【 活動写真 】
◆Qvzaeu.IrQ




179 名前:活動写真 ◆Qvzaeu.IrQ :2006/04/23(日) 20:32:25.27 ID:AVOIPbyI0
 オッサンは、若かりし頃は結構駄目な親父だった。
 酒びたりのギャンブル野郎って訳じゃなかったけど、とにかくある時期は駄目な親父だった。
 俺とかーさんを裏切って、浮気なんかしやがった。
 帰りも、ちょくちょく遅かった。休みの日も、家族の交流なんかなかった。
 今は、まあ色々だ。俺とオッサンは、友達までは許容出来る仲で、かーさんとオッサンは良き夫婦。
 17から、19最後の今日までずっとそんな仲だ。
 隣で一緒に鉄拳をやっていると、オッサンはふいに立ち上がる。
「なあ、龍徒」
「ん? 飽きたか?」
「いや、ちょっと外でないか?」
 コントローラーをぐるぐる巻きながら、オッサンは言った。
「あー、まあいっか。鉄拳オッサン弱くって飽きたし、それにコントローラーぐるぐるまきにするなってあれほど言ってんじゃんかよっ」
「あはは、わりわり」
 そう言って、オッサンは笑った。
「どこ行く?」
 俺がそう聞いても、オッサンは外出の準備を進めるだけで答えてはくれなかった。
 そういや、二人で外に出るのは久しぶりな気がする。 
 俺もさっさと準備を済ませて、車に乗る。
 俺は後ろに座って、運転席に座るオッサンを見る。
 随分と歳を食ったもんだと思った、ついこの前まではまだ髪も黒かったのに。
 今じゃ、髪の毛も抜けかかってフケも凄い。本気で、おっさんだな。
「あのさ、龍徒」
「ん?」
「あ、いや、何でもない」
「おう」
 二人だと、会話なんか特にないもんだ。
 ゲームするときは、まあそれなりに話すしそれなりの友達みたいな、そんなラインがあるけど、それが抜けたら何も残らない。
 そのことに、最近寂しさも覚えたりするけど、もうどうしようもない。
 流れる景色を眺めていた。
「着いたぞ」

180 名前:活動写真 ◆Qvzaeu.IrQ :2006/04/23(日) 20:33:13.11 ID:AVOIPbyI0
「おう」
「龍徒、見覚えないか? ここ」
「んー……」
 高いススキの穂が、風に吹かれていた。
 どこまでも続くススキ畑と、白い砂利の道が丘の上へと伸びている。
 背中から押す風が強い。
「覚えてないかあ、もうちょっと先に行ったら思い出すかもな」
 そう言って、オッサンは先を歩く。
 見詰める背中は酷く小さく、俺のほうがもうでかかった。
「んー、なんか引っかかる感じはするんだよな」
 ふいに、真正面から強い南風が吹いた。
 潮の香りがして、それに混じるように枯れた草木のにおいもした。
「あー」
「思い出したか?」
 どんどんと先行く背中を追っていた俺は、この景色を思い出した。
 やがて丘の頂上まできて、景色がいっきに開ける。
 白い展望台と、2m弱の鉄のあみ。
 背後には、オレンジ色に染まりかけた空。
 オッサンは展望台の方へと歩いていく。
 展望台の向こうには、回る風車があるんだ。
 俺も後を追い暗い階段をぐるぐると登り、真っ白なタイルの展望台の頂上に来る。 
 ここには何もない。
 対岸には勢いよく回る風車と、高圧電線が畑みたいに続いている。
 海が見える。
「ここ、多分お前が覚えている景色で一番古いんじゃないかなあ」
「おう、多分」
「俺がかーさんにプロポーズした場所だ」
「ん」
「だからさ、昔はよく来たんだ。お前が生まれてからも、ちっこいお前を連れて何度もここにはきたから」

181 名前:活動写真 ◆Qvzaeu.IrQ :2006/04/23(日) 20:33:57.20 ID:AVOIPbyI0
「俺がかーさんにプロポーズした場所だ」
「ん」
「だからさ、昔はよく来たんだ。お前が生まれてからも、ちっこいお前を連れて何度もここにはきたから」
 オッサンは遠くにある風車を眺めていた。
 目の悪くなりかけたオッサンには、回る風車の羽は見えないかもしれないけど、とにかく風車を眺めていた。
「思えばさ、俺ってお前に親父クサイこと出来たかな?」
「さあなあ」
 俺も回る風車の羽を眺めて言った。小さい頃はあったよ。って言葉を飲み込んで
「そっかあ、どうしようもない親父だもんな。悪かったよ」
「いや良いよ」
 そりゃあ中学のある時期は、荒れに荒れたよ。それは昔の話だ。忘れたい頃の話。
「お前とさ、一対一で話したくってな。明日は、龍徒はもう二十歳じゃんか? 二十歳になったら、大人まではあっという間だ。子供のうちに話したくってな」
「そっか」
「どうすれば許してくれるよ?」
「許しているって」
「あ、じゃあ言葉を変えるか。俺を親父って認めてくれるか?」
「わかんね」
 何を言って良いのかわからずに、適当に言葉を濁した。
「人生ってな、写真の連続みたいなもんなんだ。一瞬一瞬の写真みたいなのが、どんどん連なって映像みたいに見える。その一瞬の内、ある瞬間を踏み違えると映像にならないんだ。それが成立しなくなるんだ」
「……」
「だから、お前はさ。こう、一瞬みたいなのをちゃんと捉えて生きろよ。そうじゃないと、俺みたいになるぞ。俺みたいに一枚だけ変な写真が混ざって、今までの成り立ったものが崩れて変な形になるからな。そうなったら、大変だ。覆水盆に帰らずって言葉の通りだ」
「ああ」
「親父らしいこと、出来なかったから。せめて、俺が人生で学んだ教訓くらいは教えておきたかった。知っているか? 人生の時間は、自分の歳割る3なんだ。お前は、まだ朝目覚めてもない時間だ。俺は黄昏だな」
 風車をずーっと眺めながら、尽きる事無く話している。
 俺はその後ろ姿と、回る風車を見ていた。
「明日は二十歳だな。良かったら、俺と一緒に酒飲んでくれないか? 今まで本当に悪かった。お前に認められるまで、頑張れるチャンスが欲しいからさ。新しい節目に、今度はもう間違わない映像がみたい」
「……、まあ、親父と酒を飲み交わすのも良いかもな。にしても、いうコトがクサイよ。クサイのはクソだけにしとけって」

182 名前:活動写真 ◆Qvzaeu.IrQ :2006/04/23(日) 20:35:19.77 ID:AVOIPbyI0
 俺が笑って言うと、少し驚いた顔をして振り向いた。
 そして、俺に釣られて笑った。その顔は、昔の俺の大好きなお父さんだった。
 風が吹く。
 風車が勢いよく回っている景色が見える。どこまでも、続く空の下で風車が回り続けていた。
 留まる事無く、風に吹かれるままに。

終わり



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