【 自作自演 】
◆NpabxFt5vI




288 名前:自作自演 ◆NpabxFt5vI :2006/04/22(土) 14:48:37.62 ID:81RrzFgS0
この物語はフィクションです。登場する人物・団体は、実在する人物・団体とは一切関わりはありません。

「映画祭に作品を上映しようとしたものには、栄誉無き死が与えられる」
2010年春。この国のある地方都市は、その人口を胡桃をほおばったリスのように膨らませているようだった。
胡桃はもちろん、映画だろう。映画祭を告知する毎年春に開催される映画祭で、この地方都市は、批評家、マスメディア、
監督、出演者たち、そして彼らを一目見ようとする熱狂的なファンたちで溢れかえっている。
 石畳の街道を、都会的なデザインのファッションに身を包んだ人々が行き来する。
「今すぐ映画祭を中止するのだ」
 その合間に、地元の人々の開く商店やカフェが、不思議な様相を作り出している。
 田舎の街並みの中心部では、しかし田舎の町には若干不釣合いな豪奢なホテルがあった。その一室の壁には、
「――怪人二十面相より」
 窓から覗けば見える位置に、血で綴られたと思われる脅迫状が残されていた。
 部屋の中央に、大の字で寝ている中年の肥った男。その首元はかみそりで切られた後を隠すように黒くなっている。
 うつむいて、中年を見つめていた男が、ため息をついた。まだ、三十台程度の壮年の男だ。トレンチコートに身を包んでいる。
振り返って、もう一度壁を眺めた。
『怪人二十面相より』
 壁から浮かび上がってくるようなイメージが広がった。


289 名前:自作自演 ◆NpabxFt5vI :2006/04/22(土) 14:49:23.42 ID:81RrzFgS0
 ホテルの一室のドアをノックする。
 まだ若い青年がドアの隙間から、顔をのぞかせた。よれたシャツにジーンズという姿の金髪のパーマの男だった。
 壮年の男が口を動かす。
「デイヴィット・ハートフィールドさんですね」
「ええ、あなたは?」
 眉をひそめながら、青年は問い返した。
「失礼。私はエドモン・トレネ。警察のものです」
「そ、そうですか……」
 青年は落ち着きがなかった。壮年の男は、すぐさま、
「映画祭の実行委員会から聞きました」
「何をですか?」
 青年の問に、壮年の男は肩をすくめて見せた。
「イングリッシュは苦手なものでして。お聞き苦しかったらすみません。
 アキオ・ノガミが殺されたのは知ってますね?」
「はい……彼はいい映画監督だった。あんなことになるなんて」
「犯人は怪人二十面相と名乗っていた」
「ええ。ジャパンのホラーに出てくる殺人者の名前ですね。エドガー・なんとかとか言った」
「良くご存知で! さすがは映画監督さんだ」
「古今東西、先人への敬意と共に様々な作品に精通するのは、創作するものとしての義務です」
「そして、映画祭出品を主張していたベアトリス・クリスティが殺された」
「アキオ・ノガミの映画に出演していた女優ですね。彼女もいい女優だった」
「ところが、昨夜、チャールズ・オールドマン監督が殺害されました」
「何ですって?」
「ああ、イングリッシュは苦手なものでして。いいですか?
 チャールズ・オールドマン審査委員長が殺されたんです」
「……そんな、彼はとても僕に親切にしてくれたのに」
「作品を上映するのは、もう、あなただけになりました。私たちは、あなたが作品を出品するべきではない、
と考えてます」
 青年は顔をしかめて、唇をかんでいた。壮年の男は、その様子をじっと見守っていた。


290 名前:自作自演 ◆NpabxFt5vI :2006/04/22(土) 14:49:45.69 ID:81RrzFgS0
「いいえ。僕は出品します。芸術が野蛮な暴力に負けることは、これを一切認められません」

                    〜FIN〜
 画面に大きく映し出された文字。
「デイヴィット・ハートフィールド監督の『ピタゴラスの定理とエッシャー空間』でした。以上で、全作品の上映を終了させていただきます。
 本年度は出品作が一つしか無いため、受賞を決定する前に、デイヴィット監督にスピーチをお願いしたところ、快く了承して
いただけました」
 青年は、そのままの格好でマイクを持って壇上に立っていた。
「こんにちは、監督のデイヴィット・ハートフィールドです。今回の作品で、僕が描きたかったものは、純化された芸術の力です。
 世間では、軽い恋愛物や、感傷に浸るばかりの作品か、マシンガンをぶっ放せ! が評価されているようです。
 楽しければいいなんて映画はゴミです。時間のムダです。見る価値もない。そんな作品を作るのは先人への冒涜です。
 芸術が野蛮な暴力に負ける事は、これを一切認めません! だから僕は出品した!」
「――そして、裏で、この上映会が出来レースに過ぎない、そう知った貴方は自分以外の作品を排除しようとした」
 壮年の男が、会場の入り口のドアに寄りかかっていた。
「誰も彼もが、僕の作品を評価しない! 僕の作品は誰よりも芸術性に優れてる! 金と数の暴力で作品の質を決めるなんて間違ってる!
 芸術は選ばれた人間のみが作れるものなんだ!」
 壮年の男が壇上に登る。
「監督、あなた言ったでしょ? 芸術が暴力に負けてはならないって」
「その通りでしょう! ありとあらゆる無知蒙昧な人々の目を開かせるために芸術はある! なのに今では芸術が人々の目を曇らせてる!」
「でもね、監督。殺人はいけない。もっとも低劣な暴力だ」
「違う! 罪と罰を呼んだことがないのか! 殺人は愚民をひきつけるメソッドだ! 作品に力を与えるために必要なスパイスだ!」
「いいえ、監督」
 青年の手に、手錠がおろされた。壮年の男が、静かに告げる。
「あなたの作品、つまんなかったですよ」
                   ―END―


291 名前:自作自演 ◆NpabxFt5vI :2006/04/22(土) 14:50:04.64 ID:81RrzFgS0
「この作品を作ったのは、自分への戒めだね。ミステリとしては破綻してるし、登場人物も少ないし、盛り上がりも盛り下がりもない。
 かつて僕は、この青年のように、といっても、この役を演じたのも僕なんだけどね、僕は芸術がどうこう、とか考えていたんだ。
 だから敢えて、この作品の構成は、かつての自分と同じようにしたんだ」
 やはり、壇上で、壮年の男が立っていた。ただ、服装は、よれたシャツに、ジーンズ。
「やっぱり、映画は人々のものであるべきなんだ、だからこそまず楽しめなければならない。けれど今回のはどうだろう?
 ちょっとブラックジョークが効き過ぎたかな? カメラワークも制限が多かったし、一人で固定カメラを使って三役やったんだけどね」
 様々な年代の男達が立ち上がって拍手している。
「どうしても、青年に拍手をあげようかどうか迷ったんだけど、結局今の形に――」
 会場のドアが大きく開け放たれた! 手帳を掲げて、警官が入ってくる。
「デイヴィット・ハートフィールド! 威力業務妨害の疑いで逮捕する!」
「えっ! ちょっと待って! 映画なんだって、コレ」
「確保!」
 警官の声を境にブラックアウト。

         デイヴィット・ハートフィールド/エドモン・トレネ/チャールズ・オールドマン
                 デイヴィット・ハートフィールド

          脚本/監督/カメラ/CG合成/特殊メイク/音響
                 デイヴィット・ハートフィールド

                   エキストラ(友情出演)
                    現地警察の皆さん

                  スペシャルサンクス
                     YOU

                  THE END



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