【 椎名一家の大秘密 】
◆O8W1moEW.I
※投稿締切時間外により投票選考外です。




257 名前:椎名一家の大秘密 1/5  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/03(日) 23:50:07.51 ID:2Af5UYpy0
「あの倉庫のことは、吼太はなんにも知らなくていいんだよ」
奈緒姉に倉庫のことを聞くたび、僕はいつもこう言われてきた。
お母さんやお父さん、ばあちゃんやじいちゃんに聞いても、返ってくる答えは似たようなものだった。
平凡な二階建て一軒家の横にどっしりと構えた、不釣合いな巨大な倉庫。
僕の通う小学校の体育館くらいの面積に、四階建ての校舎と同じくらいの高さを誇っているにも関わらず、
そこになにがあるのか知っているのは僕以外の椎名家の人たちだけ。
鍵も厳重にかけられ、どんなに気になっても入ることは許されない我が家の立ち入り禁止区域。
町の人たちも気味悪がって、我が家のまわりにはあまり人が近寄らない。
ただでさえ馬鹿でかくて遠くからでも目立つ、街の景観を壊す我が家の倉庫は、人々からは忌み嫌われていた。
正直言って、僕自身も不気味に思っていた。
普段は優しい家族も、僕が倉庫のことを口に出しでもすれば途端に顔つきが一変する。
「お前は知らなくていいんだ」
「知らなくていいのよ」
「気にしちゃだめだ」
「お前のためなのよ」
これを一斉にかましてくる。
それならまだよかったのだが、最近はこの話を振ると完全にスルーされることもあるからますます気味が悪い。
一度じいちゃんが、あの倉庫は平安時代の祈祷師であったご先祖様が、悪霊を封印した場所だと言っていたが、
椎名家が平成五年、僕が生まれる少し前にこの地に一家で引っ越してきたというのはすでにリサーチ済みであり、
すなわちじいちゃんの言っていることは僕を騙くらかすための嘘っぱちだということだ。
何度か、どうにかして中の様子を確かめようとしたこともあったが、結局全て失敗に終わった。
体育館のように窓があれば覗けるのだが、あいにく外からは完全に中を見ることができない完全密封状態のうえ、
分厚いコンクリートで覆われた壁は音一つ通してくれることはなかった。

258 名前:椎名一家の大秘密 2/5  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/03(日) 23:51:07.33 ID:2Af5UYpy0
そんな理不尽な環境で育った僕にとって、小学校は安らげる場所だった。
家のことでからかわれることはあっても、僕の家族と違い開けっぴろげになんでも話してくれる友人がたくさんいる。
隠し事なんてなにもない、屈託の無い表情をした仲間達に囲まれて、僕は幸せだった。
ずっと、こいつらと一緒にいられたらいいのに。そう思っていた。
だが、その幸せな時間が、ある日突然、白昼堂々音を立てて崩れた。


片手がドリルで片手がムチ、二本の首を持ち、龍のような顔で胸からミサイルを発射し、口から火炎を放射し、羽で飛行する。
そんなものは、空想の世界だけの産物だと思っていた。
だが、今教室の窓越しに見えるその巨大な化け物は、まさしくその空想の世界から抜け出してきたような風貌なのである。
僕は我が目を疑った。夢でも見ているんじゃないか、僕の現実逃避もここまできたか、と。
だが、どう考えてもこれは現実だった。
逃げ惑うクラスメイトたち、破壊される街、あちこちからの悲鳴、熱風、地鳴り。
そのどれもが、この現実にリアリティを持たせるには十分であった。
怪物が、校舎の目前に飛来したのだ。
怪物が唸り声をあげるたびに、振動で校舎が震える。
避難訓練なんて役にたちはしなかった。
廊下を支配する阿鼻叫喚を潜り抜け、僕は校舎の外に出ると、無意識に我が家に向かって無我夢中に駆け出した。
家までの道のりは地獄絵図だった。すでに怪物が蹂躙しつくしていたのだ。
燃えさかる家々、立ち上る黒煙、鼻をつく悪臭、原形をとどめていない肉塊……
日常があっけなく崩れ去った姿がそこにあった。
力が欲しい……このままなすすべもなく、破壊しつくされていくのを見るのはごめんだ。
突然、嵐が巻き起こった。
その巨大な化け物が、進行方向を変えて僕のいるほうへ向かって飛行してきたのだ。
それによって吹き上げられた風に流された黒煙に、僕は覆いつくされた。
視界はその全てが漆黒の闇に包まれ、頭上からは怪物の鳴き声が聞こえてくる。
それはどんどん僕に近づき、僕はこの怪物に踏み潰され、一生を終えることを覚悟した。
まさにその時である。

259 名前:椎名一家の大秘密 3/5  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/03(日) 23:51:39.47 ID:2Af5UYpy0

頭のすぐ上で響き渡る轟音。なにかがぶつかり合った音。
直後、すぐ後方で、なにかが地面に叩きつけられる音が強烈な地響きと共に鳴り響く。
同時に、怪物のうめき声が耳をつんざく。
上空も後ろも、未だ黒煙一色に染められていてなにも見えない。
ただ、怪物以外にもう一体別の何かが、そこにいて、怪物を攻撃した。
僕にはそう感じた。
だから、その時聞こえた声に僕は耳を疑った。
「吼太ァ! 無事かァ! 怪我はねえかァ!」
これは幻聴か。いや、誰よりも聞きなれている家族の声だ。聞き間違えるはずはない。
これは……じいちゃんの声だ。
頭上から、じいちゃんの声が聞こえる。
だが、この構図はどう考えてもおかしい。
じいちゃんは巨大化でもしたのか、はたまたこの声は天国から聞こえていて、すでにじいちゃんは怪物に殺されてしまったのか。
「吼太、急いで家の倉庫へ向かえ! あそこなら滅多なことでは壊れやしないッ!」
躊躇っている暇は無かった。後方から怪物がのっそりと起き上がる音が聞こえる。
右も左も分からない黒煙の中、僕はじいちゃんの声を信じて記憶だけを頼りに走り出した。

261 名前:椎名一家の大秘密 4/5  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/03(日) 23:52:27.13 ID:2Af5UYpy0
どれだけ走っただろうか。
立ち込める砂煙が目に入り、もうまともに目が開けていられなくなる頃、やっとのことで我が家にたどり着いた。
涙が零れ落ちる。
目に砂が入ったからだけではない、緊張の糸が緩んで、急にいろいろな感情が押し寄せてきて、僕はその場で泣いてしまった。
唐突に全てが崩れ去った世界、成すすべの無い自分。悔しくてたまらなかった。
「吼太!」
奈緒姉の声だ。
良かった、奈緒姉は生きてた。
シャツの袖で涙を拭う。目を開けると、ぼんやりと奈緒姉の姿が目に浮かんでくる。
黒煙はこのあたりにはほとんど流れこんでいない。まともに眼になにかを映し出すなんて、とても久しぶりに感じる。
だが、奈緒姉の姿がはっきりしていくにつれ、僕は目を疑った。
「奈緒姉……なんでそんな格好してるの」
上半身から下半身まで銀ピカに覆われた、胸のところに赤いVの字のマークがある服を着て、
頭は軍隊のパイロットの被るようなヘルメットを装着している。
奈緒姉は、ごく普通の中学生だ。間違ってもこんな奇天烈なコスプレをする姉ではない。
それは弟である僕が、一番よく知っている。
僕が唖然としていると、奈緒姉から話を進めてきた。
「吼太、驚くかもしれないけど、聞いてほしいの。私たち家族はSI-NAプロジェクトで生み出されたアンドロイド擬似家族なの」
意味が分からない。だがこの突然の事態だ。奈緒姉の頭が変になるのも無理は無い。
「宇宙からやってきた侵略者、ドクター・ネビュラの機械幻獣から地球を守るために、
 オートマタZを操るプログラムを持つ私たちが生み出されたのよ。オートマタZっていうのは俗に言うロボットのことで――」
いい加減にして欲しい。本当に頭がいかれてしまったのか。
奈緒姉の言うところによると、僕もロボットを操縦するプログラムを組み込まれたアンドロイドということらしいが、
あの普段理性的な奈緒姉の言うことにしては突拍子がなさ過ぎる。信じろと言うほうが無理だ。
「奈緒姉、下らない冗談はここまでにしろよ。それよりお父さんは? お母さんは? みんな倉庫の中?」
踵を返して倉庫に向かおうとすると、倉庫の中から突然轟音が鳴り響いた。
どうやら倉庫は開いているらしい。僕が覗こうとすると、中から声がした。

262 名前:椎名一家の大秘密 5/5  ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/12/03(日) 23:52:48.49 ID:2Af5UYpy0
「コードネームSAYOKO、オートマタZ四号、出る!」
倉庫から飛び出すと空高く舞い上がった人の形をした機械。それは、まさしくロボットだった。
――今の声、お母さんだよな……
「彼女はSAYOKO、椎名沙代子と言ったほうが、吼太には伝わりやすいかもしれないね。これで分かったでしょ? 
 私たち家族は、今日この日を、ドクター・ネビュラの地球侵略の日を想定して作られたアンドロイドなの」
……なんということだ。あのどでかいロボットを動かしているのがお母さんだと言うなら、
黒煙の中で僕を助けてくれたのはロボットに乗ったじいちゃんだったのか。
「どうして、どうしてもっと早くこの事を教えてくれなかったの、奈緒姉……」
「吼太……いえ、KO-TA、あなたはSI-NAプロジェクトで一番最後に製作されたアンドロイド。
 最初は私たちと同じように、オートマタZのパイロットとして育てていくつもりだったの。
 でも、赤ん坊のあなたを見ているうち、戦いに巻き込むことに躊躇いが生まれてしまって……
 だから、私たちはあなたに倉庫のことを秘密にしたの。せめてあなただけでも、人間の中で、人間の幸せを掴んで欲しかったから……」
そういうことだったのか。
倉庫のことについてなにも話してくれなかったのは、僕をこの戦いに関わらせたくなかったから。
でも、僕は……
「お姉ちゃん、もう行かなきゃ。別の場所でも機械幻獣が暴れてるの。KO-TA、後のことは私たちに任せて。あなたは幸せに――」
くるりと踵を返して倉庫へ向かおうとする奈緒姉を、僕は呼び止めた。
「奈緒姉」
「なあに」
「僕の分のロボ、あるんでしょ」
奈緒姉はこちらに顔を向けると、少しばかり驚いた顔をした後、泣きそうな顔になった。図星のようだ。
「街が大変なことになってるんだ。なにもしないでただ手をこまねいてるなんて、僕にはできない。
 僕にできることが目の前にあるのなら、最善を尽くしたいんだ!」
奈緒姉は少しの時間俯いていたが、しばらくして顔を上げると、僕の目をキリッと見据えた。
「血は争えない……か。絶対に、生きて帰ってくるのよ」
「奈緒姉こそな」
奈緒姉から手渡されたヘルメットを被り、身体能力増幅スーツを着込んだ僕は、奈緒姉と共に倉庫へ一歩一歩、歩みを進めていった。
アンドロイドとして、地球を守る使命を胸に抱きながら。





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