成です」
「おー。相変わらず上手いなあ。将来そういう仕事につくんか?」
「たぶんそうなるかと思います・・・」
告白したいのは山々なんだが理性が押さえまくってやる気が全然おきない。
「合コン、頑張ってください」
「あはは。頑張るもんでもないけどな
次の日の昼休み中、メールが来た。
オリエンタルラジオのネタが突然始まり客が驚く。仕事を終え、携帯を開くと嫌なメールがあった。
(昨日の合コンで一人アドゲットした。その子に付き合おうと言われてるんだけどどう思う?写メつける)
添付ファイルの女は中々に可愛いだろう。先輩と十二分に釣り合う。
その事実が私の目を覚ました。
たしかにこのまま思いを伝えなければ傷つかない。だけど、先輩はそのうち誰かに取られてしまう。
黙っていれば可能性は0、リスク覚悟で特攻すれば可能性はある。
ここで迷うような人間になったつもりはない。

107 名前:依存症 ◆fFwQAkNTgI :2006/04/29(土) 20:09:26.20 ID:wNdf74hF0
放課後走りながら電話をかける。
「先輩!今日家にいってもいいですか!?」
「かまわんけどなんで?」
「今日はお客が一人もいなかったんです!私、ワックスの臭いがないと駄目で!」
「ああ、聞いたことがある。分かった。待ってる。ちゃんと二百円用意してな」
「ありがとうございます!!」
値段の間違いを訂正するのや支払いを拒否する余裕なんてない。
思い切り、出来うる限り色っぽくて可愛い格好をして家を飛び出す。門限?親父?しったことか。
公園までの距離の倍ある先輩の家につくころには真っ暗になっていた。
身体は汗まみれだ。だけど今はそれが色っぽく見えることを祈るしかない。
「ようこそ。ってどうしたその汗。そんなワックスの臭いが?」
私の顔から自然と笑顔があふれる。先輩の顔がみれたのがなぜがとても嬉しかった。
「ええ。迷惑かけちゃってごめんなさい。我慢できなくって」
先輩の家に入るのは初めてだ。結構広い。
行く先は先輩の部屋じゃなかった。先輩のお母さんの鏡台の前だ。先輩が気を遣ってくれてのだ。
私は心臓の鼓動を押さえるのに必死でセットの方に集中出来てなかった。
だけど手慣れというんだろうか、きちんとした髪型になる。ちょっと自分でもビックリだ。
さて、ここから終了を告げて告白するわけだけど言う言葉は決めている。来る途中何回も呪文ように唱えた。
先輩を剣道部で見たときから先輩の凛々しさとかっこよさに惚れて、卒業するときなんか〜
頭の中で台詞を確認する前に鼻をワックスの香りがくすぐる。その瞬間に衝動が抑えられなくなった。
昨日出来なかったことだ。理性の糞野郎のせいで出来なかったこと、あんまりにも腹の中バレバレな行為。
だけど知ったことか欲望に身を任せろ。
先輩の頭を抱きしめる。先輩が驚いて変な声あげてもしらない。ほおをこすりつけてゼロ距離から頭を臭う。
「先輩!大好きです!」

結果?もちろんOKだった。だけどここからだどこにでも泥棒ネコはいる。
先輩と私の関係を、私とワックスの関係まで持っていかなきゃならない。
つまり先輩を私に依存させなくちゃ。



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