【 海坊主 】
◆B/rqf88wwo




82 :時間外No.01 海坊主 1/3 ◇B/rqf88wwo:07/05/07 00:45:31 ID:TJIb7S+n
 海坊主。
 そう呼ばれる男と俺が出会ったのは、去年の夏のことだった。
 親戚が経営する海の家のバイトを頼まれた俺は、静岡の南伊豆まで来ていた。
 その南伊豆の海岸はサーファーたちもよく利用しており、彼も毎日のように波乗りを楽しんでいるサーファーの一人だった。
 サーファーは良く海の家を利用する。毎日顔をあわせているうちに、自然と僕もサーファーの人たちと仲良くなっていったのだ。
 サーファー仲間の中で彼は、人気者でまとめ役のような存在だった。
 彼は色黒で背が高く、黒人のように立派なその体躯や大人っぽい仕草とは裏腹に、少年のような目と人の警戒心を溶かすような豪快な笑い方をした。そこが皆を惹きつけたのだろう。
 おそらく海坊主の由来は、いつも海にいることと、太陽の光を反射するスキンヘッドから来るのだろう。海の家からでもその反射の光で、彼の位置が確認できた。
 その奇妙なおかしさも、彼の親しみやすさを増すのに手伝った。
 海坊主は、不思議な存在だった。
 あんなに目立つのに、皆が気づかないうちに姿を現したり、消えていたりするのだ。
 彼の宿泊場所も、素性も、サーファーの誰もが知らなかった。
 もっとも、それはめずらしくなくサーファーたちもお互いにそれほど詳しく名乗ったりするわけではないようだった。
 俺は、そんな海坊主が嫌に気になって仕方が無かった。

83 :時間外No.01 海坊主 2/3 ◇B/rqf88wwo:07/05/07 00:45:50 ID:TJIb7S+n
 ある蒸し暑い夜だった。
 俺には、夜の海を楽しみたくなる衝動のような癖がある。
 そんな夜はこっそり、海の家を抜け出して岩場に隠すようにしておかれていた小さな小船で海に出るのだ。
 その夜も、そんな衝動にかられた俺は、叔父に見咎められないよう、忍び足で海の家を抜け出した。
 静かな海の上を揺れる小船に横たわると、気持ちも海のように穏やかになっていく。
 心地よい波のリズムに身を任せて、うとうとしかけていた時だった。
 突然、小船を衝撃が襲った。
 激しく揺れる小船に、俺はしっかりと淵をつかみ、落ちないようにしなければならなかった。
 黒い海はまるで俺を飲み込もうとでもしているようだった。
 ふと横をみると、黒く丸いものが浮かんでいた。
 な、なんだこれは、とおもっていると、すうっと音もたてずに、波から顔が出てきた。
 辺りは薄暗く、まるで表情は見えなかったが、その雰囲気はまさに幽霊のようだった。
「杓子……杓子を貸せ」
 腹に響くような陰鬱とした声が聞こえてきたときには腰を抜かすかと思った。
 これは……、もしや船幽霊というものなのだろうか。
 そういえば、叔父さんが夜に海に出るな、と言っていたのはこのせいだったのだろうか。
 なんにしてももう遅い。
 どうすればいいのだろう。おれは杓子など持っていない。
 怯えと恐怖が入り混じった顔で、狭い小船の中を見回したがそんなものあるわけなかった。
 気がつくと足が震えていた。
「無いのか? ……無いのなら、お前の髪の毛を寄越せ」
 今度は、全身が震えだした。
 震える手で、頭を撫でてみる。
 わかりきったことだった。
 何年も馴染んだこの手触り。
 間違えるはずがなかった。
 俺も海坊主と同じスキンヘッドなのである。
 若禿げは俺に死よりもスキンヘッドという道を選ばせたのだ。
 それにしてもこの船幽霊、目がないのだろうか。
 暗闇の中目を凝らして見てみようとするが、堀が深いせいか目の有無は確認できなかった。

84 :時間外No.01 海坊主 3/3 ◇B/rqf88wwo:07/05/07 12:50:30 ID:TJIb7S+n
「お、お前……もしかして……」
 船幽霊の声に驚きが入り混じる。
「お前も、そうなのか? 坊主なのか?」
 彼の声には、間違いなく同族を哀れむ同情の響きが表れていた。
「ああ」
 あれ、震えも掠れもせずにきちんとした声が出た、と思ったとき、体の震えが止まっていることに気がついた。
 ざばーーーーっ!!!
 波が大きく揺らいだと思うと、俺の向かいには船幽霊が座っていた。
 あ、一応足あるんじゃん。
 奇妙なことに感心していると、彼の容姿にふとどこかで見たような既視感を覚えた。
「あれ、あんた、もしかして海坊」
 最後まで言い終える前に、ざばん!!! と豪勢に波しぶきを上げて、船幽霊は姿を消した。
 あれは絶対に、海坊主だった。
 彼は幽霊だったのか?
 頭の中が疑問でいっぱいになりながら、俺は帰途についた。

 次の日から、海坊主はまったく姿を現さなくなった。
 サーファー仲間の間でも大分うわさになっていたが、二週間も経つと皆、忘れていった。
 しばらくして俺は叔父さんに聞いてみた。昔この海で死んだ男がいなかったかと。
 あー確か、自殺した奴が一人が居たなぁ、と何でも無いことのようのようにテーブルを拭きながら答えた。自殺の理由とかもわかる? と俺が聞くと、さすがにちょっと言いにくそうに、呟いた。
「定かじゃないけど、恐らく、若禿げだったと思う……」
 その答えですべてが納得いった。
 その日の夜、海藻をたくさん持って、海に繰り出る俺がいた。
―完― 



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