【 キャプチャー 】
◆a7NgQ4KGeQ




372 名前:キャプチャー1 ◆a7NgQ4KGeQ 投稿日:2006/12/29(金) 04:47:51.89 ID:xlaIJ2wM0
 人、声、雑踏、紫(ネオンって言うのかな?)
「やぁお嬢ちゃん疲れた顔してるねぇ」
顔を上げると下品な顔をした男が下卑な笑顔を浮かべて俺を見ていた。
人の関わりは生きているうちに色々な形で来る。
これもその一つなら神様を呪うさ。でも俺にそれに従う理由は無い。
意識が落ちてゆく。
ああ。まただよ。
空間が俺を拒絶している。
鼻毛が3本元気に飛び出している男が休憩できる場所があるよ、と言って俺の腕を引っぱっている。
空間が俺を飲み込もうとしている。
違う。
空間が俺を飲み込もうとしているんじゃない。
俺が空間を飲み込もうとしているのか。
俺が俺を拒絶しているのか。
首を上に上げる力は無く、朦朧として行く意識の中で、俺は空間を飲み込んだ。
「え…っ」
鼻毛男の声を聞いたのを最後に俺の意識はブラックアウトした。

373 名前:キャプチャー2 ◆a7NgQ4KGeQ 投稿日:2006/12/29(金) 04:48:24.69 ID:xlaIJ2wM0
 目が覚めた時は男の中だった。
臭いな…当然か。
この男自体臭いけど、その比では無い。
後ろを見ると俺がたくさん転がっている。
正確には俺だった物が。
美しい物の終わりほど惨めな物は無い。
最後という物は結果として惨めな物だ。
「どうでもいいけどな」
クールに決めたつもりが鼻毛のせいで決まらなかった。

 世界が変わったのは俺が生まれたときだった。
俺は空気だった。
それは今も変わらない。
だが世界は変わる。
どんな流れがあってもそれに流されていくのが世界だ。
俺のような存在が生まれようと承認してしまうのが世界だ。
拒否などしない。たとえ明日滅びるとしても。
世界は誤作動をよく起こす。
人間を作った事が最高のミスだろう。
いや、ミスなど無い。流れに任せているだけなのだから。
生きるものは生まれた後は単体としての滅びに向かっていく。細胞レベルから宇宙レベルまで。
俺もきっとその一部だろう。だから俺は俺として生きている。癒着し精を喰らい捨て、また癒着し喰らってゆく。
それは自然ではない。そう言っても今はそれが過去だ。
今は俺という存在が現実だ。

374 名前:キャプチャー3 ◆a7NgQ4KGeQ 投稿日:2006/12/29(金) 04:48:48.94 ID:xlaIJ2wM0
 世界を恨んだ事もある。
人として俺を作らなかったことを。
でもまぁ、仕方ないだろ自分の意見なんて皆無なんだから。
創られてしまったんだから仕方ない。
雑踏に行こうと歩を進めようとしたとき煙草の箱が落ちていたことに気付いた。
多分この男が俺に喰われる寸前に逃げようとして落としたのだろう。
一体どんなまぬけな逃げ方していたんだろうな。
俺はムフフと笑いながら煙草の箱を拾い上げた。
中にはライターと煙草が3本だけ入っていた。
一本だけ吸ってみるか。
口に咥えた瞬間、人の腐った臭いが口から肺の中に入ってくる感覚がして戻しそうになったが根性で耐えた。
___シュッ。___
煙草の火をつけようとしてもうまくつけれず逆に顎を焼いたりしながらなんとか火をつけた俺はゆっくり煙草の火を吸い込
「げほっげほっ!」
めなかった。
くそっ!
めんどくさくなった俺は煙草を箱ごと放り投げた。
ライターだけは壁に当たって足元にヘッドスライディングをしながら戻ってきた。
俺は何かの縁と決め込みライターだけを胸ポケットにしまった。

375 名前:キャプチャー4 ◆a7NgQ4KGeQ 投稿日:2006/12/29(金) 04:49:06.76 ID:xlaIJ2wM0
 少しずつ世界が戻って行く。
前の俺の姿はもう無い。
また世界に戻っていく。
居場所は無くても戻っていく。
『無い』こそが俺の居場所だと言うかのように。
 人、声、雑踏、紫(ネオンって言うのかな?)
全てが戻った。
愛おしかった喧騒。
俺から思考を抜いてくれる。
小さく鼻毛を靡かせながら俺は笑った。
___課長ー___
俺を呼ぶ声。
ああ。
また、元から在った関係に埋もれていき、消えてゆく。
声のした方を向くと温和そうな顔をした30代前半の男が俺を親しみのある声で課長と呼んでいた。



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