【 少し眠い話 】
◆5GkjU9JaiQ




593 名前:少し眠い話1/5 ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2007/01/20(土) 00:49:14.52 ID:SKx6kmtZO
だいたい、去年の今頃の話。
顔も知らない人物を探すのが、如何に大変かを思い知らされた。
履き慣れない革靴で走り回るのに疲れ果て、河川敷で座り込んでいた。
その時着ていたのはスーツに薄手の黒いジャケットで、夕暮れの寒さが一段と厳しく思えたのを覚えている。
なのに何故諦めなかったのだろうと、一年経った今でも時々考える。
――言ってしまえば、その問いに対する答えはもう手に入れている。
けれどその答えの手応えには、とても心励まされるものがあるのだ。

ことのきっかけは、ニュー速VIP板。
ネット界の怪物掲示板、2ちゃんねるにおける、雑談板の一種類である。

「自殺するので、最後にお前らと話しておきたい」

曖昧だけど、確かこんなスレタイだったと思う。
ことVIP板ではよく見かける、自殺予告スレッドである。
開いて見ると、この種のスレッドには珍しく真剣に自殺を止めるレスが大半を占めていた。
多分後半の呼びかけに響くものがあったのだろう。
自分も流れに乗って、スレ主を説得する書き込みをしていた。ごくごく、軽い気持ちで。

594 名前:少し眠い話2/5 ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2007/01/20(土) 00:50:08.10 ID:SKx6kmtZO
話は回り回って、「とりあえず思い出のあるS市に自転車で行く。それから死ぬ」ということになったようだった。
まあ、ここまで来ればほぼ住人の勝ちだろう。大体、本当に死を覚悟した奴が掲示板なんかに予告する訳がない。
どこかで話を聞いて欲しいから、救いの手を求めているからスレッドを立てたに決まっている、
徐々にレスの勢いも減ってきている。この後の結果が目に見えているからだ。
しかし、それでも自分はそのスレッドから離れることは出来なかった。

その翌日。
自分は支援物資であるカイロを手にして、スレ主が野宿している筈の河川敷付近の公園に、彼の姿を探し回っていた。
偶然と言えば偶然。たまたま、近辺に出掛ける用事があったからである。
最初はすぐに見付けられるだろうとタカをくくっていた。何せ、公園に野宿している若い男だ。同じような奴はそれほど多くはないだろう。
その楽観的な予想は、付近の地図を確認した瞬間、裏切られることになる。
河川敷に沿う形で、数kmに渡り公園が細長く続いているのだ。それも、東西の両側に。
公園自体が、予想以上に広かったのだ。

595 名前:少し眠い話3/5 ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2007/01/20(土) 00:50:56.10 ID:SKx6kmtZO
そして次第に第二、第三の誤算も姿を現してくる。
ホームレスが非常に多い。
自分が探し始めたのが午後三時だったので、ちょうど日の落ち始めた頃だ。
これ程実際的に、暗闇が目的の障害になり得るとは思わなかった。
暗くなると、遠目には“ホームレス”と“野宿している男”の区別がつかなくなる。
その件に思い当たったのが、日が落ち、全く違う人物に声を掛けてからなのだから救いがない。
今でも思い出すと顔から火が出る程恥ずかしい出来事である。

この話のオチを先に言ってしまえば、自分はスレ主に会うことは出来なかった。
帰りの電車の中、窓に写る自分が酷く惨めで滑稽な存在に見えた。いや、文字通り惨めで滑稽な道化そのものだったろう。
スレ主が体調を崩してリタイアしていたのを知ったのは、その車中である。
携帯を眺めながら乾いた笑い声をあげた自分は、他の乗客からはさぞかし不気味だったに違いない。
そりゃ、笑いたくもなる。
探しに来た時にまず目にして、帰る時に見上げたビルにあったインターネット喫茶で、スレ主はずっと休んでいたというのだから。

596 名前:少し眠い話4/5 ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2007/01/20(土) 00:51:25.75 ID:SKx6kmtZO
もしこれだけで終わっていたなら、本当に単なる徒労である。
人生において何の足しにもならない、苦い経験で終わっていただろう。
しかし、自分はなんとかたすきを繋いでいた。
帰る直前に、後から来た支援者と合流を果たし、支援物資を渡しておいたのだ。
自分に別れを告げ、原付で去っていく彼の後ろ姿は、何より頼もしかったのを覚えている。
その彼がリタイアの報を聞き付け、インターネット喫茶でスレ主と対面を果たした頃――
自分は部屋で何を忌憚することもなく眠りについていた。

続きを要約して書くと、このスレはハッピーエンドで終わる。
スレ主はその翌日に自宅へと帰り、就職に向けて動くことをスレ住人に誓う。
そして、その半年後には就職を果たし、一度は断念したS市への旅をも果たしたとのことだった。

597 名前:少し眠い話5/5 ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2007/01/20(土) 00:52:43.64 ID:SKx6kmtZO
もちろん、その知らせは自分にとって嬉しいものだった。
しかし仮にその全てが嘘――いわゆる“釣り”と称されるものであったとしても、自分はそれ程ショックではなかったと思う。
その理由は、件のスレッドの初期に書き込まれた、名無しの住人の言葉が如実に表している。

104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/10(金) 10:24:11.25 ID:ktmm57e0
皆何でここまで必死になってお前を止めてるか分かるか?
お前を通した向こう側に、自分を見ているからだよ
お前を救うことで、自分も救いたいんだよ
もうこのスレはお前だけの問題じゃないんだよ

見ず知らずの人物に、自分がここまでの行動を起こせたこと。
思えば不思議なものだったけれど、後でこのレスを確認した時、成程と頷かされた。
他人も捨てたものじゃない。そう、自分が信じたかっただけの話だ。
そして、自分のたすきは確かにスレ主に届いた。事実がどうこうより、それが自分にとって大事なことなのだ。

あまりにも無責任な誹謗中傷、青臭い正論、時に見る無償の暖かさ。
誰もが自分を責め立てているのかもしれない。
自分に疑問を投げ掛けているのかもしれない。
自分を救いたいのかもしれない。
ニュー速VIP板を見ながら、時々そんな事を考える日々である。

―了―



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