【 しずめの歌 】
◆31ZrzN4KAA




111 名前:時間外作品No.1 しずめの歌 (1/4) ◇31ZrzN4KAA [] 投稿日:07/02/12(月) 00:10:25 ID:oltq5JCf
 二人を乗せた車はセンターラインのない山道を進んでゆく。
だいぶ標高が上がってきたのか、はるか遠くまで山並みを見渡すことが出来た。
「うわぁ、景色いい!」
紀子は助手席から窓を眺めて言った。
「山に入ってから結構走ったからなぁ」
前方からトラックが数台連なって下りてきた。幸一はガードレールのギリギリまで車を寄せた。
「やたらトラックが多くね?」
「なんかこの辺にダムができるらしいわよ。麓に看板が立ってた」
ハンドルを握りなおし、つづら折りの道を快走した。そんな時だった。
幸一は、頭の内部を誰かに強く揺さぶられた。今までに味わったことの無いような感覚。
「何!? 今の感じ……。なんかすごい気持ち悪い……」
紀子が頭をおさえた。
「えっ、お前もか!? ちょっと休んだ方がよさそうだな……」
「峠まで行ったら茶屋があるみたい」

確かに峠には茶屋があった。しかし営業している気配は全く無い。
辺りを見まわしたが人っ子一人としていなかった。
「パンフには営業中って書いてあるのに……。やっぱり十年前のじゃダメかぁ」
「逆にこっちのがいいじゃん。誰もいないほうが落ち着くし」

112 名前:時間外作品No.1 しずめの歌 (2/4) ◇31ZrzN4KAA [] 投稿日:07/02/12(月) 00:11:06 ID:oltq5JCf
 風に揺れる木の葉の音、小鳥の甲高いさえずり。
その中に小さい声が聞こえた。どこか和歌を詠ずるような声……。

「なんか声がしない?」
「変だな、確かにさっきは誰もいなかったはず……」
二人が声の元をたどると茶屋の上に一人の少女がちょこんと座っている。
背中まで伸びた黒髪、黒字に花柄の和服、鮮やかな緋色の目。

幸一はその時、恐怖よりも好奇心を抱いた。
「いったい何の歌だ?」
少女は無表情に二人の方を向いた。
「何の歌か、とな?」
幸一は、少女の言葉から、なんとも言えない威圧感を感じた。
「魂しずめの歌だ。これを三たび聞けば……」
二人は唾をゴクリと飲んだ。
「今すぐあの世へ連れてゆける」
少女は言い終えるや否や、再び歌を詠じ始めた。
幸一はゾッとなって車へ逃げ込んだ。そしてアクセルを強く踏みこんだ。

「幽霊って本当にいるんだな……。俺初めて見た…………」
「私も……。もうやだ、早く帰ろ……」
幸一は自宅へ向け車を走らせた。

113 名前:時間外作品No.1 しずめの歌 (3/4) ◇31ZrzN4KAA [] 投稿日:07/02/12(月) 00:11:36 ID:oltq5JCf
 車は十数時間ノンストップで走り続けた。そして幸一の住む町に辿り着いた。
「やっと着いたぜ……。にしても本当に四月か?やけに暑い」
「私も思ってた。窓全開にしてるのに……」
紀子はぐったりしていた。

 幸一の住む借家は閑静な住宅街の中にある。良くも悪くも閑静だった。
しかし今日だけは違った。幸一の家の前に人だかりが出来ていた。
幸一は、その中に自分の両親がいるのを見て驚いた。
車を降り、熱くけだるい身体を両親の前へ運んでいった。
そして、そこで確かに聞いた。
「出かける時無理にでも引きとめておけば……。今ごろ元気な姿を…………」
「えっ……?」
両親には自分の存在が分からなかったのだ。
目の前では、父が泣き崩れる母を支えていた。その手には自分の白黒写真が握られていた。

 幸一は全てを理解した。

「やっと気付いたようだな……」
着物の少女が車の前に姿を現した。
幸一は紀子をそっと抱き寄せた。彼女も自分の正体に気付いたようだった。
「体が熱いのは、実際に身体が燃されているからだ」
二人はハッと息を呑んだ。
「だから『今すぐあの世へ送ってやる』と言ったのだ。
 燃え尽きてからではこの世に永久に取り残されてしまうぞ」
少女はやれやれと言った顔つきで二人を見た。

114 名前:時間外作品No.1 しずめの歌 (4/4) ◇31ZrzN4KAA [] 投稿日:07/02/12(月) 00:13:07 ID:oltq5JCf
 幸一は腹をくくった。もはや自分も紀子も死んだ身。
紀子と添い遂げられるならあの世でもどこでも逝ってやる。
「俺達をあの世に、成仏させてください」
「いいだろう」
少女は和歌を詠じ始めた。
「『大輪の菊は色褪せて  河の清水は淀みたり
  迷ふるたまよ我が望む  いざいざ行かん黄泉の路』」
歌を三回繰り返した時、幸一の身体は透け始めた。

「あの女の子が幽霊かと思ってた……。本当は私だったんだね……」
紀子は幸一の前でさめざめと泣いていた。
「でもこれで成仏できる。あの世でも二人一緒だからな」
二人は強く抱きあった。幸一は悲しさの中に少しだけ幸せを感じた。
「天国……、いけるといいね…………」
紀子がささやくように言った。幸一は無言で頷いた。

「ハハハハ! 実に下らん!!!」
突然少女が笑い出した。
「何がおかしい!」
「貴様ら本気で天国なぞに逝けると思っているのか?」
さっきまでの淡々とした口調とは似ても似つかない声色だった。
二人は何も言うことが出来なかった。
「ここまで思惑通りに事が進むとは思わなんだ。
 今や呪儀も終わった! せいぜいこの世の暇乞いでもしているが良い!!」
少女は二人に背を向けた。
「お、おい、ちょっと待て! どういう意味だ!!」
幸一は大声を上げたつもりだった。だが、もはや音など出なかった。

幸一の目に最後に映ったのは、着物姿の奇妙な少女の消失だった。(完)




BACK−異国の月 ◆59gFFi0qMc  |  indexへ