【 おれの戦争は終わった 】
◆3f0Xs6b.AU




661 名前:おれの戦争は終わった(1/2) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2006/12/24(日) 23:24:54.06 ID:284U86sw0
 長い十二ヶ月の戦いから開放され、帰りの飛行機でおれは手帳を眺める。
 ウベが来た日。ニジョーが死んだ日。マーイエが帰った日。タナカが死んだ日。戦闘があった日。残りの日数
を数えた日々。泥と血で汚れきった手帳にはおれの戦争が詰まっている。全てが信じれないような現実で、忘れ
られない記憶だ。
 おれはその記憶から逃げるために目を閉じる。どうしようもなく震える体を抱え、睡眠薬を飲む。これで安心
だ。眠たくなるまでおれはおれに言い聞かせる。もう、あそこに帰ることは無い。
 目が覚めれば、飛行機は着陸態勢に入っていた。おれはあわててシートベルトを締める。それからは、物凄い
速さで時は進んでいった。上官からの言葉。手続き。除隊。給与について。有難いお言葉。ほとんど覚えていな
い。おれはおれの国に帰ってきた。
 そして、帰りの電車に乗る。眠りたかったが、右斜め後ろの男たちが戦争の話をしているのが耳につく。聞き
たくない話をおれの耳は拾ってしまう。戦争の情勢。兵士にならないかの政府広告。現地では子供殺しも。
 手を振って近づく子供/笑いながら手を振り返すニジョー/こいつ手榴弾を持ってるぞ!/自爆する子供/吹
き飛ぶニジョー/次からは殺せ/くそったれ!
 おれは頭を抑えて、息を整えようとする。最悪だ。敵が誰か判らない日々がぶり返す。ここはそうじゃないと
言い聞かせる。終わったんだ。やっと終わったんだ。
 おれは睡眠薬を飲み、両手で耳をふさいで、耐える。薬が効くまでの辛抱だ。直ぐに楽になる。
 揺すられて、おれは起きる。どうやら終点らしい。おれの故郷。親父とおふくろがいる町。懐かしさがこみ上
げる。ここらはバスで、十分ほどだ。五日前までは地球の反対にいたことを思えば、脅威としか言いようが無い。
 駅から出ると、デモ隊がいた。なにか叫んでいる。おれはプラカードを見る。戦争反対。平和を。子供を殺す
な。兵隊は殺人者。
 おれは引き金を引く/無意識に/敵の頭がはじける/訓練通り/おれは呆然とする/殺す気はなかった/
ごめん、ごめん/ おれは泣く/くそったれ!
 おれはやってきたバスに飛び乗る。混乱する。わけがわからない。おれは睡眠薬に手を伸ばし、がまんする。
今寝れば、確実に寝過ごしてしまう。ただ、自分に言い聞かせる。ここはおれの国だ。おれの故郷だ。

662 名前:おれの戦争は終わった(2/2) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2006/12/24(日) 23:26:03.89 ID:284U86sw0
 やっとの思いで、家に着いた。ここ一年ぶりの安全地帯だ。おれはドアを開けて、かすれた声を張り上げる。
「ただいま!」
 だが、返答が無い。家を探せば、テレビを見ている妹がいた。
「親父とおふくろは?」
「デモに行ったよ」
 一年前。無理やり戦争に行ったおれ。心配そうに見ていたおふくろ。怒っていた親父。泣いていた妹。
「そうか」おれはそれだけ言えた。
 自分の部屋で寝ようと思い、背を向ける。「兄ちゃん、ラジオ聞いたほうがいいよ」
 おれはふらつく脚で、ようやく部屋にたどり着く。おれの部屋だ。女優のポスター。船の模型。戦争に行く前
と何も変わっていない。やっと落ち着ける。ラジオの電源を入れ、ベットに倒れる。そして、聞いた。
『終戦です! 終戦しました!』
 初めての殺人/初めての戦死者/腐ったような目/腐った死体/言い聞かせる/これは国のためだ/これは残
してきた家族のためだ/全てが無駄に。
 おれは睡眠薬を探す。だが、見つからない。震える手でかばんを漁る。見つかるのは拳銃。胃が脈動する。そ
のまま、ベットにゲロをぶちまける。
 無性に戦場においてきた仲間の事が気になった。おれは手帳を取り出す。そして、おれより先に帰ったマーイ
エの電話番号が書いてあるページを開き、電話をする。
 呼び出し音。マーイエはいますか。沈黙。マーイエは自殺しました。
 あと二十日で帰るんだろ/孤立するマーイエ/あと八日、あと八日/帰っていくマーイエ/睨むおれたち/そ
のまま帰ってくる言葉/孤独/あと三日、あと三日。
 おれは拳銃を握り締める。
 銃口を咥える。
 鬼軍曹の訓練/殺せ/殺せ/殺せ/殺せ/殺せ/殺せ/殺せ/殺せ。
 引き金を引く。

 <了>



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