【 旅の終わり 】
◆8vvmZ1F6dQ




881 名前:旅の終わり ◆8vvmZ1F6dQ :2006/04/16(日) 22:32:15.62 ID:sorNOszw0
「もうすぐこの旅も終わるみたいだね。感想はどうだい?」
僕は、突然現れ、こんな質問をしてきた少年が誰なのか分からなかった。
それでも敵意は沸いてはこない。僕は自分の顔が微笑むイメージをした。
「楽しかったよ」
「それはよかった」
少年は、僕より身長も高く、年も上らしかったが、体が痩せ細っていて
体重なら僕より軽いのだろうと想像がついた。僕と同じように、微笑みを浮かべている。

少年がいう旅とは、僕のこの数日間の出来事のことだろう。
僕は最初、空間にいたのだ。森という空間の中に。静かだった。
空は真っ白で、森は深緑で。その中心にいたのが僕だった。

882 名前:旅の終わり ◆8vvmZ1F6dQ :2006/04/16(日) 22:32:41.16 ID:sorNOszw0
僕が何もせずに寝転がっていると目に入ってくるのは、塗りたてのペンキのような、白い空だった。
ずっと見ていると、だんだんと目が疲れてくる色だ。僕は目を背けるように寝返りをうった。
その時鼻先に、正体不明の毛の柔らかさと、暖かさが伝わってきた。
近すぎて何なのか分からなかったが、体を起こして僕の鼻先だった位置を見直すと、そこにいたのは
土色の小さな生き物だった。その生き物は気持ち頭を傾げながら、僕の周りをちょろちょろと走り出した。
鬱陶しくも感じず、しばらく見詰めていると、いつかそれが2匹になっているのに気付く。2匹とも大きさが違っていて、
大きい方があとになって増えた方だと分かった。手を差し伸べると、小さな生き物はすばやく僕の肩に乗ったが、
大きな方は手のひらに乗った時点で、僕が重さに耐え切れず地面に落としてしまった。
それでも彼は僕のひざに割り込みくつろいだ。
僕は彼らと友達になった。

空は真っ白で、夜とか昼とか区別は着かなかったが、なんとなく数日が過ぎた、と認識していた。
森にいると意識がぼんやりした状態が続いて、生き物たちと戯れているだけでも退屈を感じなかった。
意識が完全に途切れ、意志のないまま感覚だけが伝わってくる時もあった。不思議な森だ。
僕はその森で、2匹の動物と戯れながら、いろんなことを考えた。
生きること、死ぬこと、その間の、成長していくこと。思考という名の旅だった。沢山の旅に出て沢山のゴールへと着いた。
たまに結局そのゴールへ着かない旅もあったが、その旅の経験がまた次の旅への糧となった。
もちろん、『なぜこんなところにいるのか』という切欠もあったが、それだけは何度旅立とうとしても、
最初からゴールにいるような、目的地の方向が見えないという感覚が邪魔をし、旅をする前に旅をやめてしまった。

883 名前:旅の終わり ◆8vvmZ1F6dQ :2006/04/16(日) 22:33:29.81 ID:sorNOszw0
ある時、森が消えた。2匹の動物も消えた。完全に真っ白な空間に、僕と少年が立っていた。

この少年と対峙しているだけでは、この真っ白な空間は何も動こうとはしない。
いや、その動く対象すらないほどの、無の空間ではあったけど、時間は感じていられた。
その時間すらが、少年と向き合い黙り込んでいるだけでは止まってしまっていた。
僕はゆっくりと口を開いた。
「君はなんていう名前なの?」
時間は再び動き出す。
少年は微笑みから疑問を抱えた表情になった。
「僕の名前を知らないの?」
知っていて当然、という少年の態度に僕は一瞬押し黙ってしまった。
そういう言い方をされると、もしかしたら名前を知っているのかもしれないと思い、
思い出そうとしたがもやが掛かったようで上手く記憶を探れない。僕はただ少年の次の言葉を待った。
「リュウジだよ」
そう言い、少年は再び微笑んだ。僕も多分微笑んでいたと思う。少年が、親しげに僕の手を握ったから。
行こうか、と少年が一歩を踏み出した。僕もやや引っ張られる形で、足を踏み出す。
二人でゆっくりと歩いていく。どこかへ向かって。だんだんと、真っ白な世界が黒く染まっていく。
僕が最後に見たのは、幼い僕自身の顔だった。

884 名前:旅の終わり ◆8vvmZ1F6dQ :2006/04/16(日) 22:33:46.78 ID:sorNOszw0
完全に黒に染まった世界から抜け出すのは、簡単で一瞬だった。
僕はただ瞬きをした。白い天井が、僕の目に写った。
また白の世界なのか、と諦めのような感情を持ったが、横を向いた瞬間にそれは打ち破られた。
鏡だ。僕の寝ている、白いベッドの横の棚には、鏡が置いてあった。黄色い縁の鏡だ。
そこに写っているのは、あの少年の顔。僕は全てを思い出した。
僕の名前は立田リュウジ。……今、長い旅から帰ってきた立田リュウジだ。
鏡の横には、僕が作った1999年のカレンダーが置いてあった。


おわり



BACK−空の旅◆4lTwCuEYQQ  |  INDEXへ  |  NEXT−旅という漢字は◆ohRoMAnyXY