【 俺の孤独 】
◆BLOSSdBcO.




104 名前:俺の孤独 1/4 ◆BLOSSdBcO. 投稿日:2006/12/23(土) 00:09:05.62 ID:wHIitwXO0
 だんっ、という鈍い音と共に首の左側に衝撃を受けた。
 熱い、いや、冷たい?
 まるで左肩から下が消し飛んだみたいに、感覚が無くなった。
 すっぽりと大きな穴が開いたそこから真っ暗な闇が広がっていく。
 ――ああ、俺は死ぬのか。
 そう悟ると一気に恐怖が襲ってきた。
 怖い、嫌だ、死にたくない。
 声は出ない。
 ごぶっ、と赤黒い塊が吐き出されただけ。
 せめてもの救いは、傷みを感じること無く意識が消えていったことだろうか。

「人は生まれながらにして不平等である」
 どこからか、ひびの入った鐘が鳴るような音が聞こえる。
「才能、容姿、家柄。誰一人同じ人間などいない」
 深い闇の中から、世界そのものを震わせる音。
「しかし死だけは万人に平等である」
 それが人の声らしいと気づいたのは、幾度か同じ台詞が繰り返された後だ。
「起きて半畳寝て一畳、死して骨壷一つきり」
 重い響きの中には、どこか楽しげな色も混じっている。
「ここは君の世界」
 俺はゆっくりと目を開けた。

105 名前:俺の孤独 2/4 ◆BLOSSdBcO. 投稿日:2006/12/23(土) 00:10:43.35 ID:wHIitwXO0
 振り返って見ると、俺の人生は波乱万丈には程遠い穏やかな物だった。
 酒も煙草も苦手な公務員の父と、潔癖症だが人にそれを強いる事の無い母。歳の離れた兄は俺を可愛がり、
俺も彼らを尊敬して育つ。
 小中学校では授業を真面目に聞く大人しい理想的な生徒で、推薦で入った県下有数の進学校では中の上の
成績をキープし続けた。
 大学は二流国公立大。特に興味のある学問があった訳でもないが、就職の為に入る。バイトや遊びで単位を
落とす事も無く無難に四年間を過ごし、地元の企業への就職が内定していた。
 スポーツは嫌いではないという程度。趣味は特に無く、友達付き合いでいろいろな事に手を出してはすぐに
飽きて投げ出す。
 恋人と呼べる相手は二人いた。一人は中学校の同級生で、高校に入ってから駅でばったり再会して仲良くなり
二年ほど付き合った。もう一人は高校三年の初めに付き合い始めたが、受験勉強の忙しさの中で自然消滅。
 誰からも恨まれず、誰を恨むでもなく。大きな失敗はなく、小さな成功だけを重ねる。
 俺の人生に点数を付けるなら、八十点というところだろうか。何も特色の無い、それ故に幸せな日々。
 俺自身もそれに満足していたんだ。今以上を望む事は無く、ただ平穏なままにありたいと願っていた。
 それなのにどうして、どうして俺がこんな死に方をしなくちゃならない?

「生きるという事は、ちょうどこの煙草の煙のようなもの」
 先ほどまで自分の一生、生まれてから死ぬまでがスクリーンに映し出されていた。今は真っ暗な闇の中で、
白い四角がチカチカと光っているだけだ。
「煙草という物が燃え、流れる煙は雲散霧消する」
 割れ鐘の姿は見えない。ただいつの間にかそこに置かれた灰皿の上で、煙草が紫煙を上げていた。
「しかし消えるまでに煙は様々な形を生み出す。一瞬として同じ形は無い」
 映写機の光の中に煙が漂い、スクリーンに複雑な模様が描かれていた。
「それが生きるという事だ」
 割れ鐘の話す事はさっぱり要領を得ない。ただ歌うような口調で響き続ける。
「命という炎を燃やし、その煙で自分という姿を作る」
 だが無限に続く時間と闇の中で、俺にはその声以外に縋るものが無い。
「そして風が吹けばあっさりと吹き飛び、時にはその炎すら消えてしまう」
 死後の世界というのは、こんなにも虚しいところだったのか。
「今の君のようにね」

106 名前:猪(青) 投稿日:2006/12/23(土) 00:11:30.30 ID:wHIitwXO0
 ぱちり、という音と共に再びスクリーンに映像が流れ始めた。
 俺が一人でカタカタ震えている。
 部屋の片隅で、ヒザを抱えてうずくまっている。
 駄目だ、駄目だ。そこに居ちゃいけない。
 声は届かない。当然だ、もう既に起きてしまった事なんだから。
 嫌だ、嫌だ。俺は死にたくない。
 願いは叶わない。当然だ、もう俺は死んでしまっているんだから。
 ああ、まただ。また死んだ。
 突然部屋に押し入ってきた男が、無造作に引き金を引く。
 だんっ、という鈍い音と共に首に穴が開く。
 あふれ出す血が俺を染める。
 ドス黒い血が世界を満たす。
 ああ、まただ。また死んだ。

 割れ鐘は言う。
「死後の世界などありはしない」
 俺は問う。ならばここはどこなのだ、と。
「死の世界」
 同じじゃないかと笑う。
「死の瞬間、お前という煙の描いた姿がこの世界」
 俺の想像力も大したものだ。
「お前の命の炎は消え、煙だけが残った」
 割れ鐘が次第に小さくなっていく。
「しかしやがては煙も消える」
 割れ鐘は鈴の音になる。
「消えた煙は……」
 それっきり、無音の世界になった。
 そして俺は一人きり。
 暗い闇の中、ヒザを抱えて震えていた。

107 名前:俺の孤独 4/4 ◆BLOSSdBcO. 投稿日:2006/12/23(土) 00:12:03.46 ID:wHIitwXO0
「と、いう夢を見たんだよ。クリスマス前に一人きりで寂しいから、とかそんな簡単な理由付けはいらない。
もっと深い、心理学的な見地からどう考えるべきだろうか。いや、哲学かな?」
 俺の声に答える者は無い。点けたばかりの石油ストーブが特有の臭気を放つだけだ。
「そうだ、これを小説のネタにしよう! こんな意味不明で理解不能な話に付き合ってくれる奇特な人物は、
同じく意味不明で理解不能な話を創造できる人間しかない!」
 俺は一人、マスタードのきいたチキングリルサンドイッチを齧りながらパソコンに向かう。
「しまったな、オチはどうするか。夢にオチなんて無いぞ。ああそうだ、それをオチにしよう。オチが無い、
というオチ」
 所謂ナポリタン、意味の無い話を意味深に語るというジョーク。
 ペットボトルの甘ったるいミルクティーをガブ飲みする。激しく振って底に溜まった塊を溶かすのが通だ。
 ようやく温まり始めた築二十年のボロアパートの一室。
 部屋の片隅にあるパソコンの前にヒザを抱えて座り、キーボードをカタカタ叩き始めた。

 ――どこからか割れ鐘の音と『駄目だ』という声が聞こえた気がした。

                                           【完】



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