【 旅 】
◇sorNOszw0




741 名前:旅 :2006/04/16(日) 01:30:46.38 ID:sorNOszw0
旅に出てみた。内なる衝動に身を委ねた結果だ。ただ開放的に、自由になりたかったから、ふらりと乗った新幹線では
食べたいと思った駅弁を食べ、ビールも飲んだ。美味しかった。特に新幹線から様々の景色を見ながら飲むビールは格別だった。
3本目も開けた。その頃見えていた景色はオーシャンビューの春の海。
その海には暖かい日差しが指し、魚群が透けて見えた。その魚は銀に太陽を反射し、美しかった。
海を過ぎ、山の景色に移る頃、私は4本目のビールを開けた。山は緑の樹に覆われていたが、ところどころが春らしくピンク色だった。
桜だ。やはり日本人の心は桜だな、と遠くの山の桜を眺めていると、緑だった山が、ところどころのピンクから広がるように、
桜色に染まっていった。桜山が出来た。全ての樹が桜に変わり、全てが満開だ。散る花びらは車窓にまで降り注いだ。
花びらを手に取ると、手のひらでそれはウグイスに変わった。緑褐色の可愛らしいウグイスは私を見つめると、
ぱたぱたと羽ばたかせ空へと飛んでいった。それが合図だったかのように、
車窓にへばり付いた花びらが全てウグイスへと変わり、一斉に羽ばたいていった。
ウグイスたちは桜山を越え、どこまでも飛んでいった。羽で雲を切り、体で空を感じていた。
私は気付いた。私自身が、いつしかウグイスになっていたことを。ウグイスの群れの中にいた。さほど驚きはしなかったが上空は寒く感じた。
進めば進むほど、空気は冷たく、寒くなっていく。それでもウグイスの群れはどこかを目指して飛んでいた。
行き先はなにか心当たりがあるような気がしていたが、それが思い出せなかった。ただそこに行くのは使命、運命だった。


742 名前:旅 :2006/04/16(日) 01:31:01.85 ID:sorNOszw0
ウグイスの群れは途中、方向転換をし、海面すれすれを飛行した。羽根の先が時折海面に触れ、海が弾んだ。
随分と冷たい。北の海だな、と私は判断を下した。
突然、先頭のウグイスが消えた。それに続くように、二列目、三列目のウグイスが消えていく。
私の前の列まで来たとき、それは消えたのではなく、海に潜ったのだと気付いた。海面の向こう側に数羽のウグイスが見えた。
少しだけ心に過ぎる不安、海は冷たい。
それでも前のウグイスが潜って数秒もたたないうちに、私は海の中にいた。不思議と海の中は暖かい。私の体を撫でるように気泡が上がっていく。
ウグイスの群れの横に、魚群がきらきらと太陽光を反射させながら泳いでいた。どちらかともなく、魚群とウグイスの群れは交じり合った。
途中、くじらに遭遇した。魚とウグイスの交じり合った群れは左右に分かれ、くじらの起こす波に呑まれないように、
上手く避けながら周りをくるくると回った。くじらの皮膚の表面には、貝やイソギンチャクがくっついている。
不意にくじらが、大きく体をそらせ、海面に向かっていった。飛ぶつもりだ。
大きな波が来る前に、魚群とウグイス達はそれぞれ仲間で集まり、お互い別れを告げた。
先頭のウグイスがくじらよりも早く海面に躍り出た。後続もそれに続く。すべてのウグイスが海から出た後、大きな音を立ててくじらが尾を海面に打ち付けた。
大きな波が群れを襲ったが、波は虹に姿をかえると、すっと空気の中へ溶けていった。
潮を吹くくじらを背にして、ウグイス達は飛ぶ。目的地へと向かって。

743 名前:旅 :2006/04/16(日) 01:31:35.55 ID:sorNOszw0
凍えそうだ。まるで冷凍庫のように寒い。それでも思い出せない目的地に向かわなくてはならなかった。
しばらくして、一番後ろを飛んでいたウグイスが、羽を動かすのをやめた。
いきなり硬直したように体を強張らせると、それからは力なく地に落ちていくのみ。
最初の脱落者だ。しかし仲間の脱落に悲しむ暇はない。残ったウグイスたちは振り向きもせずに前進し続けた。
だが一羽落ちるとまた一羽、と言った風に、仲間たちは疲れ、凍え、落ちていった。
目的地まであと数メートル、と私の第6感が告げていた頃、ついに私を除いた全てのウグイスたちが地に落ちた。
最後の一羽だけ、私は彼の落ちるところを振り向いた。自然と最初に私の手のひらで生まれたウグイスだと分かった。
目が、瞳が、私に早く行け、とだけ伝えていた。私は向きをただし、一心に羽を動かした。
目的地が見えてきた。あとほんの少しだ。その目的地は─────

『終点、八戸、八戸です。荷物の置忘れなどご注意ください。乗り換えは……』
車窓には宇都宮駅で買ったチキン茶飯弁当と、飲み干されたビール缶が4本。すっかり酔って寝ていたようだ。
八戸は東北新幹線の終点。目をこすりながら新幹線を降りると、もう四月なのに冷えた風が身に堪えた。
なんだか小腹の空いた私は、八戸のキヨスクでいわし蒲焼風弁当を買った。



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