【 黙ってこれを受け取って。 】
◆v3rMGliNoc
410 名前:黙ってこれを受け取って。(1/5) ◆v3rMGliNoc 投稿日:2006/12/09(土) 00:03:35.37 ID:WhVYqLRX0
遅くなったね。ちょっと道が混んでたもんだから。
いやぁ、寒くなったね。元気? 風邪とかひいてない? そう、良かった。
え、うん。僕は元気だよ。まあちょっと忙しくて、ぜんぜん顔そっちに出せないけど。
あ、僕もコーヒーホットで。
そうだね。もう十二月だもんな。街もなんか無駄に人が多くってさ。嫌になるよね。
わざわざ出てきてもらってホント、ありがとう。
達彦、元気? そう。それならいいんだ。今日は一人で置いてきたの? あ、そう。
お母さんに預けて来たんだ。泣いてなかった? ふーん。ちょっと前までは君と離れ
るだけで大泣きしてたのにな。え? あ、やっぱりちょっとグズったのか。達彦には
悪い事しちゃったな。ふーん。で、ハンバーグ作っておいてきたんだ。そっか。あいつ
はハンバーグさえあればご機嫌だからな。はは。
はあ。達彦には何にもしてやってないな。ドライブに連れていってやるって言って、
そのまんまだし。幼稚園のお遊戯会も約束してたのにな。
え、ああ。うん。話、ね。そう。
412 名前:黙ってこれを受け取って。(2/5) ◆v3rMGliNoc 投稿日:2006/12/09(土) 00:03:46.74 ID:WhVYqLRX0
今日呼び出したのは他でもないんだ。うん。
これ。
少ないけど、取っておいて。色々頭下げてかき集めてきたんだけど、それくらいしか
集まらなくってさ。三百万入ってる。
えっとさ。君がまだ会社に来てた頃経理部の部長してた黒沢さんっていたでしょ。
あの人、今常務になってるんだ。会社の上の方でごたごたがあって、そう遠くないうちに
専務にもなると思う。黒沢さんが専務だよ。あのハゲ頭の黒沢さんが。はは。
で、さ。黒沢さんに娘さんがいるんだって。うん。二十四歳。今うちの人事部にいる。
その子とさ、今度結婚する事になった。
うん。いや、僕も色々言ったよ。やんわり断ったりしたんだ。でも黒沢さんが是非にって
言って。君との事は会社でも内緒だったからね。君の退社の理由も、誰も知らないんだろ。
黒沢さんだって知らない。だから黒沢さんは僕に。
そ、そんな事、そんな言い方。いや確かに、そう思われても仕方ないよな。会社での出世
レースに残るために君と籍入れなかったんだって言われたら、僕には返す言葉がないよ。
でも君も納得してくれたじゃないか。達彦の事だって、僕の事だって、みんな君は納得して
くれたじゃないか。
413 名前:黙ってこれを受け取って。(3/5) ◆v3rMGliNoc 投稿日:2006/12/09(土) 00:04:03.09 ID:WhVYqLRX0
…。大きな声出しすぎた。泣かないでくれよ。な。僕にできる事があったら
なんでもする。何でも言ってくれ。できる限りの事をするから。だから、もう
泣かないでくれ。で、その封筒を黙って受け取って欲しい。面倒もみる。
養育費も払う。だから、これが最後のわがままだと思って納めてくれないか。
ああ。わがままだっていうのは分かってる。ずるいっていうのも分かってる。
なんといわれても仕方ないのは、自分が一番よく分かってる。分かってるんだ。
だけどしょうがないじゃないか。黒沢さんに乗っかるしかないんだ、上に行くためには。
だからこの通りだ。頼む。
414 名前:黙ってこれを受け取って。(4/5) ◆v3rMGliNoc 投稿日:2006/12/09(土) 00:04:22.43 ID:WhVYqLRX0
え、何。それは? 達彦が? うん。見せてくれ。
…。ははは。『パパえ』、か。幼稚園で書いたのか。似顔絵。はは。
幼稚園の先生びっくりしたろうな。母子家庭のはずの達彦がパパの
似顔絵書いたらさ。
パパえ、か。
なんでこんなもの見せるんだよ。決心が鈍るじゃないかよぉ。
え? ああ。あの去年のクリスマスに買ったクマのぬいぐるみ。うん。
はは。確かにちょっと僕に似てるかもしれないな。パパ。ははは。パパか。
あのぬいぐるみに、毎日そういってるのか。はは。はははは。
そんな、そんな決心が鈍るような話、するなよ。
泣かないでくれよ。僕だって泣きたいんだ。いや、うん。そりゃ、僕が泣ける
立場にないって事は十分分かってるけど。
いや。それは、それだけは受け取ってくれ。その封筒を受け取ってもらわないと
僕は帰れないよ。いや、哀れみとかじゃなくてさ。その、なんと言うか、気持ちなんだ。
うん気持ち。他にどうしようもないから。何も君を傷付けるために持ってきたんじゃないんだ。
そんな意地悪しないでくれ。受け取って。な。
どうしても受け取ってくれないか。そっか。
415 名前:黙ってこれを受け取って。(5/5) ◆v3rMGliNoc 投稿日:2006/12/09(土) 00:04:33.52 ID:WhVYqLRX0
じゃあわかった。やめるよ。
結婚も、会社も、全部。
いや、分かってたんだ。自分には無理だって事。派閥争いみたいなのも、
政略結婚みたいなのも、さ。
君に甘えてたんだな。君には無茶を言ってもどこかで許してもらえるん
じゃないかって、勝手に甘えてたんだ。はは。
守らなきゃいけないもの、間違ってた。守らなきゃいけないものは僕の
立場じゃなかった。君と達彦だ。
会社には明日、辞表を出してくるよ。黒沢さんに頭下げてくる。許されるか
どうか分からないけど、ほっぽり出して逃げるわけにはいかないもんな。
それから三人で僕の田舎に帰ろう。三人でなら暮らしていけると思う。
それまでもうちょっと君たちを待たせる事になるけど、それを許して欲しい。
な、泣くなよ。はは。なんかみっともないじゃないか。
そうだ。今からお母さんと達彦呼んで飯を食いにいこうか。達彦にハンバーグを
食べさせてやろう。え? はは。どうせこのいらなくなった三百万使えばいいじゃないか。
ふ。まあ、三百万円でハンバーグは豪勢過ぎるよね、確かに。
<了>