【 マグカップ 】
◆0UGFWGOo2c




134 名前:時間外No.01 マグカップ (1/3) ◇0UGFWGOo2c[] 投稿日:07/02/19(月) 15:16:08 ID:cx6+/aUi
あーちゃんの匂いが、部屋から消えて、1ヶ月、過ぎただろうか。
バイトから帰って、家に入った瞬間、
物音ひとつしない静かな空間に包まれる感覚にまだあたしは慣れていない。
ついこの前まで、あーちゃんが寝そべっていたソファーも、いつも騒がしく声をあげていたテレビも、
ひっそりと部屋の真ん中で静寂を貫いている。
あーちゃんの匂いが、温度が、動きが、全く感じられないこの部屋に、あたしは一人今日も帰ってきてしまった。

バイト疲れのあたしの喉は、なにか水分を欲していた。
あたしは、冷蔵庫の中から、冷えた紙パックの牛乳を取り出す。
乾いた喉に牛乳というのもおかしいと思うけれど、今はなんとなく、あの独特のこってり感が欲しかった。
青と水色のストライプ模様のマグカップに牛乳を注ぎ込む。
狭いキッチンの端に設置した電子レンジでそれを温める。
牛乳を温めるのなんて一ヶ月ぶりだ。
牛乳の賞味期限は……たしか今週いっぱいのはず。
1分ほどでほどよくあたたまった冷たい牛乳はホットミルクへと変わった。
昨日、きれいに並べた調味料の棚からシナモンパウダーを取り出し小さじ1くらいを入れ、かきまぜる。
シナモン独特の、甘ったるい香りが鼻につく。

135 名前:時間外No.01 マグカップ (2/2) ◇0UGFWGOo2c[] 投稿日:07/02/19(月) 15:17:11 ID:cx6+/aUi
そういえば、ホットミルクを頻繁に飲むようになったのは、あーちゃんの影響だったっけ。
寝つきが悪いといっては、牛乳をレンジで温めて、ホットミルクにして飲んでいた。
同居始めに、あたしは赤とピンク、あーちゃんは青と水色の色違いで買ったストライプ模様のマグカップに、
並々と注いだ真っ白なミルク。
あーちゃんはいつもうれしそうに色違いのマグカップがレンジの赤い光のなかでくるくると回るのを、眺めていたっけ。
元々あまり牛乳がすきではないあたしの分まで暖めてくれるから、最初は少しありがた迷惑だった。
でもうれしそうに、シナモンパウダーやはちみつを入れて飲み干すあーちゃんを見てると、なんとなく幸せな気持ちになって、気づくとあたしも手元の温かいマグカップの中身を飲み干していた。

マグカップの中に、透明なしずくが落ちる。
熱くなる目頭と比例するかのように、手に持ったマグカップは段々と熱を失っていくのが感じられた。
ぬるいミルクは、多分きっとおいしくない。
あたしは嗚咽をもらしながら、ゆっくりとマグカップを手から離した。
あーちゃんの大好きだったミルクとストライプ模様のマグカップは、一緒に飛び散って、
あたしの足元に散乱していた。



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