【 ラマーズ新法 】
◆D8MoDpzBRE




13 :No.4 ラマーズ新法 (1/5) ◇D8MoDpzBRE :07/02/04 00:24:42 ID:U4UVSXof
「とりあえず、変に遺伝子をいじったりしない限りは、戸籍に関する取り決めをぐっと緩めますわ。でも兄と妹が
結婚するのは駄目ね」
 新しい法律の名前は、発案者の名前を取ってラマーズ新法と名付けられた。
 代理出産、精子バンク、同性結婚、夫婦別姓など、時代の変遷と共に噴出した諸問題に一定の解決を与え
ようと、国連で大々的に討議されたのが始まりだった。イスラム圏諸国やカトリックの影響が強い一部地域の根
強い反発があったものの、最終的にはラマーズ国連事務総長が強制採択の手続きを行い、大半の先進諸国
がこれに批准する形となった。これには、アメリカ産婦人科学会等からのリベートや、ロシアの秘密科学研究
所所員による闇の活動が絡んでいるとも言われたが、真相は闇から闇へと葬り去られた。
 日本にも、代理出産を専門とする『職業的代理母』が出現した。また、著名人の精子が高値で取引されるよ
うな状況も発生した。「この子、私と亀梨君の子供なの」と電車内で会話していた不細工を数人のサラリーマン
が暴行するなど、この法律が原因となって新たに事件が起こることもしばしばではあったが。
 だが、実際に我が家にこの法律の影響が及ぶなんてこと、僕は思いもしなかった。

 僕の家は、元々父さんと母さんと僕の三人暮らしだった。極々円満な家庭を、僕が中学校を卒業するまでは
続けていた。だが、どうやら随分と長いこと、危ういバランスによって支えられていた日々であったらしい。高校
へ入学する前のこと、両親から離婚の話を切り出された。
「父さん、このぶっさいくと別れることにした」
「あら、あんたこそデブでオタクのくせに」
 僕は、父さんについていくことにした。オタクやデブを理解できない奴などとは、一生分かり合えまいと思った
からだ。
「せいせいしたもんだぜ、なあ武史」
 と晴れやかな涙を流す父さんを見て、僕も激しく同意した。

14 :No.4 ラマーズ新法 (2/5) ◇D8MoDpzBRE:07/02/04 00:25:04 ID:U4UVSXof
 ラマーズ新法が導入されたのはかなり昔で、具体的には二十年くらい前だって聞いている。その頃は、いわ
ゆる不妊医療とか女性の地位とか、そいういう方面の問題を解決する手段だったらしい。だが近年になって、
だんだんおかしな風潮が流行り始めたのだ。
 最近のトレンドは、犬や猫との結婚だ。ある芸能人が飼い犬との結婚を告白したのが端緒で、一気に日本列
島を揺るがすほどの大ブレークとなっている。ラマーズ新法が保証する戸籍上の自由裁量権は、思わぬ混迷
の様相を呈していた。
「父さん、再婚するよ」
 ある日、父さんは電動ダッチワイフを抱えて、そう言った。最新のバイオサイエンスと機械工学の生み出した
技術の結晶が、新しい僕の母さんになる。犬や猫と結婚できるんだから、外見上は限りなく人間に近いダッチ
ワイフと結婚できないわけがない。添付説明書には、バツイチ、娘付きと書いてある。ああ、妹までついてくる
んだ。僕のうれし涙はその日、枯れることはなかった。

「お兄ちゃーん」
 階下から妹の呼ぶ声がする。午前七時半。毎朝、この素晴らしい妹は朝食を僕らに振る舞ってくれた。
 最初は料理なんて下手くそで、包丁で指先を切っては「イテッ、またやっちゃった♪」なんて愛嬌のある笑いを
振りまきながら、完成品はひどく焦げついていて中々箸も進まなかった。しかし、努力すれば人間にもダッチワ
イフにも大抵のことは出来るようになるらしい。数ヶ月後の我が家の食卓は、見違えるようだった。
「はい、お兄ちゃん、あーんして」
 妹が、僕の口元に食事を運んできてくれる。これは、おそらく生身に妹にすら付いていないであろう新機能だ。
僕は、愛しの妹の頭をなでながら、食事を楽しむ。これぞ夢に描いていた幸せ、そのものだ。
 父さんも同様に、母さんダッチワイフが差し出す箸に、まるで餌をやった魚のように食いついている。ああ、団
らんって本当にいいものだなあ、としみじみ思った。
「じゃあ、萌花(妹ダッチワイフの名前。父さんと徹夜で考えた)、行ってきます」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
 僕に新しい家族が出来てからというもの、今までとは到底比べものにならないほどのパワーが湧いているの
が分かった。体が軽い。実際には重いはずなのに。
 こんな幸せが永遠に続くようにと願っていた。作り物の家族でもいいじゃないか。本当にその人が幸せになれ
るのであれば、科学の力に頼ってもいいじゃないか。ラマーズ新法、万歳。妹、万歳。

15 :No.4 ラマーズ新法 (3/5) ◇D8MoDpzBRE:07/02/04 00:25:22 ID:U4UVSXof
 それは、ある晴れた冬の日のことだった。午後の授業が休講だったのを忘れていた僕は、風の中の昴〜、
と心の中で口ずさみながら、軽快に帰り道をひた走っていた。この頃には、自宅に帰って妹の萌花と戯れるの
が一番の楽しみになっていた。一緒にゲームをピコピコやって、わざと負けたりして「こいつぅ〜」とか言いなが
ら萌花のほっぺたをつんつん指の先でつつくのが生き甲斐だった。
「ただいま!」
 勢い込んで玄関に駆け込むと、和室の方からゴソゴソという物音がした。
「ちょ、ちょっと待て、武史」
 父さんの声がする。何だろう。僕は和室の戸に手をかけた。
「ちょっと待てと言っておろうに」
 僕が開けるよりも早く、父さんが和室から飛び出してきて、僕の腕をつかんで居間の方へ引っ張ろうとする。
何か、和室に見られてはいけないものがあるに違いない。そう直感した僕は父さんの脇をくすぐり、「はふん」と
父さんを脱力させて手をふりほどいた。その勢いで和室に突入した僕の目の前に現れたのは、目を覆いたくな
るばかりの光景だった。
 萌花の着衣が乱れていた。散乱した衣服、下着。萌花本人は布団を頼りなくかぶって丸まっているようだ。
強引に布団を引っぺがそうとも思ったが、そこまではしなかった。
「萌花、お兄ちゃんはがっかりだ」
「違うの、お兄ちゃん……」
 消え入りそうな萌花の声。思わず釣られて、僕まで泣きそうになる。
「僕は信じてたぞ、萌花。お前が、そんな娘じゃないって」
「お兄ちゃん……、仕方ないの。だって、私、ダッチワイフだもん」
「馬鹿野郎!」
 僕の中で、何かが弾けた。こんなことが許されてたまるか。萌花、お前は、ダッチワイフである以前に僕の妹
じゃなかったのか。
 気まずい沈黙が続く。廊下では、慌てて履いたパンツ一枚で父さんが寒さに震えていた。
「もう出て行け。元々お前なんて、僕の妹じゃない」
 言ってしまった。この言葉を。

16 :No.4 ラマーズ新法 (4/5) ◇D8MoDpzBRE:07/02/04 00:25:40 ID:U4UVSXof
「こんな義理の妹なんて、いらないよね……。今までありがとう、お兄ちゃん。でも、最後にこれだけは言いたい
の。萌花って名前をお兄ちゃんに付けてもらったとき、すごく嬉しかったんだよ」
 萌花が布団の中で泣きながら、部屋に散乱した着衣を集めている。布団の中で身につけたら、出て行くつも
りなのだろう。これで良かったのだろうか。僕は、心の中で迷っていた。
「そんなことを言うものではないぞ」
 父さんの声。背後から僕の方にぽんと手を乗せると、そのまま僕の正面に回り込んできた。パンツ一丁で。
「武史、こいつを見てどう思う?」
 そう言うと、父さんはパンツをずいと下げて、僕の前でそれを露わにした。
「すごく……大きいです……」
「そうじゃない、ここだ」
 父さんは、ちょうど気の生え際のあたりを指さした。よくよく見ると、何やら皮膚を縫った跡が見える。
「お前と俺は、血は繋がっていない。武史、お前は俺の義理の息子だってことだ」
 え、と言葉に詰まる。更に父さんは続けた。
「俺はな、昔、無精子症という病気だったんだ。どんなにがんばっても精子を作り出すことが出来ないんだ。だ
から、やむなく他の人のチンコを玉ごとここに移植した。決して包茎だったからではない」
 知らなかった。僕は父さんの義理の息子で、父さんのソレは義理のムスコだったというわけだ。
「血が繋がってなかったら家族じゃないだなんて、おかしいだろ。それが、ラマーズ新法の理念でもあったはず
だ」
 僕は、涙が止まらなかった。萌花も泣いていた。本当の家族の絆が、確かにここにはあった。

17 :No.4 ラマーズ新法 (5/5) ◇D8MoDpzBRE:07/02/04 00:25:56 ID:U4UVSXof
 その後、僕と父さんは義理の兄弟になった。汚い話で恐縮なんだけど、萌花を通じていわゆる穴兄弟になっ
たのだ。さすが本職のダッチワイフなだけあって、それは見事なテクニックだった。
「ちなみに父さん、最近母さんを見ないんだけど」
「ああ、すまん。ちょっと飽きちゃったから電源を切って押し入れにしまってある。もし使いたかったら使ってもい
いぞ」

<了>



BACK−家族になろうよ ◆4OMOOSXhCo  |  INDEXへ  |  NEXT−夕立 ◆D8MoDpzBRE