【 君の顔が気に入らない 】
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791 名前: 建設作業員(滋賀県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:52:38.90 ID:G+s/HXWb0
「一つ、千円だよ」
 祭りの灯りから外れた物寂しいところに、
ぼったくりも良い値段のお面が売っていた。
 胡散臭い髭面のおじさんが、煙草を右手に可愛らしい面を売ってる。
そのギャップがなんだか可笑しくついつい覗いてしまった。
 その中でも特に、輝いている様に感じた猫の面を手に取った。
私に訴えてくる。ここにいると叫んでいる。
 私の顔に似ているかなあ。

「おじさん……これおじさんが作ったの?」
「ああ、そうだよ」
「よく出来ているね、頭まですっぽり被さるから、
誰が誰かも分からないんじゃないかな」
 淡々と続けた。
「これをつければ、何をしてもばれないのかな」
「そうかも知れないね」
 私は目を輝かす。
「じゃあ警察に手配されても平気かな?」
「大丈夫かもしれないね」
「親が決めた鬱陶しい婚約者を消しても大丈夫かな?」
おじさんは面倒そうに、
「大丈夫かもしれないね」
 ともう一度言った。

「はい、これ千円! ありがと」
 私は明るい声で、面を被り婚約者を探して、
猫のように祭りの中へ駆け戻った。
護身用の短刀を胸に。

792 名前: 建設作業員(滋賀県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:53:13.65 ID:G+s/HXWb0
――数分後。
 僕は祭りの外れで、お面を売ってる店を見つけた。
無愛想な親父が、マイルドセブンを右手に似つかわしくない面を売っている。
 そんな場合では無いのに、気になってついつい声をかけた。
「これ、おじさんが売ってるの?」
「一つ、千円だよ」
「そう……どれか一つ適当に見繕って」
 親父は、お面を取り始めた。
「そういえば、おじさん。ここらで僕の彼女見なかったかい!」
「さあ、知らないね」
「言い辛い話何だけど……彼女、心を病んでいるんだよね」
「ふうん」
 僕は喉元まで溜まっていた愚痴を、
何故かこの親父にぶつけていた。心地よさを感じて。
「だからさ、早く見つけないと。何か問題を起こす前に。
事件でも起きたら、婚約者の僕が面倒なんだからさあ」
「あんたの顔、鼠に似ているな」
 親父は口を開いた。急にそんなことを言い出すものだから、
僕はいささかムッとした。
「ほい、これ」
 親父は相当選んでくれていたらしい。
置いてあるお面の中でも特に優れているように感じる、
犬の面を取り出した。
「あんたは猫に気をつけな、いざとなったらこれをつけるんだよ」
 猫は犬が苦手だから。
それだけ言うと、親父は煙草を吸って、僕に興味を無くしていた。
「ありがと、おじさん」
 僕は千円を取り出して、彼に渡した。
何でこんなものが欲しくなったのか、今更不思議に思った。

793 名前: 建設作業員(滋賀県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:54:29.06 ID:G+s/HXWb0
 祭りの中に戻り、小一時間彼女を探し続けた。
祭りの騒ぎも止み、辺りも清閑としてきた。
何処にも見当たらず、いい加減疲れて帰宅しようとした時。
遠くで蝶を追っている。猫の面をつけた彼女を見つけた。
 お面越しでも分かる、愛しさを感じる。
「美穂!」
 僕が声をかける。
彼女は目の色を変えて僕に飛び掛ってくる。
優しい、甘いそれではない。引っ掻き、噛み付き。
抱きついてくるではなく、襲い掛かってきた。
「この……静かにしろって!」
 俺は何故か例の親父の言葉を思い出し、
犬の面を被った。
彼女は一瞬ビクッとして逃げ出す。
 これほどまで、効力のあるものだったのか。
僕は慌ててそれを外した。
「ごめん、ごめんよ。美穂、怖がらないでおいで」
 彼女は、ニヤリと微笑んで胸の短刀を握り走った。マズイ。

窮鼠猫を噛む、とでも言うか。
ついつい腹部を殴りつけてしまった。

794 名前: 建設作業員(滋賀県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:55:16.78 ID:G+s/HXWb0
この僕の顔が気に入らないのか。
何が何だか分からない。けど僕はやっぱり愛しい彼女を背負う。
 これから、ずっとお面を被って過ごすしかないのだろうか。
僕は少しため息をついて、背伸びした。
 先程の親父の元に戻る。
「おじさん、猫が好きな動物の面を頂戴」
 僕がそう言うと、
「あんちゃん、それは整形した方が早いんで無いかい」
 彼は始めて意味深にくっくと笑った。
あと、素直に好きって言わなくちゃ。そう続けて。           
                        (了)



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