3 :首斬包丁心得 (1/3) ◇7CpdS9YYiY:07/02/24 00:48:43 ID:65zBr7xI
刀とは兇刃なり。
即ち人を殺めてこその刃なれば、飾りて奉るは甚だ愚かなり。
世に魔剣妖刀の類数あれど、須く人を殺傷せしむるに秀でたり。
此処に魔剣の異名を取る一振りの記録あり。
銘を牛鍋丸と云い、此れを鍛えし鍛冶部の言に依るものなり。
4 :首斬包丁心得 (2/3) ◇7CpdS9YYiY:07/02/24 00:49:46 ID:65zBr7xI
曰く、
凡人は墓に還り、凡道抜き出でれば廟に還り、神仙に到れば無に還るべし、
されど凡道に悖る者は憐れなり、其の身の寄る辺なく、御魂のみ冥府獄道に堕ちるばかりなればなり。
されば我が手にて往生せしめんと此れを鍛えたり。
刃は薄く硬く、骨をこそ断つべく、渡りは長く、善く滑りて止まることを知らず。
刃先に僅かに重きを置き、其は刃自ら首に吸い付くように肉を噛む為の細工なり。
鞘柄ともに白木拵え、鍔は無きものなり。
軽く、手に扱いやすく、真に人を斬るに適したり。
即ち此れは戦にて無用の長物なり。
薄き刃は極めて脆く、長き渡りは足を阻み、先の重さは馬上にて甚だしく扱い難し。
白木なれば刃を守るに能わず、鍔があらざるは敵の刃を呼び込まん。
此は首を刎ねる刃なり。
動かざる、物言わぬ、目を覆われし罪人の首に花を咲かせるが其の本分なり。
思うに、戦に於いて武器を選ぶは愚の骨頂なり。刀があれば刀持ち、槍があらば槍を持ち、石があれば石を担がん。
真の将が兵を選ばざるべく、真の兵も武器を選らばざべけれ。
刀、其処に在らずとも人を殺さなば、即ち死ぬばかりなり。落とさば拾い、折ららば奪い、鈍れば峰で打つべし。
刃より先に人を殺すを得ることこそが戦なれば、得物に拘るは未だ殺すを得ざらぬ証左なり。
人を殺しむるは常に人なれば、決して刃に非ず。
只一つの刃で殺まるるを能うは、烙印を捺され、ただ死を待つ咎人のみなり。
而して真に人を殺める刀とは、動かぬ芋を斬るように動かぬ人を斬るものなり。
此の刀は刀にあって刀に非ず。只の首斬包丁なり。
刀とは兇刃なれど、其れより先に人を殺すべくして殺すを得てこそ、初めて死花が咲くものなり。
此れを振るう者、努努其れを忘れるべからず。
人を善く斬り、されど其れに慢心する無かれ。
紅塵の立ち込め殺音幽鳴の響く巷、その地上の一切と凡そ係りの無い処に此の刀は在り。
即ち牛鍋丸とは死せるものを活かす刀なり。
咎人と云えども安んじて往生させなば、罪は地に流れ、死して涅槃を得て滅相せん。
其は死せる牛馬が鍋に還りて天上の美味と成るが如く。
5 :首斬包丁心得 (3/3) ◇7CpdS9YYiY:07/02/24 00:50:09 ID:65zBr7xI
牛鍋丸は斬首場にてその刃に千三十三人の血を吸い、千三十二人の首を落としたり。
千三十三人目の血を流したるは斬首人それそのものなり。
往生際悪く、身を捩りて縄より抜け出したる咎人に刀を奪われ、口に銜えた牛鍋丸にて切り伏せられたり。
然れども警吏の撃ち降したる棒の一撃にて容易く曲がり、二撃にて根元から折れたり。
猶も鎮まるを知らぬ咎人を持て余したれば、棒と石で撃ち殺したり。
首の骨は無残に砕かれ、終に刃の立つを得ず。仕儀なく鋸で胴から切り離せども、決して銜えた柄を放さず。
かくて首は風化に処され、月夜に刑場に迷い込んだる犬に食まれたり。