【 行動安価 】
◆h97CRfGlsw




100 名前:行動安価 1-5 投稿日:2007/01/21(日) 00:11:31.77 ID:3pSoOD0u0
 困っていた。こんなに困ることは本当に久しぶりのことで、以前妹のパンツを友人に捌いていたことがばれた時以来のことだ。
 どうしよう。困った。いや、本音を言えば全然困ってなどいないのだが、ううむ、やっぱり困った。俺の貧相な思考回路では、上手い解決策を見出せない。
 大学進学時の上京にあわせて買ってもらったマンションの一室、俺はリビングの真ん中で腰に手を当て頭に手を当て、眉根を寄せていた。
 女の人が寝ている。荒らされた部屋の真ん中で涎をたらしながら、見ず知らずの女が幸せそうに寝息を立てていたのだ。
 とりあえず、縛った。ちょうど以前自殺しようかと思ったときに用意した麻縄があったので、それを使った。我ながら上手な亀甲縛りだと思う。
 女性は美人だった。顔立ちは鋭角的。きれいな黒髪をしていて、それがまたいいにおいを発散しているのだ。胸は小さめだったが、全体的な線の細さが俺の好みだった。
 タートルネックのぴったりとした服に、安っぽいジーンズの女。化粧はされておらず、それでも美しく思えるんだから困る。
 理知的そうなな女、というのが俺の第一印象だった。目を覚ます前に種をまいておこうかと思ったが、しない。ちょっと胸揉んだけど、それ以上はしない。
 なぜなら俺は、VIPPERだから――!

『部屋に女が寝ていた。誰かは知らない。安価>>20』

アンカーを立てて行動の指標を他のVIPPERに求めるのが、VIPPERのたしなみだ。珍しい出来事を独占するなど言語道断。情報の共有は、それだけで楽しいものなのである。
 当然のことだが、安価指定は絶対だ。安価行動の失敗や断念は、失望に繋がってしまう。スレを盛り上げたければ、安価を必ず遂行することだ。
 予想通りといってはなんだが、予想通り食いつきはいい。見知らぬ女が勝手に部屋に上がりこんで寝ているなど「それはなんというエロスなゲームなのでしょう」、を地でいった展開だ。
 スレの更新を進めるうちに、事態の詳細を求めるレスがあった。いい機会なので、ここで説明を加えることにする。
 今日の帰宅は午後の6時。エロゲを買いに電気街に繰り出していたのだ。ちなみに買ったエロゲの名前はAIR。ちなみにこのゲームのいいところは……止めておこうか。
 まあ、要約すれば、帰ってきたら部屋が荒らされていて、慌ててリビングへ行くと女が寝ていた、というだけのことなのだ。ああわかりやすい。
 女の傍らには、ローラー付きの椅子、そして先日買ったPS3があった。さてはと思い女の頭を撫でると、側頭部にたんこぶがあった。はあ、いい薫り。
 推測するに、女は空き巣で、棚の上に祀ってあったPS3を取ろうとしたのだろう。なにを思ったかローラー付きの椅子を使って転倒し、更にPS3のボディプレスを受けた、というところだろう。
 馬鹿なのかなあ、と女を見ながら思った。馬鹿なんだろうなあ、とPCを見ながら思う。レスが50を超えていた。この変態どもが! 

20:『とりあえず起こせ。詳細を聞き出すんだスネーク』 

 べ、別に性欲なんかもてあましてないんだからっ!

101 名前:2-5 投稿日:2007/01/21(日) 00:12:21.94 ID:3pSoOD0u0
 起こそうか。どうやって? 
 とりあえず俺は、体をくすぐって見ることにした。初めて――、もとい久しぶりに触る女体は柔らかで、気持ちのよいものだった。ん? お前柔らかいな。ここは?
 だがしかし、女は起きなかった。時々身じろぎするだけで、起床の気配は見当たらない。仕方がないので俺はプラスチックのバケツに水をため、そこに女の顔を突っ込んだ。起きた。
「……ぶはっ!? ごぼ、がばぼぼ! んうー!」
「はーい10まで数えましょうねー。いーち、にーい、さーん……」
 七まで数えたところで気泡が出てこなくなったので、引っつかんでいた前髪を引っ張って顔を上げさせる。女はぐったりとして、放心状態になっていた。
「おはようございます。素敵な朝ですね。もう月が出てますけどね。あなた誰ですか。教えてください。僕は誰でしょう。教えてください。僕は何のために生きているのでしょう。わからないんです。教えてください」
「わ、わたし……」
 もう一度水の中に頭を突っ込む。がぼがぼと女は暴れるが、俺は容赦なく続ける。俺はサディストで、ダメ人間だった。
「ゆ、許して……げほっ! わたし、なにも盗んでませがぼがぼ……」
 盗めてませんじゃないんですかコラ。はあ、と女の小振りなお尻を撫で回しながら溜め息をつく。再び静かになったところで顔を引き上げ、タオルで顔を拭ってから横倒しにする。俺はPCの前に戻った。
 VIPPER。それは俺のダメ大学生という肩書きにつぐ第二の肩書きで、ちなみにそろそろ第一の肩書きはニートになる予定だった。つまりなにが言いたいかというと、VIPは俺の唯一の居場所で、俺はダメだった。

『水攻めの計でたたき起こしてやったわ、わはは! さて、次はなにをしてやろうか。>>150』

 スレは伸びに伸びていた。女の寝姿を密かにいくつかアップしておかげだろう。まったく、この助平どもが!
 振り返ると、女はどうにか逃げ出そうと芋虫のように這っていた。無駄だ。俺の自縛プレイの為に習得した亀甲縛りからは、何人たりとも逃れられないのだ。
 F5キーをクリックすると、とうに150を過ぎていた。ゆっくりとスレの流れをなぞりながら、目当ての数字を目指す。150番には、こう書かれていた。

150:『通報しますた。     安価ならおっぱいうp』

 このツンデレが! ばくばくと鳴り響く心臓を手で抑えて落ち着けながら、深呼吸をする。自分で言うのもなんだが、俺は権威に弱かった。以前妹に、警察に電話してやる!と言われて以来、警察が怖くてしかたがない。
 ケータイ電話片手に女に近づく。女は俺の行動に気がつくと、止めてくださいと涙目ながらに近寄ってきた。どうやらケータイで、通報する気だと思っているようだ。
「許してください! お願いします! もうしません! だから警察だけは、お願いです!」
 警察怖いもんね。国家権力の犬に電話をかけるふりをしてケータイを耳にやると、女はああああ!と叫んで足に絡んできた。ぞくぞく、と背筋に電気が走る。これがSMプレイというものなのだろうか。
 腰を落として、女に目線を合わせる。冗談ですよ、とケータイの待ち受け画面を見せてやる。女はほっとした表情を見せたが、すぐに一変して恐慌が浮かんだ。待ち受け画面には、女の寝顔が映っていた。

102 名前:3-4 投稿日:2007/01/21(日) 00:12:59.91 ID:3pSoOD0u0
「では、色々聞きたいのですが、よろしいでしょうか? あとおっぱい見せて」
「はい……え? む、胸、ですか?」
 女が渋るような表情を見せたので、俺はその場から踵を返してバケツのもとへ向った。すると間髪いれず女の許しを請う声が後を追ってきたので、振り返って微笑む。
「じゃあ、質問いいですか? あとおっぱい」
「わ、わかりました……。だから、警察だけは……」
 俺は頷いた。亀甲縛りの美女は涙目で、その姿はかなりそそるものがあった。いくつかの質問を一度にして、少し考える時間をやった。しばらくして、女は話し出した。
「わたしは佐藤と申します。偶然鍵が開いていたので、空き巣に入りました。以前からこのマンションに目をつけていて……。本当にすみませんでした……」
「あなた、佐藤さん、わかってるんですか? 空き巣は犯罪です。住居不法侵入罪ですよ。しかし、間抜けですね、あなたも。で、動機は?」
 佐藤は一瞬眉を寄せると、悲痛な表情を浮かべて頭を垂れた。きれいな髪が、後を追って肩を流れる。かつらにすれば高く売れそうだ。
「……貧乏なんです、わたし。母子家庭で……父親は昔に、わたしたちを置いて愛人と家を出て行きました。……最近、母が病気になったんです。でも、わたしの安いお給金じゃ、とても手術代なんか払えなくて……」
 佐藤はそのまま押し黙ってしまった。ぽたり、と雫が落ちる。泣いてる。この子泣いてるよ! 俺は不覚にもおろおろとしてしまって、思わず縄を解いて服をずらし、写メを取ってしまった。
 なんという美乳。見ただけで未開の地だとわかってしまった。これは間違いなく処女。写メをPCに送り、意気揚々とケータイをベッドに放る。佐藤は殊勝にも、逃げ出そうとはしなかった。まあ、逃げても無駄だしね。
 鼻歌を歌いながら、仲間達のもとへ戻る。写メとあわせて、先程佐藤から聴取した事情を書き込む。再び安価指定をして、スレを眺める。
 ジョルジュ長岡が乱舞するスレは、見ていて微笑ましかった。おっぱい!おっぱい! うん、俺もおっぱい大好き。初めて生で――二週間ぶりに見たおっぱいは、とても素敵だった。
 ふと、気付く。佐藤カワイソス。佐藤に萌えた。佐藤を下さい。>>1は死んだほうがいい。>>1は生まれてきたことを佐藤に謝れ。etc……
 そんな書き込みから、どうやら住人たちは佐藤に同情心を抱いているらしいとわかった。まあ、確かに可哀想かもね。ていうかお前らが死ね、糞VIPPERどもが! ん?俺もか。
 そうこうしているうちに、安価設定した番号までスレが延びていた。驚異的なスピードである。さあて、この速度で安価を射止めた、キューピッドちゃんは誰だろうか。

620:『もう許してやれ。事情も事情だし、それに結構虐めただろ? 下手するとお前が訴えられるぞ。過剰防衛でな。解放する際には、支援金ぐらい渡してやれ。十万くらいwww』

 マジでか。

103 名前:4-4 投稿日:2007/01/21(日) 00:13:48.56 ID:3pSoOD0u0
 俺は安価を実行に移すべく、思い切り立ち上がった。ローラー付きの椅子は勢いよく転がっていって、佐藤にぶつかって止まった。びくびくしている佐藤を尻目に、タンスに向う。
 十万……じゅうまんえん。これがあれば一体なにができるというのだろう。エロゲが何本買えるだろう。wiiがいくつ買えるだろう。早く大量生産しろ任天堂コラ。
 だが、そう。この十万という金。この金をもってすれば、社会的な価値をもたない俺も、人を救えるのではないだろうか? アフリカの孤児たち、被災地の不幸な住民、紛争被害を被り傷を負った民。そして、佐藤さん。
 なんてことは別に考えなくて、俺は安価だから仕方ねーか、と思いつつ無造作に諭吉の束を手にとった。自慢じゃないが、俺は金持ちだ、わはは! いや、俺でなく親がね、うん。
 佐藤に歩み寄る。佐藤は震えながら胸を抱き、雨に濡れる子猫の持ち主が先月宝石を買った店の店長の子供が虐めている女の子のような目で、俺を上目遣いに見た。思わずきゅんとなる。下半身が。
「佐藤さん」
「は、はい」
「これを」
 菩薩と見紛う事請け合いの慈愛に満ち満ちた笑顔で、俺は佐藤の目の前に札の束を出した。佐藤がお金と俺の顔を交互に見て、困惑した表情をする。
 どうぞ、と受けとるように促す。佐藤はおそるおそるといった感じで、諭吉を恭しく受け取った。先程までの俺と今の俺の行動のちぐはぐさに当惑ているのか、佐藤は小首をかしげていた。
「事情はわかりました。お母さんを大切にしてあげてください。今回のことは、あなたの健気さに免じて、なかったことにしておきます。ですがもう二度と、こんな悲しい行為に及ぶことのないように。いいですね?」
「……! はい……」
 瞬く間に目が潤んでいく。感涙と形容すればまさにその通りであろう、俺の苦心の結晶は白い頬を零れ落ち、カーペットにしみこんでいった。なんだか、とてつもなくいいことをした気分だ。
「さ、お帰りなさい。またどこかで会えることを祈ってますよ」
「はい。本当に……本当にありがとうございました」
 佐藤は俺が玄関の扉を閉めるまで、ずっと頭を下げ続けていた。これくらいしてもいいかと頭を撫でると、気恥ずかしそうに頬を赤らめた。愛い奴だ。
 見送りを済ませ、ほうと息を吐いてPCに戻る。事後報告を済ませて、しばらくして千を超えたスレを閉じる。全く予想外の展開が巻き起こったが、割と何事もなく終息してしまった。
 まあ、こんなものか。俺の人生なんてこんなもんさ。わかってる、わかってるさ。安価次第では、色々なフラグが立ったろうに。少し残念に思いながら、再びVIPの中を泳ぎまくる。
 少しして俺は、こんなスレを見つけた。

1:『親切な方、十万円をありがとう』

 俺はベッドに置かれていたケータイを握り締めながら、思わず笑ってしまった。嘆息に似た、苦笑である。
 どうやら俺は完全に、キューピットに釣られてしまっていたようだ。



BACK−新ジャンル【VIP】 ◆K0pP32gnP6  |  INDEXへ  |  NEXT−青りんご、朱に交わる ◆NA574TSAGA