【 無抵抗主義 】
◆7wdOAb2gic




36 No.12 無抵抗主義 (1/2) ◇7wdOAb2gic 06/12/09 12:16:43 ID:2hU/fa3Q
一着しか持ってないスーツが汚れるのもかまわずに、ゆっくりと跪いた。両足を折りたたみ
両手を地面に着いて、深々と頭をさげた。呼び出された夜の公園。あたりに人通りはない。

「そんなことされてもさー、こっちは一文の得にもなんないんだよね」

知性のまったく感じられない高木の声が、はるか頭上から降り注いできた。
高木には私の頭が丸見えのはずだ。最近抜け毛が増えてきたので、頭頂部の毛髪の薄さに
気づかれたかどうか気になった。

「今日中に耳をそろえて返すって約束しただろ」

高木の声音は徐々にイライラを帯びてきたようだ。
少し目をあげると、高木の履いている黒い革靴が目に入ってきた。全然手入れされていない
安物。ちゃんと足元まで気をつかわないと、女にもてないよとからかいたくなった。

「おい、聞いてんのかよっ!」

ようやく怒鳴り声までステージが進んだ。
とりあえずビクッと身を震わせ、亀のように首をひっこめておいた。鼻がつきそうなほど
近づいた地面の上を、真っ黒い蟻が自分の身体の二倍はあろうかと思われる、死んだ羽虫を
運んでる姿が目に入ってきた。がんばって働いて俺みたいになるなよと、心の中でエールを
送った。

37 No.12 無抵抗主義 (2/2) ◇7wdOAb2gic 06/12/09 12:16:55 ID:2hU/fa3Q
「お前なめてんのか、なんとか言えよ」

高木の飽きあきとしてきた感じが、はっきりと聞いて取れた。
なんとなく、地面に着いている手を5ミリほど、空中に浮かしてみた。まさか私の手が地面に
着いてないとは、上から見てる高木にはわかるまいと思うと、じわじわ優越感がわいてきた。

「一週間後にまた来っから、キチンと用意しとけよ」

やりました。ビクトリー。ま、最後くらいよくがんばった高木君に私の声を聞かせてあげよう
ではないか。

「は…はい」

高木の足音が公園から完全に聞こえなくなったのを確認してから、そろそろと立ち上がった。
ズボンにくいこんだ小石を手で払い落とした後、しびれる足をひきずりながら、軽やかに
口笛を吹きつつ、家路に着いた。

                   完



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