【 # I/M: Princess in the backseat. 】
◆D7Aqr.apsM
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318 名前: 予備校講師(大阪府) 投稿日:2007/04/23(月) 00:39:40.43 ID:JQ791xVg0
 こもった音を立てて、ドアが閉められると、街の喧噪が遠くなる。
「彼女達、歌っちゃいましたね。思惑通りですか? シンシア様」
 運転席に座った女性が、ルームミラーの位置をなおし、鏡越しに後席に座った金髪の少女を見る。
「うん。まあ、煽ったからな。……芸術家ってのはどの国でも不思議な表現をする。彼女、あの曲が
『昔つきあっていた彼氏みたいな感じ』がしていたんだそうだ」
「そうなんですか。いわゆるモトカレって感じですね? 解らなくもないですけど」
「フェーイ……なんだそれは?」 シンシアとよばれた少女は後席に深く座り直して脚を組んだ。
顔をしかめる。ベージュの革のシートが鳴り、黒いベルベットのワンピースのほっそりとした体を包み込む。
脚が組まれると、白いストッキングに包まれた脚と、小さなエナメルのパンプスが車内灯を小さく映し出す。
「この国では、そう言うらしいですよ? 元、彼氏って言葉の略らしいですけど」
 ふん、とシンシアは鼻で笑って窓の外に目をやった。
「わからんな。元、彼氏って、別れたらただの他人だろう? それをどうしていまだに関係があるような
含みのある言い方をするんだ?」
「シンシア様、知らないんですか? 『別れても友達でいようね』 とか、そういう微妙な言い回し』
 運転席に座るフェーイは静かな動作でハンドルを切り、車を発進させた。
「欺瞞だな。そんなもの過去の特殊なポジションを、関係が終わった後も保持するためのもの
でしかないだろう」
「ま、そうですね。――で、言葉の主ですけど。見つかりそうですか?」
「うん。彼女から色々聞き出した。明日から追いかける」
 ビルの谷間の入り口から、高架になった都市高速に車はあがっていく。オレンジ色の街灯が
光の筋になって流れた。
「しかし」シンシアは独りごちた。「我々の部隊訓が、こんな離れた島国の片隅で、ポップミュージックの
歌詞にするなんてね。なんともおもしろいもんだ。今の我らが祖国であの歌を流してみろ、秘密警察が
すっとんでくるぞ」窓の外を流れる、異国の風景。派手な色遣いの看板が次から次へと流れていく。
 隣国に迎合することで飲み込まれた祖国と、国外へ追放された王族。
 シンシアをはじめとする、その王族と共に国を取り戻そうとした戦友達。
 温帯特有の四季を持ち、豊かで、平和なこの国の景色に、彼らの顔がだぶる。そのどれもが血に
濡れていた。最後の作戦。情報の漏洩から全滅したと思われた仲間の一人が、この島国へ逃れた、
という情報が入ったのが一年前。入国許可を得るのに半年。支援者の力をかりながら情報をあつめ、
この街にたどり着くのに半年がかかった。

319 名前: 予備校講師(大阪府) 投稿日:2007/04/23(月) 00:40:51.98 ID:JQ791xVg0
「彼女、無事だと良いですね」
 思いに沈み込むシンシアを現実に引き戻そうとするかのように、フェーイが声をかける。
「聞いたところ、日本名を使ってかなり上手くとけ込んでいたらしい。元々、小器用な女だ。なんとでも
やっているだろうさ。――生きてさえいれば」

 車は、その重量と細やかに電子制御されたサスペンションで揺れもせず走っていく。
 こくん、こくん、という小さなノイズだけが、アスファルトにある継ぎ目の存在を主張していた。
 シンシアはヘッドレストに頭をもたせかけ、、後席に備え付けられたバーからフルート――背の高い、
シャンパン用のグラス――とボトルを取り出した。
 ポールジロー。コニャックを作るのと同じ葡萄で作られた、ビンテージのスパークリングジュース。
 レースの柔らかなハンカチでコルクを覆い軽く捻ると、軽い音と共にガスが抜けた。薄い琥珀色に色づいた
液体が、フルートを満たす。細かい泡が立ち上る。シンシアはグラスの縁に、薄い唇を上品に寄せた。
「シンシア様? そういえば、ふと思ったんですけど」
「うん?」
「男性とおつきあいしたこと、あるんですか?」
 シンシアはグラスを口から離し、ミラー越しにフェーイを睨みつけた。
「そんな暇なこと、するわけないだろう?」
「あたしもです」
 素っ気なく言い放つシンシアに、フェーイは笑い返す。
「そんな時が、来るといいですね」
 シンシアの唇がかすかに動く。けれど、その声はフェーイに聞き取ることはできなかった。
「これから六百キロほど走ります。おやすみになってください」
 ありがとう、小さく呟くと、体を包み込む革の感触を感じながら、シンシアは目を閉じた。
 夜の中、車は加速していく。

# I/M: Princess in the backseat.  ◇D7Aqr.apsM

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