【 君を想う 】
◆rj1xA.n0qY




49 名前:No.12 君を想う 1/5 ◇rj1xA.n0qY 投稿日:07/05/13 23:01:56 ID:jEMWqZX3
「……………」
雪子の言葉を、ぼくは心臓が止まったようになり聞き取れなかった。
雪子はいつものように満面の笑みを浮かべている。「なんて言ったの?」その一言が出てこない。
その笑みはあまりに純粋すぎて、ぼくは見続ける事すら出来なかった。ぼくは目をそらそうとする。
けれど首は動かず、今となっては体全体が石になったように重く重くなっていた。
魔法の言葉。そうたぶん、その言葉は何か呪いの言葉だったのかもしれない。
だからぼくは動き出す事が出来ないのだ。雪子は、そんなぼくを見つめながらその場に倒れた。ぼくは…。

ぴんぽーん

そんな音がいつもの夢を遮断する。俺は頭を一度振り、夢の世界から現実へと覚醒をしていく。
いつもみる昔の記憶なのだが、今日はうっすらと額に汗をかいている。
今日の夢は、とてつもなく鮮明だった。けれどもいつものように、あの言葉は思い出す事が出来ない。
思い出せそうで思い出せない感覚にイライラする。
けれど、チャイムの音は相変わらずなっている。
俺は一度舌打ちをして玄関の方に向けて「はーい、いますよー」と大声を上げた。
チャイムの音は止まった。俺はまた舌打ちをして立ち上がり、額の汗を袖でぬぐった。

「宅急便です」
玄関に出た俺を待っていたのは、少し疲れた顔をしている中年の男だった。サインをして荷物を受け取る。
軽く会釈をする男を無視し、扉を閉め、送り状に書いてある宅急便の送り主を見る。
親からの荷物からと思ったが、そこには予想外の名前が書いてあった。

ぼくと雪子が出会ったのは、1年ほど前の18歳の秋だった。
ぼくが原チャリで事故を起こし入院した時に、隣の部屋にいたのが雪子だ。
当時、雪子の年齢は17歳で、年齢も近い事もあり、いつの間にか毎日会話をする仲となっていた。
それに雪子は年下のくせに、恐ろしく美人だった。
身長はそんなに高くはないが、入院生活のためか細い体は、触れれば折れてしまいそうだ。
そして一番目に付くのは長い黒髪。力強い目とあいまって、同学年の女の子にはない不思議な魅力があった。
けれども話してみると、とても気さくな普通の女の子であり、ぼくは雪子にいつの間にか恋をしていた。

50 名前:No.12 君を想う 2/5 ◇rj1xA.n0qY 投稿日:07/05/13 23:02:37 ID:jEMWqZX3
宅急便には雪子の名前が書かれていた。けれどもそんなはずはない。
1年前に彼女は病気で死んだのだ。誰かのいたずらかと思ったが、そもそも俺と雪子の関係を誰も知らない。
それでは雪子が1年前に送ったのだろうか。俺はおそるおそる包装紙を破る。
するとその中には、手のひらに乗る小さな白い箱が入っていた。俺はさらに箱を開ける。
するとその中には、白い便箋と、白い石で出来た首飾りが入っていた。
白い色だけの荷物。それは間違いなく、雪子が俺に送ったものだった。

ぼくは退院した後も雪子に会いにちょくちょく病院へ通っていた。
学校が終わったら病院に行くのが日課となっていた。
ぼくと雪子は、その日あった事を面会のギリギリまで話し合った。
たいてはぼくが話をして、雪子が質問をするだけで、
最後の最後まで雪子の病気の事も、何もわからなかったけれど、その時間は楽しかった。
ぼくは雪子に恋をしており、雪子もぼくの事が好きなんだろうな。
そんな風に思って、何度か冗談交じりに告白をした事もあったが、
雪子はいつも一瞬寂しそうな顔をして、笑うだけだった。
答えを聞くのが怖くて、それ以上詮索する事はなかった。

そんなある日、病院へ行くと雪子はめずらしくベッドから立ち上がっていた。
「今日は元気だね、大丈夫なの?」
ぼくは、そう言って近くのイスに座る。
「うん、なんか調子よくって。今日はいい天気だね〜」
本当に調子がいいようで、軽くノビをしてみせる。
「いい天気だよ。冬なのに、暖かいしね」
もう春も近いので、日が出てる日はコートもいらない位は暖かい。
「そうなんだ。あ、それならちょっと屋上に行かない? とっても綺麗なんだよ」
そう言って返答も聞かず病室を出て行く。ぼくもあわてて雪子を追いかけた。

51 名前:No.12 君を想う 3/5 ◇rj1xA.n0qY 投稿日:07/05/13 23:03:06 ID:jEMWqZX3
屋上に来たぼくらに、太陽がここちよい暖かさを与えてくれる。
「本当に、いい天気だね」
雪子はそう言うと空気を全部吸うかのように、深呼吸をした。黒髪は光に当り、キラキラと輝いていた。
病院にいた頃は気がつかなかったけれど、雪子の黒髪はいつも綺麗に手入れされており、
およそ入院患者とは思えなかった。綺麗だな。
そんな事を考えるとなんだか恥ずかしくなり、ぼくは目をそらしたまま今日来た理由を話す。
「そうだ、雪子。昨日さ海にいったんだけど」
「そーなんだ。海か〜冬の海っていいよね、綺麗で」
そう言って、手すり越しに外を見つめる雪子。病院の屋上からは海が見えて眺めがいい。
病院の自慢の一つらしいが、今日はめずらしく誰もいなかった。
「それでさ、綺麗なの見つけたから、雪子にあげようと思って」
ぼくはそう言ってポケットの中から、小さな石を取り出して見せる。
それは、海岸で遊んでいた時にみつけた白い綺麗な石だ。雪子は白いものが好きだった。
今も白い服を着ており、それはなんというか……とてつもなく似合っている。
だから、きっと喜ぶだろうな。そんな事を思って、今日持ってきたのだ。
「わぁ! 石……かな? 綺麗だね!」
雪子はそれを太陽に透かしてみたり、色々な方向から見たりしている。
手渡す時に、少しだけ手が触れ、ぼくはちょっと照れくさくなった。
「綺麗だろ? 海に行けばいっぱいあると思うよ。だから今度……」
遊びに行かないか? と言おうとして、雪子が入院している事を思い出す。
今日は調子がいいからこうやって歩いているが、いつもはベッドの上で話をするだけだ。
そんなぼくの言葉に気づかなかったのか雪子はトテトテっと近づいてきて、
「これ、とっても綺麗だね。石だけど、とっても軽いし。もっといっぱい欲しいな……」
そんな事を言った。
「海岸に行けばいっぱいあるから、もっと探してきてあげるよ」
「本当に?」
「本当に。また持ってきてあげる」
「うん」
雪子は嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。その笑顔は、今でも目を閉じるだけでも思い出せる。
それからその石は、雪子の一番のお気に入りとなった。

52 名前:No.12 君を想う 4/5 ◇rj1xA.n0qY 投稿日:07/05/13 23:03:35 ID:jEMWqZX3
箱の中に入っていたのは、その時にあげた石や、その後プレゼントした石で出来た首飾りだった。
どこにでもあるようで、どこにもない…たった一つの、白い石だけで出来た首飾り。
雪子が一番のお気に入りといった石で出来たそれを見ていると自然と涙がこぼれてきた。

「ねぇ私の事、まだ好きかな」
雪子に呼び出されたのは、それから一ヶ月位たった後の夜だった。
夜は面会時間を過ぎているので、いつもは会う事が出来ない。
けれど、呼び出すという事は何か理由があるのだろうと思い、ぼくは急いで病院へ向かった。
雪子が指定した屋上へ行くと、そこには雪子が立っていた。いつもの格好で。
ぼくが近づくと、唐突にそんな事を聞いてきた。
ぼくは……困惑をした。雪子の事は好きだったけれど、それをはぐらかしてきたのは雪子だった。
「答えて欲しいな……まだ、好きでいてくれてるかな」
雪子は、そう言ってこちらに笑顔を向ける。ぼくは……その笑顔を見て硬直するが、雪子の質問に答える。
「もちろん、今でも好きだよ。そして、これからもずっと」
「そう……」
雪子はいつものように、はぐらかすような感じでどこか困ったような嬉しいような顔をする。
「雪子は……」
ぼくは、聞いた。
「雪子は、俺の事好きか? 俺の事、どう思ってる?」
自分から言う事は出来ても、怖くて答えが聞けなかった。今までずっと、ききたかった言葉。それを聞いた。

53 名前:No.12 君を想う 5/5 ◇rj1xA.n0qY 投稿日:07/05/13 23:03:55 ID:jEMWqZX3
どれくらいだろうか、しばらく石の首飾りを持ったまま泣いていたが、でもう出てこない。
俺はまだ少し残っている涙を拭き首飾りを握り締めたまま、白い便箋をあけてみる。
するとそこには雪子の文字で、本当に短い文章が書かれていた。

月明かりに照らされた黒髪が、いつかのように輝いてる。それはとても綺麗だった。
「私は……」
雪子は、そこで黙る。ぼくは、次の一言が気になり……
けれども、聞きたくないような、そんな気持ちになり、また体が硬直する。

「「ありがとう」」

手紙には、そう一言だけ書かれていた。
そして、あの日の事……雪子に告白した、そして雪子と最後に会ったあの日の最後の言葉を思い出した。
それは同じ言葉だった。俺の記憶が思い出すのを拒んでいたその言葉。
それは、呪いなんかじゃなく感謝の言葉だった。首飾りは、感謝の形だ。
一番大切なものでつくった綺麗な首飾り。ありがとう。ぼくはもういない雪子に同じ言葉をつぶやく。



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