【 煮干の日 】
◆/AzzDbBRV




6 :No.02 煮干の日 (1/5) ◇/AzzDbBRV:07/02/03 01:33:15 ID:znft9f5F
 二月の朝は、まだまだ暖かいとは言い難い。
 俺の通学路に日陰が多いせいもあって、余計寒い。

「第一問、今日は何の日でしょう?」
 そんな声が後ろから聞こえたので俺は振り返らずに答えた。
「煮干の日だろ」
「おい、悟! 振り向くぐらいしろよ! ていうか、煮干の日ってなんだよ?」
 声の主は周りの目も気にせず。大声をあげる。もう慣れたけど。
「いや、今日は煮干の日しかありえないから。聖ヴァレンティヌスとか知らない」
「知ってんじゃんか!」
 そう言いながら、未菜は俺を追いぬき前に飛び出してきた。
「幼馴染から二月十四日に何か貰う、ってのはギャルゲ好きのお前にとっては夢のような
シチュエーションだろ?」
 目を細めてニヤニヤ俺を見ながら未菜は言う。
「煮干をくれる幼馴染属性のヒロインなんていないけどな。そもそも俺ギャルゲ好きじゃ
ないし」
「じゃあエロゲの方が好きなのか? 変態。お前はヒロインの何を貰いたいんだ」
 未菜は健全な女子高校生が朝っぱらから口走る内容ではない事をさらっと言い放った。
「お前が変態だ。ていうか俺はエロゲより、ギャルゲのプラトニックさが好きだ」
「やっぱギャルゲ好きかよ」

 そんなアホな会話を続けているうちに学校に到着。
 昇降口の靴用ロッカーの中を自然体を装って確認しようとしている男が数人いる。おい、
もうすこし上手く探さないか?
 未菜と俺は違うクラスで教室は逆方向にあるため、一緒に教室に向かう事はない。
 まあ、クラスメイトに変に勘繰られたくはないので同じクラスでも一緒に行かないけど。

 教室に到着してみれば、普段は鞄から机に教科書を移すなんてしない奴らがそれをする
姿がちらほら見られるが、やっぱ不自然だぞ?
 俺がそんな微笑ましい姿を眺めていると、またも後ろから声がした。

7 :No.02 煮干の日 (2/5) ◇/AzzDbBRV:07/02/03 01:33:43 ID:znft9f5F
「やあ、中島君。佐藤さんからは、アレは貰ったのかな? さっき盛りあがっていたようだけど」
 声の主は柳沢洋平。未菜と話していたのを見られたらしい。変な勘違いは勘弁だ。
「アレってなんだ? 煮干か?」
 俺の渾身のボケに柳沢は怪訝な顔をした。
「煮干? なんの話だい? 僕が言いたいのは茶色いアレ、だ」
「茶色い煮干じゃないよな?」
 短気な柳沢のメガネの向こうに怒りがうっすら見えた。
「ち、ちがうよな。チョコだろ? もらってねーよ」
 俺がそう言うと怒りの色は消える。
「それは良かった。いや、君の為にもだよ。佐藤さんからチョコなんて貰ったら夜道を歩けない」
 暗殺される、という意味だろうか。
「あ、信じてないね。佐藤未菜がどれだけ人気者か知らないのかい?」
 未菜にファンクラブという物が存在する、なんて事を柳沢はいつも言うが、俺はそんな組織の
存在は、世界支配を目論む悪の組織の存在並に信じてはいない。
 学生個人にファンクラブなんて出来んだろう? 普通。なんてギャルゲだ。

 その後、授業は滞りなく進み、昼休み。
 教室の後ろの引戸のところに違うクラスの女子が立っていて、イケメン佐々木の方ばかり見ている。
 佐々木は知ってか知らずか、パンを食べながら周りの野郎と雑談中。
 前の引戸を見ると、そこにも違うクラスの女子が立っていて、やはり佐々木を見ている。
「さて、どっちが先に話しかけるだろうね」
 黒い弁当箱を持った柳沢が俺の前の席に移動してきた。
「どっちでもいい。どうせ煮干を渡すんだろ?」
 俺がそう言うと、柳沢は思い出したように言った。
「ああ、煮干の件だけど。やっと思い出したよ。今日は煮干の日だったね」
「朝、未菜と話してたのもその事だ」
 柳沢はメモ帳とペンを出して何かを書いている。
「何書いてるんだ?」
「例のファンクラブに報告するのさ。実は僕もその一員だから」
 全く、面白くない冗談だ。

8 :No.02 煮干の日 (3/5) ◇/AzzDbBRV:07/02/03 01:34:10 ID:znft9f5F

 さらに時間は過ぎて放課後。いつもはさっさと帰る帰宅部の連中もなぜか教室に残っている。
 かくいう俺も帰宅部だけど、残っている。
 正直に言おう。ギブミーチョコレート。
「おや、まだ残っていたのかい」
 また柳沢だった。まあいいか、雑談してたほうが気分が楽だ。
「そういうお前こそ」
「僕は、茶道部だからね」
 メガネを光らせ、ニヤニヤしながら言う。
「いや、茶道部は水曜日は休みにはずだ」
「うっ……」
 うなだれる柳沢。
「柳沢、そろそろ帰る、か」

 帰り道、俺は柳沢とゲーセンに行った。
 今日生まれたのか二人組なのか? プリクラコーナーは大盛況。
 その様子を横目に見つつ、俺達はガンシューティングに千五百円投資して解散した。

 家に帰る途中、携帯を取り出して時間を確認した。十七時四十八分。不在着信が二十件。
 ゲーセンの大音量っぷりに、気付かなかったようだ。
 全て未菜からの着信。折り返し電話しようか、どうしようか迷っていると、携帯が鳴った。
『もしもし』
『あ! やっと出たな! 今どこ?』
『道路だけど』
『六時までに家に着きそうか?』
『あー、ちょうどそのぐらいに着く』
『じゃ、待ってるからな!』
 そう行って未菜は電話を切った。

9 :No.02 煮干の日 (4/5) ◇/AzzDbBRV:07/02/03 01:34:35 ID:znft9f5F
 一五分後、自宅前に到着。そこには未菜が立っていた。
「五分遅い!」
 やはり周囲は気にせず大声で怒鳴る。
「いや、俺の時計だと三分しか遅れてない」
「それ、結局遅れてるだろ。えいっ」
 受け流し失敗。脛を蹴られた。
「いてっ。で、なんの用だ? まさか脛を蹴りに来た?」
「ち、ちげーよ! ここじゃ、結構人通り多いから……カラオケでも行くか」
 未菜は顔を若干赤くしてそう言った。なんとなくこの後、何が待っているのか察する。
 人目も気にせず怒りはするくせに。こういうときは恥らうのな。
「ごめん。金が無い」
 事実、さっきゲーセンで全財産使ってしまった。
「じゃ、じゃあ悟の家、で、でもいい」
 いつもの未菜の声の音量よりかなり小さい声で言った。
「ここじゃ、ダメなのか?」
 さすがに親も姉もいるところ、しかも煮干の日に幼馴染とはいえ、女子を家に連れ込
むのは気がひけた。
「じゃ、じゃあ。う、うちに来る?」
「ひぇ?!」
 予想外の申し出に、久しぶりに声がうわずった。
「だめ?」
「い、いや。悪い事はありませんよ?」
 自分の家よりはいいかな、なんて思ってしまった。

 三軒隣が未菜の家なので、まもなく到着。
「今、家に誰もいないから……」
 未菜は玄関ドアの方を向いたままそう言った。どう言う意味だ。
 なんてエロゲ? ダメだ。エロい事しか思い浮かばない。
 案内されるままに未菜の部屋に入る。まあ案内されなくても間取りは知ってたけどさ。
「なんか、話してると恥ずかしいだろ? これ」

10 :No.02 煮干の日 (5/5) ◇/AzzDbBRV:07/02/03 01:34:59 ID:znft9f5F
 未菜はピンクの包装紙に包まれた四角い箱をまっすぐ俺に突き出した。
「ま、まさか、だよな?」
「に、煮干じゃねーからな!」
 顔を手に持った包装紙以上に赤くして俯いたまま未菜は言った。
「そ、それは分かってるけど……義理、だよな?」
 俺がそう言うと、未菜は顔を上げて俺の目を見てこう言った。
「ギリギリ、義理チョコじゃねーよ!」

 結局、良い雰囲気とは言い難かったが、俺は了承したわけだ。
 その後すぐ未菜の母さんが帰って来て、今日は解散となった。
 まあ解散しなくても何かあったわけじゃないけど。 

 外はすでに暗くなっていた。なかなか星も見えて良い感じの空だ。
 未菜を呼ぶため、メールを送った。我ながらロマンチックだ、と思っていると後ろから声がした。
「やあ、中島君」
 振り向くと、柳沢が立っていた。
「って、柳沢かよ。何してるんだ?」
「何って……」
 その言葉と同時に、俺の胸に鋭い痛みが走った。
「チョコレートを貰った君が、夜道を歩いているところを刺しに来たのさ」
 意識が無くなる直前に、映ったのは俺のメールで外に出てきた未菜の姿だった。

≪終≫



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