【 至高の作品 】
◆NA574TSAGA
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415 名前:至高の作品(1/5) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/01/08(月) 00:14:34.27 ID:XmhvPhaV0
「さああと六分を切ったぜ。どうした、もっとわめけ、苦しめ!」
 そう叫ぶ男の足元には一目でそれとわかる時限爆弾。
 男がけしかけるまでもなく、昼時のオフィスは既に恐怖で震え上がっていた。
 一ヶ月前から県内で相次いでいた連続爆破事件は、どうやらこの爆破をもって終止符を打たれるようだ。
 犯人の自爆テロという形で。

「一つ聞いてもいいかね、君」
 場の均衡を破ったのはベテラン社員の樋口の一声だった。
 何だ、と犯人が応じ、樋口が問いかける。
「その爆弾は君が作ったんだね? この日に合わせて」
「そうだが、それがどうした」
「なんでわざわざ時限式にしたんだ? ここを爆破するのが目的なら、有無を言わさずドカンでいいじゃないか」
 ハッ! と犯人は笑い、決まってるじゃないか、と言葉を続ける。
「おまえらの恐怖にゆがんだ顔を最後にじっくり眺めてやるためさ。それをもって初めて、俺の“作品”は完成の目を見る。
 そもそも今までの爆破は、今回の作品のテストを兼ねたほんの余興。今回の作品こそが、俺の最高の作品にして最後の作品……」
 恍惚の表情を浮かべ、笑い出す犯人。
 今やそれを眺める社員たちの顔は、一様に「絶望」の二文字に包まれていた――ただ一人、樋口を除いては。
 樋口だけは表情を崩すことなく、犯人との接触を続ける。
「そうか。まあ自分が手塩にかけて作ったんだから、それなりに思い入れがあって当然だろう」
 そうつぶやく樋口の顔には笑みすら浮かんでいる。
 横でうずくまる上司が緊張感が無いなどと小声で諌めるが、聞く耳を持つ様子はない。
「てめえに理解できるのかよ、俺の考えが」
 そう言って樋口に掴みかかる犯人。オフィスの緊張は最高潮に達した。
 それでも樋口は余裕のある表情を崩すことなく冷静に対処する。
「できるさ。――私もクリエイターのはしくれだからね」
 そう言うと近くの棚から円盤状の物体を取り出し、犯人に投げ渡す。

 一食のカップラーメンだった。

416 名前:至高の作品(2/5) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/01/08(月) 00:15:33.33 ID:XmhvPhaV0
「……何だこれは?」
「カップラーメンさ。見たこと無いのか?」
「そんなことを聞いてるんじゃねぇ! 何でこの期に及んでカップラーメンなんだ!」
 からかってんのか、とカップラーメンを床に叩きつけ激高する犯人。
だがあくまでそれまでの調子を崩さない樋口は、ラーメンを拾い上げながら話を続ける。
「まあ落ち着いてくれ。これは私が手がけた新製品でね、三日前に試作品が届いたばかりなんだ。
 ところで、あと何分でそいつは爆発するのかね?」
 何かもの言いたげな犯人だったが、三分半だ、とはき捨てるように言う。
「じゃあ大丈夫だな。実はだな、君にもこれを食べてもらいたいんだ」
 そういってカップにお湯を注ぐ。

「て、てめえ、おれをコケにして……」
「そういうつもりじゃない。ただ死ぬ前に一度、自分の“作品”を誰かに食べてもらいたいだけさ」
 そう訴える樋口の顔は、「食品開発課の樋口」のものへと変わっていた。
「嫌なら別にいいさ。なあに、まだ時間はある。こいつが出来るまでの三分間じっくり考えてくれ」
 
 お湯を注ぎ終わり、蓋をする。
 爆弾のデジタル表示は、ちょうど『三分』を示していた。


417 名前:至高の作品(3/5) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/01/08(月) 00:17:01.64 ID:XmhvPhaV0
 あまりに突然の出来事に、あっけにとられる犯人。
 時刻は午後一時。爆弾のタイマーが動き出してから一時間近く経過していた。
 当然昼食を取る余裕などあるはずもなかった。
 そのことが手動による爆破を思い止まらせ、犯人は樋口に質問をぶつける。
「おい、そのラーメン何味だ?」
「良くぞ聞いてくれた。牛乳味だ! 『ミラクルミルクラーメン』」
「……」
 呆然とする犯人。あたりには牛乳の香ばしい匂いが立ち込めている。
「ミルクとミラクルが掛けられていてな――って待て、どうした。そのいかにも爆破スイッチって感じのリモコンは何だ?」
「うるせえ、何がミルクラーメンだ! 奇抜なアイデアなら何でもいいってもんじゃねーぞ」
「その言葉は上司からさんざん聞き飽きているさ」
 上司を横目で見ながらつぶやく樋口。上司は苦々しい顔で樋口を睨む。
「確かにラーメンに牛乳というのは少々珍しいかもしれない。
 だが作品の出来としては、君の作品の完成度に引けを取らないと考えている」
「俺の作品をてめえのと比べるんじゃねぇ! いいか、俺の作品は構想二年、製作期間半年の大作だ。それをてめえなんかの――」
「私のラーメンは入社して二十年以上構想してきたものだ。」
 ここにきて初めて樋口の語気が上がる。
「な、何だと……うっ」
 グゥ、と犯人の腹が鳴る。
「無理をするな。大方そいつを完成させるまでの間、ろくな食事をとっていないんだろう?」
 だ、黙れと言う犯人だったが、腹の音はおさまらない。
「その顔から察するに、もう何日も食べ物を口にしてないようだな。いや、わかるんだよ私には。
 幼い頃から貧しい生活をしてきたからな。このラーメンはおふくろが昔よく作って――」
「黙れ! わかってんのか? 俺は爆弾魔だぞ。今まさにおまえらを殺そうとしている」
「どんなに極悪非道な人間だろうと、空腹は抑えられない。無理をするな」
 死んだら、もう何も食べられない。
 樋口は優しい目で犯人に言った。
「黙れ。俺は、俺は……」
 四二、四一、四〇……
 タイマーは刻々とその数字を小さくしていく。

418 名前:至高の作品(4/5) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/01/08(月) 00:18:51.52 ID:XmhvPhaV0
 十、九、八、七、
 タイマーがとうとう終わりを告げようとしていたその時、キュルルルル、と犯人の腹が断末魔の叫びを上げた。
「ううっ、ちくしょおおおおおおおお!」
 犯人が樋口に向かって突進する。
 いや、正確には樋口の机の上の“それ”に向かって。

 六、五、四。

 その場の者が思い思いにこの世への別れを告げようとした瞬間、タイマーは止まった。
 机にしがみつくような体勢で、犯人はラーメンに喰らいついている。
「うめぇ……うめぇよ、おっさん」
 涙を流しながら麺をすする犯人。
 その左手から、爆弾のリモコンが滑り落ちた。
 

419 名前:至高の作品(5/5) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/01/08(月) 00:20:21.02 ID:XmhvPhaV0
「そうだろうそうだろう。それでこそ作った甲斐があるってものだ。嬉しいなあ」
 そう言って満面の笑みを浮かべる樋口。
 その笑みを絶やさないまま、他の社員たちに歩み寄る。
 その手にはしっかりと、リモコンが握られていた。

「ほれ見ろ、やっぱり美味いんじゃねーか。食べもしねーで俺の作品をけなす馬鹿共は死ねよな」
 

 ……三、二、一、




〜ど完〜



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