【 もくもく出現、くもの目的 】
◆dx10HbTEQg




479 名前:もくもく出現、くもの目的(1/3) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/11/19(日) 23:13:39.02 ID:hXJbbNL10
 便利な世の中になったものだなあ。
 糸に手を絡めながら、俺はぼんやりと思った。形成されていくウェブは、緻密に幼女の姿を模っていく。
 ああ、可愛い……可愛いよマミちゃん。裸体が立体的に、数年間掃除をしていない俺の部屋に浮かび上がる。白
銀色に輝くその姿は酷く背徳的で……う、うぐぅ。
 唐突に視界の真ん中に現れたそれを見て、思わず俺は呻いた。なんてことだ。マミちゃんの前を縦断しやがって。
 こいつが俺の元へ来てからもう六年だ。いい加減慣れたが、どアップで見たいものでもない。世の中が便利にな
った要因は、確実にこいつらの出現だから感謝はしている。しかし、誰が喜んで直視するだろう。
 子供の頭程の大きさを持つ蜘蛛は、俺の部屋中にウェブを張り巡らし、うごうごと蠢いている。キモイ。
 興を殺がれて、開けかけたジーパンのチャックを閉じた。マミちゃんは逃げない。後にしよう。
 それよりも、と時計を見る。七時数分前。“魔女っ子マミちゃん”の時間だ!
 前回の放送では、宿敵の悪魔王ルシファーの正体が実の兄であったことが判明した。
 悪を滅ぼさねばならない、魔女っ子としての使命。でも妹としては、兄を討ちたくはない…! ああ、マミちゃ
ん。君は今回一体どうするんだい? 魔女っ子と妹は両立できないのかい?
「リモコンどこだ? おい、持ってきてくれ」
 蜘蛛に命令する。すると、すぐに奴は探し出し、糸に絡めて俺の元へ運んできてくれた。こいつさえ居れば、俺
は動かなくたって生活出来る。食事だろうと衣服だろうと必要なものは何だって通販すればいいのだ。
 荷物に糸が絡み付いて粘つくのが難点だが、そんなもの雑巾か何かで拭えばいいだけだ。軽いし、場所も取らな
い。袋にまとめさえすれば、ゴミの日にこいつが捨てに行ってくれるしな。
「さんきゅ」
 俺の言葉を聞いて、蜘蛛は糸を吐き出し始めた。
“どういたしまして”
 教科書の様に綺麗な文字を横目で見ながら、俺はテレビの電源を入れた。マミちゃんが俺を待ってるよ、ねえマ
ミちゃん。ほらポチっとな。

480 名前:もくもく出現、くもの目的(2/3) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/11/19(日) 23:14:28.15 ID:hXJbbNL10

『バッター、チャンスです――』
「……は?」
 蜘蛛が俺の言葉に反応した。でもそれどころじゃない。テレビからは坊主の男がバットを振り、それを中継する
低い落ち着いた声が……。落ち着いてんじゃねえよボケ。
 チャンネルを間違えた? いや、そんなことはない。
 でももうオープニングが始まっていい時間だ。可愛らしいマミちゃんがにっこりと汚れない笑みを俺に向ける時
間のはずだ!
「ちょ、待っ……。蜘蛛、おい、今日のマミちゃんどうしたんだ! おい!」
 再び蜘蛛が糸を吐き出し始めた。今日の番組編成を紡ぎだしていく。七時。七時だ。今日の七時はっ。

“野球中継”

「死ね!」
 思わず叫んだ。興味ねえよ、野球とか。
“だが断る”
 とかなんとか蜘蛛が伝えてきたが、お前には言ってない。野球の創始者と現在のプレイヤーとファンと、その他
諸々の関係者を呪っただけだ。燃え尽きたぜ……真っ白にな。
 傷ついた心を抱えながら、俺はチャンネルを変えた。何かいいのないのかなーっと。出来れば幼女が出る番組。
おっと、小学生以外には興味ないが、ちょっと可愛い女の子だ。
『この新種の蜘蛛がどこからともなく現れて、はや三十七年。もはや彼らは我々の生活にはなくてはならないもの
となっています』
 ああ、蜘蛛の特番か。
 最近、この新種の蜘蛛を扱った番組が増えている。蜘蛛の生態やら研究やら、社会に及ぼした影響やら。新しい
活用方法の発見等、興味のある話題を扱うこともあるから俺は適当に見てはいる。

481 名前:もくもく出現、くもの目的(3/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/11/19(日) 23:15:12.41 ID:hXJbbNL10
『これまでの蜘蛛と、この新種の蜘蛛の食性は同じものと思われています』
 肉食性で、様々な昆虫や軟体動物などを捕食する。糸で捕らえた獲物は放さない。俺だって知ってるさ、それく
らい。
 ついでにこいつらが俺達人間の手によって繁殖されたため、獲物となる生物達が絶滅の危機に晒されているらし
い。どうでもいいけどな。
 しかし、本当にこの蜘蛛は一体何処から現れたのだろう。突然変異説、神やら悪魔の具現化説、地球外生命体説
等色々あるが確かな事は未だ不明だ。
 発見当初はその大きさや、人語を解するという衝撃的な事実により世界は混乱に陥ったという。それでも生理的
嫌悪感を乗り越え、利用し始めた人類の偉大さに俺は拍手を送りたい。ありがとうありがとう。
 番組は、それなりに可愛いアナウンサーによって続けられていく。
『獲物の体内に消化液を注入し、液体にして飲み込みます。食べ終わりますと獲物は空っぽになります』
 うあ、それは怖いなおい……。ちょ、図で説明しなくていいから。そこそこ可愛い顔して止めて下さいうわああ。
 他にも様々な比較がなされ、新種の蜘蛛の特異性が示された。大きさや糸の特性、知能等だ。そしてほとんど何
も分かっていない、と締めくくられて社会学の教授だとか何とかいうお偉いさんが紹介された。
『スパイダー・ネットワークシステムの構築は、様々な悪影響をも及ぼしています』
 その話題に眉を顰めて、俺はテレビの電源を切った。ヒキコモリやネット中毒の層の増大? それの何が悪い。
俺は幸せなんだから何も問題はない。
 ……今日は何だか不調だ。不快な気分になる事が続く気がする。
「“にこにこ弁当”に繋げてくれ」
 すぐさま蜘蛛は、張り巡らしたウェブの一つに繋げた。“にこにこ弁当”は毎日使うため、いつでも使えるよう
にブックマークしているのだ。超便利。

483 名前:もくもく出現、くもの目的(3/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2006/11/19(日) 23:15:24.86 ID:hXJbbNL10
“ご注文はいかがなさいますか?”
 どういう仕組みなんだかは分からないが、蜘蛛は糸で意思疎通が出来るらしい。その特性を利用したのがネット
ワークシステムだ。糸電話みたいなものだろうか?
 弁当屋に定食を頼み、ネットマネーを蜘蛛に渡した。毎月お袋が送ってきてくれるものだ。
 蜘蛛はすーっとネットを渡って部屋を出て行く。俺は餌などやっていないから、きっとこういう外出時に何か食
べるのだろう。
 獲物の体内に消化液を注入して、そして獲物は空っぽに――。
 頭を振って、嫌な想像を追い払った。別にどうでもいいじゃないか。俺には関係のないことだ。
 こいつらのお蔭で、何もしないでも暮らせるんだからな。
 ――本当に、便利な世の中になったものだ。




おしまい



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