123 :時間外作品No.01 蛾(1/2) ◇ThH5IIjnMM:06/12/18 09:49:58 ID:Y6FwaVYF
夏。
街は若者で溢れ、みんながみんな幸せそうに笑ってやがる。
女は淫らに肌を露出し、男はそれに群がる。
群がられる女は自分は光と勘違いし、男をもっと寄せ付けようとする。
男は自分が光に群がるだけの蛾ということを認識せず、女が自分に寄ってきていると勘
違いをする。
そんな様子を地べたに座り込んで眺めるのが俺が好きだ。
今の嘘。こんなことしてて楽しいわけがない。こんなこと好きなわけがない。
それでも俺は煙草をふかしながら、そんなヤツラをじっと見続ける。暇だから。
「なに、あいつ。キモーイ」
「こっち見てるよ。死ね」
キモイのは認める。こんなとこに座ってる男はさぞや気持ち悪いことだろう。
だけど死ねはひどいね。傷つくよ。俺のガラスのハートがブレイクしちゃう。
俺だって好きでこんなところに座ってるわけじゃない。
待ち合わせだよ。待ち合わせ。
一応、あれだよ。彼女。恋人。メリケン語で言えばガールフレンド。
今でも目を閉じたら浮かんでくる。
『明日、ここで待ち合わせね。約束だよ』なんて言ってるあいつの姿がね。
あの時のあいつは最高に可愛かったね。もう国宝級。一生抱きしめていたかった。その
くらい可愛かった。
あれからもう一年も経ったんだよね。時が流れるのは早いね。光陰矢の如しとはまさに
このこと。やんなっちゃう。
まさかあいつが死ぬなんて思っても見なかった。
約束した日に事故であっさりあの世行き。
人生どう転ぶかわからないね。実際。
124 :時間外作品No.01 蛾(2/2) ◇ThH5IIjnMM:06/12/18 09:50:41 ID:Y6FwaVYF
あいつが死んだと聞いたときも別に悲しいとは思わなかった。あんな可愛いやつが死ぬ
なんてもったいねーな。そんなこと考えてた。
でも次の日、気付いたらここにいた。通夜にも葬式に行かずにここにいた。あいつと約
束した、待ち合わせ場所のここにいた。
あいつは約束を破ったことは一度もなかった。だからここにくればまたあいつの可愛い
姿が拝めると思ったのかもしれない。
当然はあいつは来なかった。死んだんだから当然だ。来たら逆に怖い。俺、幽霊とかU
FO信じてるから、本気でビビる。
それでも次の日もまた次の日もここで煙草ふかしてる。
そんな生活にしてて俺は気付いたね。ここにいる馬鹿な男どもと俺は同じだってこと
に。
俺は蛾。あいつは光。俺はあいつの周りをウロウロ目障りな感じで飛び回る蛾。光が消
えても未練がましく光があった場所をウロウロする醜い蛾。
大抵の蛾は夏が過ぎたら死ぬってのに一年も未練たらしく飛び回る。いや、もう飛んで
ねえな。壁や地べたにすがり付いてる。
だから、街をうろつくやつらを見てて、楽しくも好きにもなれない。あいつらは鏡。た
くさんの俺が街をうろついてる様を見るのはいい気分じゃない。
自分がどういう存在なのかわかっているのに、俺は新しい煙草に火をつける。
これ吸い終わったら帰ろう。そう思って吸い始める、何度、何十、何百回目の煙草。
一気に息を吸い込んで、それを煙と一緒に虚空に吐き出す。
吸ってた煙草は見る見る短くなって、それを携帯灰皿に押し込む。
また新しい煙草に火をつける。
「これ吸い終わったら帰ろう」
終